みがきにしん
2022-04-24 13:23:33
3236文字
Public アラン君とラド君の話
 

Good night sleep tight.

新しくなったリットアティン討伐によせて。

 バタン、と戸の閉まる音がして、アランはおやと顔を上げた。
 珍しくラドミールと帰宅時間がかち合ったらしい。朝に帰り夕に出る青年と、夜に帰り早朝に出る彼とは顔を合わせる機会はさして多いわけでもなく、申し合わせでもしなければ基本は別々に活動している。元帝国兵である彼の目付役というのも名目上の話でしかないから(そして国というのはそういった建前が必要だ)基本は自主行動に任せている。
 さて困ったな、と青年は思う。
 彼と会うのは実に三ヶ月ぶりのことだから、何かいいものでも出してやりたい。しかし今日はこのままこの部屋で過ごすつもりで、多量に釣れてしまったコッドで雑に食事を済ませようと考えていたから、他にメインになりそうな食材もない。彼も食べるだろうかと思案しかけて、まずは聞けば良いかと思い直す。いずれにしろ、声を掛ければいつものようにツンツンと怒るだろうが。
「おかえり、ラド」
…………ああ」
 考えに反し、挨拶には掠れたようなかすかな声が返った。上の空といった様子で、年若いヴィエラはそのままアランの横を通り抜け、身につけていた武器や防具を乱雑に鎧櫃に突っ込んでいく。ガチャガチャと立つ音は常ならば聞かないほどに大きい。
 冒険者にとって、武器と防具は最も重要な商売道具だ。これらひとつで命を落とすか落とさないかが決まる。故に誰もが己の見いだしたそれらを大切に使い、メンテナンスや実力にあったそれを身につけることを怠らない。怠った者は大抵死ぬか引退しているから自然、そうなっただけなのかもしれないが。
 ラドミールもそうするように教え込んだし、これまで教えたよりずっと忠実に守ってきていた。けれど今日はひどく雑に、まるで捨てでもするように扱っている。
 最後に背負っていた弓も、弦が千切れても構わないとでもいうように、周りの防具に当たるのも気にせず投げいれる。ガリッという一際派手な音。きっと弓幹かハンドルが何か硬いものに引っかかったのだろう。けれどラドミールは一瞥もすることなく、そのままソファに横たわりうつ伏せになった。
 いつもよりずっと小さく見える背中は、呼吸で僅かに上下していた。だが眠る人間のそれにしては早いな、と青年は思う。エーテルに乱れもないから、過労や病気というのも線としては薄い。
何も見たくない、ってところか)
 アランは胸の中でひとりごちる。声をかけても反応は薄く上の空。何かあったのだろうと察するに余りある。
 何事もなかったかのようにコンロの前に戻る。おそらく、今の彼に必要なのは会話などではない。だから淡々と軽食作りに取りかかる。薬缶を沸かし、魚のフィレを作る。卵を茹でて、ストックしていたウォルナットブレッドを切った。
 出来上がった料理を載せたトレーを二枚、テーブルに静かに置く。一方にはクロッシュ代わりの布を掛けている。そうしてアランはラドミールとは逆の椅子に腰掛けて、作ったフィッシュサンドイッチを口に運び、ブラックティーを飲む。事務所代わりのこの部屋には個室はない。自然ソファで向かい合う形になるが、ラドミールに声を掛けたりはしなかった。
 食べたければ食べればいいし、そうでなければここで寝ても構わない。一応二人分作ったが、余ればアラン自身が片付ければいい話だ。
 ややして、ひどく億劫そうにラドミールが体を起こした。
 すでにテーブルの上は彼の分のトレーを一枚残して片付け、アランは手に入れたばかりの本を読んでいた。かつての古代都市マハに関する最新の研究をまとめたとされるものだったが、実態は著者の推し進めている妖異を閉じ込める魔器の研究書でしかなく、眉をしかめる。これはこれでよい知見ではあるが、どうやら本屋の大言に乗せられてしまったらしい。
 ラドミールはぼうっと布の掛かったトレーをしばし見つめ、無言で布を取り去った。部屋には本のページをめくる音と、サンドイッチを咀嚼する音だけが響く。
 ティーカップが空になったタイミングで、アランは本にしおりを挟み立ち上がる。コンロに火を付け薬缶を掛けて、出し殻になった茶葉を入れ替える。スミレにミント、カモミールとヴァレリアン。
……今日、帝国兵と戦ったんだ」
 漏れ出した独白に相づちを打つ代わり、湯を注いだティーポットにコゼーを被せる。カップは新しいものを二つ出してトレーに載せる。たぶん当人は、聞かせているといった意識も薄い。ただ、言葉にしなければ苦しくてたまらないからそうしているだけで。
「それは、別に良い。そうなることは分かって引き受けた。だけど、」
 頭を抱えるようにしてラドミールが呻く。アランはトレーをテーブルに置き、茶を注ぐ。ソファに