Privatter+
Font
Serif
Sans Serif
Color
Light
Dark
auto
Font size
Large
Medium
Small
Language
Japanese
English
Sign in with Google
Sign in with ID and password
Account ID
Password
Sign in
Forgot password?
Create account
みがきにしん
2022-05-21 12:55:51
8230文字
Public
アラン君のお話
Clear cache
人殺しの手
英雄の話2編を大幅に膨らませてまとめたものです。設定上、暴行・殺人の他、直接的ではないものの強姦の描写があります。苦手な方は閲覧をお控えください。
理不尽が嫌いだった。
手の中でみるみる冷えていくものを、持ち上げて運ぶ。
こうして人の身体をーー身体だったものを運ぶのにも随分慣れてしまっていた。戦いの終わった戦場を歩くのにも、青燐水の燃え上がる熱と臭いにも、地に染みた血と臓物と脳漿の臭いにも、その中で、置いていかれたモノを可能な限り拾い集めるのも。
あらかた勝敗が決した戦場において、軽症者の回収は両陣営すでに終わっている。残されているものは、最早荷物になると捨て置かれた武器、壊れた鎧、死体か人の破片、そしてそれらに近しいものだけ。
彼らを一人一人抱え、あるいは背負い、泥と血塗れになってチョコボキャリッジに乗せていく作業は、戦場の後に必ず訪れるものであるといえど、参加した兵の浮ついた勝利の余韻を吹き飛ばすほどに重い。
だからこそ「英雄殿のやるようなことでは
…
」と、最大の戦功者に各国の将校は言う。それはきっと、行為それだけではなく、自分たちの部下が口さがなく発する言葉を知っているからだ。
『英雄殿は屍体漁りがお好きらしい』
『卑しい盗賊の生まれと聞いたが、もっともだな』
『ならば服でも剥いでいるのでは
…
?』
――
知っている。ガレマール帝国に向けられる憎しみと、人々の傷の深さを。生まれ故に己に向けられる視線の鋭さを。そんな中で誰より活躍しながら、敵兵の生存者や誰かの生きた証を、探し回る愚かさを。
けれど何を言われようと、英雄と呼ばれる人は手を止めはしなかった。
シェーダーにしては良くない耳を澄ませ、暗闇の迫る戦場跡に仄光る杖を掲げて、苦しそうな喘鳴がどこかで上がっていないか、倒れ伏した人はいないかと瓦礫の間を歩く。
そうして見つかる人たちは、大抵は敵からさえも助からないと判断された重傷者たちだ。怪我や出血はおろか、腕が飛んでいることも、顔が潰れていることも、あらぬ方向に骨が飛び出て臓腑が零れ落ちていることもある。
苦鳴を上げ、それでも生にしがみつこうとする、その細い細い悲鳴を頼りに、英雄は瓦礫を退かす。
その命のほとんどが流れ出ていれば、回復魔法をかけたところで傷は塞がらず、肉は再生しない。並ぶ者の少ない一流の癒し手であったとしても、それは同じだ。
ほとんどが野戦病院に運ぶまでに息絶える彼らは、最後の命を燃やして、途切れ途切れに己の様子を問いかける。
「私は助かりますか」と。
英雄はただ静かに首肯して答え、そっと杖をかざす。痛みを取り除き、安らかな休息に誘う
魔法
《
リポーズ
》
が柔らかな光を発する。唇をかみ切るほど食い閉めていた歯が、苦しみに歪む眉間が、ゆっくりと力をなくして解ける。その様子を見つめながら、どうか最後の夢が優しく柔らかく、悲しみのないものであるようにと祈る。
そうして一つの遺体をキャリッジに運ぶと、また百に一つでも拾える命があれば、と英雄は戦闘の終わった戦場を行く。たとえその時に使う魔法のほとんどが最後の眠りを誘うものだとしても、痺れ始めた腕がもう運ぶ遺体の重さを感じなくなってきているとしても、理不尽に命が消えていくものを見ていることはできなかった。
この戦いで敵にとって最も理不尽な暴力だったのは英雄自身。そう理解していても、その手を止めることはなかった。
ひどく矛盾していると、誰より分かっていても。
――
シェーダーの遺跡守は、何よりこれまで守ってきた暮らしを遵守することを至上とする。誇りと築き上げてきた暮らしを捨てて、精霊に跪き、都市生活を選んだフォレスター共とは違う。それが未だ地下生活を続ける彼らを支える頑健な哲学だった。
それは誇りであると同時に義務であり、絶対に遵守すべきものだった。その子供として生まれた以上、そう当たり前に教えられ、周囲の大人と同じように信じていた。
ーーどうしてその病に掛かったのか、今となっては推測しかできない。いつもと生息域を変えた珍しいコウモリの糞に触れたからか、治療に使ったチゴーが何かの病を媒介していたのか。
ひどい高熱を伴うその病は、一週間少年を蝕み、八日目に聴覚の一部を持って去って行った。
視覚が制限される暗い地下生活において、聴覚は頼みの綱だ。
わずかな水音、動物の立てる反響音、住居を支える古い石を叩いて鳴る高い音。そういったものが害を成すものか役立つものか、時に目より鼻より強く意識して生きていかねばならない。そうして地下生活に適したように変わった耳は、一種の種族的な誇りでもあった。
病の後、快癒のお祝いだとキノコを採りに行く道すがら、誰もが躓かない崩れた遺跡の一部、それに躓いたことを家族に見られた。
その時から、少年はこれまで通りの暮らしができなくなったことも、己を構築してきた何もかもが失われたことをゆっくりと実感することになる。
数日後、厳しい顔をした父親から無理矢理連れられ、少年は夕闇迫る黒衣の森に放り出された。引きずられるようにされた膝が痛いと泣いても、何が悪いのか分からないままにごめんなさいと喚いても、父親は少年を引きずる手を弱めようとはしなかった。
それでも仮に殺すつもりなら、もっとやり方はあったはずだ。だからきっと、多少の慈悲はあったのだろう。
ただ、その時は何も分からなかった。しかし説明されずとも、己が何かとんでもない過ちをしたことが身に染みこんできた。
大声で泣いた。戻ろうにも入り口の穴には石が置かれ結界が張られ、入ろうとすれば冷たく揺れる光が拒んだ。
身も世もなく泣きながら、ぐるぐると家の入り口だった場所の周りを回った。だがどれほど泣いても、誰も出てこなかった。
やがて、全てを覆うような夜が来た。
初めて味わうひとりぼっちの黒衣森の夜は、ひどく冷えて暗く見えた。彼のふるさとは常に薄暗く湿気ていたが、魔土器の力でいつも暖かく、また付けようと思えばほのかな明かりもあった。
何より、家族の気配がいつでも傍にあって、塗りつぶされたような地下の闇だって少しも怖いと思ったことがなかった。
空を見上げれば星が見え、まん丸の月が二つ、呆然とした少年を見下ろしている。地下の暗さに慣れた目からすれば十分な光源だった。だというのに何故か、静かな森はずっとずっと暗く冷たく不気味に思えた。
泣いて、泣き止んで、また泣いて、とうとう泣き疲れた少年は、近くにある大木に背を預けた。この夜はただの悪夢で、明日起きればまたきっと地下に戻っている。そうしていつも通りに起きて、両親に挨拶をするのだ。
「おはよう」と。
そう祈って、目を閉じた。
夢を見た。
両親が迎えに来て、ごめんねと抱きしめてくれる。少年は泣きながら、ごめんなさいと言って抱きしめ返す。強く、強く。もう離れないように。
「おい、まだ寝ぼけてやがんのかぁ? オラッ、起きろ!」
瞬間、痛みよりも衝撃よりも、ドッと冷や汗をかいていた。次いで、蹴り上げられた内臓から酸っぱいものがせりあがり、嘔吐きながら目を覚ます。
「うわ、吐きやがった! 汚ぇな!」
ど、と別の足に背中を踏みにじられて、少年は吐瀉物の中に突っ伏した。吞酸に焼かれた喉はひどく痛み、鉄くさい血の気配が鼻に抜けた。きつい臭いに更に吐き気がせり上がってきて、体を引きずってそこから逃れようとする。
けれど動けたのはたった1ヤルムにも満たない。這いずる少年には足輪が付けられ、過ぎる太さの鎖が、船内の壁に備え付けられた留め具に繋がっている。高い音を立て、鎖がピンと伸びるまでが少年に許された自由の範囲だった。
「流石は入れ墨入った売れ残りだなぁ? ええ? 役にも立ちゃしねえ、金にもならねえガキは、食ったもんも消化できねえときたもんだ。生きてる意味あんのか?」
周囲からは同じように、鎖で繋がれ縮こまるように小さくなった子どもが数人、少年の様子を見て顔を青くしていた。だが少年を小石のように蹴り飛ばした男たちがゲラゲラと笑い声を上げると、皆それに倣うように無理矢理にニタニタと笑みを浮かべた。
この船
――
奴隷船デザイア号の中で、少年は食料を食い荒らすネズミよりも劣った生き物だった。憂さ晴らしに、木人代わりに、理由を付けてはひどく痛めつける所を他の奴隷に見せつければあら不思議、すぐに皆ああなりたくないと従順になる。
利益にならないのだから、最終的に少年が死んだってさしたる不便はない。単にただ飯食らいの不良在庫が消えるだけのことだ。
だから誰も、助けてはくれない。
ちゃぷちゃぷと船底を叩く水の音と潮の匂い。不安定な床、血と酒と人の内容物の臭いに満ちた船倉で、少年は涙を流すこともとうに辞めていた。
――
黒衣森は、やはり少年を優しく迎えて入れてはくれなかった。
朝になって周辺の集落に住むフォレスターたちに見つかった少年は、石を投げられ森を追い回された。蜂の巣を突いたような大騒ぎになった森の中で命辛々逃げ回ったが、幾人もの大人に探し回られては逃げられるはずもない。ましてや、少年は暮らした集落の入り口傍を離れなかったのだから。
最終的に見も知らぬ人間に少年を引き渡したのは、立派な服を着て槍や弓を背負った集団だった。後ろ手に縛られても尚、暴れ、叫び、抵抗するシェーダーの少年を、追い回した人々が怖々と見つめている。向けられる視線に、つまみ上げる腕に、汚れたものを扱うようなそれを感じて、少年は己を抱え上げる腕に強く噛みついた。
ここを離れたくない。この土の下に、生まれ育った家がある。
「っの野郎!」
怒声と共にガツン、とこめかみを斧の柄で殴られて、痛みにうずくまる。すかさず口には猿ぐつわを噛まされ、荷物のように幌の張った荷台に投げ込まれた。猿ぐつわは妙な匂いがして、一呼吸ごとに目の前が白んだ。取り囲んでいた人々の上げる歓声の声が、消えかけた意識の向こう側から聞こえる。
それが耳に届いた時、漸く少年は、もう二度とあの洞窟に戻れないことを理解した。
頭の奥で、ぶつりと何かが切れた音がした気がした。
黒衣森から連れ出したのは行き場のない人間を売り買いして回る商人団であり、少年のような立場の人間を奴隷と言うのだ、というのは、連れ回されるうちに知った。誰もが少年や、他に囚われている人をそう呼んだからだ。
時にキャリッジの荷台に縛られて、時に船で海を渡った。仕入れされる人間は比較的若ければ種族も性別も問わず、少年がこれまで見たことのない種族が入荷されることも珍しくなかった。
皆最初は一様に暗い顔をしているが、そのうち顔を無理に明るくして商人達に媚びを売るようになる。時に伴侶のように寄り添い、時に子どものように愛想を振りまいた。そして新しく仕入れされてきた人間を、商人達と共に虐げるのだ。
より早く虐げた奴隷は、そうでない奴隷よりよい待遇になった。反抗的な奴隷を商人に告げ口すれば、食事の量は多く、寝具もぼろ布でないものに変えられた。他方、そうでない奴隷には水も与えられず、躾と称して鞭や棒で打たれた。
密告と体罰が支配する空間で、人はあっと言う間に疑心暗鬼になる。誰も信用できなくなれば、食事や寝床を与える商人たちだけに心を開くようになるのは早かった。そうして心身共に奴隷になったものから、家畜のように売られていった。
少年は表だって反抗もしなければ、口答えもしなかった。だが同時に媚びを売ることも無かった。食事を抜かれても、体を打たれても、どうでもよかったのだ。頭の奥で何かが切れた日から、少年の心を動かすものはなかった。無論快不快はあるし、不快からは逃れようとする。ただ、目の前で起きるものにどこか現実味は無く、ただ眠っているときに見る過去の夢だけがいつも美しく鮮やかだった。
生きながら死んでいるような奴隷に、一向に買い手は付かない。何を問われても、客に頬を張られても反応を返すことはないから当たり前かもしれない。病気か何かだと思われることが大半だったからだ。
ごく希にそんな少年に興味を示すものも居たが、伸び放題になった髪の毛を掻き上げられ、顔の半分を覆う入れ墨をみれば皆及び腰になるか、下卑た笑いを浮かべる商人に『高すぎる』と渋い顔をした。そうして売れ残るたびに少年は鞭打たれたが、その痛みさえどこか遠かった。
奇妙なことに、少年の体はひどく痛めつけても、眠って起きればある程度治っていた。背中を横断する痛々しい鞭の腫れも、殴打された大きな青あざも、足輪で出来た真っ赤な擦過傷も、次の日には新しく綺麗な皮膚に張り直されている。
やがて商人達はこの薄気味の悪い少年を売ることを諦めた。故に代わりに使うことにしたのだ、便利で丈夫な、他の奴隷に見せしめるための木偶として。
だが、それに納得していないものもいた。あの日黒衣森から少年を連れ出した商人だ。
「
……
人の心を折るのにはコツがいんだよなあ」
奴隷商達は皆人の心を失わせるのが得意だったが、誰よりも上手かったのは船の持ち主で、商人をまとめる顔役だった。短く頭を刈り込んだ初老の男は、派手な指輪をいくつも付けた太い指で少年の小指をねじりながらそう言った。
連れてこられたのは男の私室。ゆらゆらと揺れる蝋燭は臭いもせず、光に浮かび上がる室内は、血と排泄物の染みついた船底と同じ船内だと思えないほど綺麗だった。
拘束具もなく床に座らされた少年は答えない。鎖は邪魔だからと外されたが、やはり今日も目に映る何もかもが曖昧で霞んだように遠く、関心を引くほどのことではなかった。ポキリと軽い音を立てて、男がねじっていた指が折れたときにはさすがに顔を顰めて小さく声を漏らしたが、すぐに無表情に戻る。
「なあに、簡単なことだ。自分の価値なんて何もねえ、一生汚れがついて回ると思わせりゃいい」
……
聞いてんのか?
男は少年の脇腹を蹴り飛ばし、床に引き倒した。顔を踏みにじり、苛ついたように声を荒げる。
「だがてめえはちっとも言うことを聞きやしねえ! いつまで経っても反抗的な目をしやがる!」
少年のぼんやりとした頭に僅かに疑問が浮かんだ。そんな顔をしていたつもりはない。どうでもいいのだから、反抗も何もない。だが男は自分の声に更に興奮したように少年に乗り上げる。成人の体重が乗った体が悲鳴を上げ軋んだのを、人ごとのように感じる。
「クソ! ムカつくんだよその顔が! 全部何でもねえって顔をしやがって! 」
今日こそてめえを躾けてやる。そうブツブツ言いながら、男は荒い息を吐く。赤黒く興奮した顔が、じとりとした質感を伴った体が押しつけられる。
ふと茫洋としたままの頭で思い出していた。真夜中、この男が荷台で同じように奴隷にのしかかっていたことがあった。その人は囚われてからというもの、手を付けられないほど暴れていたが、その夜を境にしおらしく従順になり、すぐ買い手が付いて出て行った。
ああ、つまりは、『そういうこと』なのだ。
頭のどこかで、あの日切れた何かが繋がった音がした。ぞわりと毛虫に這われたような嫌悪感が急激に湧き上がる。男は少年の様子には気付かず、吐瀉物に塗れ、あちこちが破れた服を捲り上げていた。
呼吸をするたびに世界が鮮明になっていく。このままでは、あの日見た人のようになってしまう。一度はっきりしてしまった頭ではやり過ごすことも出来ない。
逃げなくては、だがどこに?
急にはっきりした視界で、少年は急いで目だけを動かして周囲を見渡した。初めて、この部屋の明るさと豪奢さに、次いで自分の手足が何にも拘束されていないことに気付いた。
途端、波にあおられたのか僅かにぐらりと船が揺れた。傾いだテーブルから何かが音を立てて落ち、床を滑って少年の手に当たる。鋭く硬質な金属の感触。夜闇に強い少年の目は、それの形をしっかりと捉えていた。
――
本当はどうしたかったのかは今でも分からない。ただ、この男から逃れたいと強く思っていたことは確かだった。
喉から叫び声のようなものが吹き上がるのが分かった。少年は手に握ったそれを、強く、男の背中に刺した。
男は痛みに目を見開き、背中を探って刺さったナイフを確認する。怒りのあまり獣のような唸り声を上げながら、そのまま腕で少年の喉を締め上げた。
「てめえ
……
殺してやる!」
咳き込むことすら出来ない。圧迫された喉が骨ごと潰されそうだった。チカチカと光る視界の中、少年はどうにか男の背中に刺したナイフを抜こうと藻掻いた。だが手がぬるりとした暖かいもので滑り、力が入らない。
今度はドオンと音を立て、船全体が大きく揺れた。のし掛かっていた男の体も少年も、引っ張られるように体が浮き上がる。死を間近にバタバタと暴れる少年の足が、強く男の腹に当たった。
ど、と当たったそれは、いつもならばさして意味を成さなかったに違いない。けれど嵐に遭ったときのように揺れる船体の中では決定的な出来事だった。男の体は慣性のままに吹っ飛んで、壁にぶつかって大きな音を立てた。
きつく締めあげる腕から解放された少年はしばらく息が整わず、小さく咳き込んでいた。だがしばらくして呼吸が楽になっても、壁際の男は動かない。大きく揺れ続けている船の中、耳の向こう側を争う音が通り過ぎる。少年は這うようにして、男の傍に近寄った。
男は口から血を垂れ流していた。びくびくと僅かに筋肉の痙攣のようなものが残っていたが、目はぐるりと天井を剥くようにして戻ってこない。
ひゅっと喉が音を立てた。少年から見ても、男が死んでいることは明白だった。がくりと膝が折れ、体が震えた。固く握りしめた手を開くと、赤黒くべたりと汚れている。
「あ
……
」
その時、大きな音を立てて部屋の扉が開き、屈強な男が三人、雪崩れ込むように現れる。
「臨検だ! 抵抗するな
……
って、」
少年と壁で息絶えた男の間を複数の目線が往復する。しばしの沈黙の後、年嵩のミコッテがいち早く事態を把握したのだろう。ベッドからシーツを引き剥がして、少年の体をくるむように掛ける。
「
……
よく、頑張ったな」
シーツ越しに頭をそっと撫でられて、呆然とする。何が起こったのか分からなかったが、優しい言葉に目から滴が落ちた。空気が通るたびに喉が鮮烈に痛い。そういえば朝も吐いたのだった、と今更のように思い出した。
――
運命の悪戯だったのか。
奴隷商は彼らの『荷物』を国外に輸出する家畜扱いにしていたが、税関に渡す書類に不備があったらしい。更に以前から奴隷売買の疑いでマーク自体ははされており、これをチャンスだとメルヴァン税関公社が臨検に踏み込んだのだという。
奴隷は全員病院に運び込まれ、健康状態を回復させた上で解放された。だが少年に行き先はない。そう漏らせば、優しい税関職員の一人が身分を保証し、引き取ると申し出てくれた。さらに税関の小間使いという立場も得ることになり、ややしてそれは職員に格上げされ、巴術士としての手ほどきもしてくれた。結局、それは少年が長じるまで続き
――
最終的に自らその立ち位置を捨てるまで、皆本当に大切にしてくれた。
そうして後に知ったのは、己の運命を大きく変えたきっかけである熱病は、都市であればすぐに治る類の病だということ。
民族
《
シェーダー
》
の誇りを優先したからこそ、少年の耳はおかしくなってしまったということだった。
「
……
だから理不尽は嫌いだったし、癒やし手になったはずだったんだけれど」
英雄は自嘲した。
今でも耳にこびりついているのは、あの奴隷商の男の言葉だ。
『一生汚れがついて回ると思わせりゃいい』
ああ、確かにあの日、己は確かに汚れてしまったのだろう。だからきっとこの先も、この手から武器は離れない。
爆弾が落ちて火の手があちこちで上がっている。青燐機関の駆動する音が迫っている。上空にはいくつもの戦艦が浮かび、サーチライトがこちらを睥睨している。
だが今は未だ、そうする事が求められている。だからやるべきことはただ一つだけだ。
英雄は静かに刃を抜いた。
戦場を駆け抜けて誰よりも敵を殺し、国を救うために。
Reaction
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.
Custom color
Reset color
広告非表示プランのご案内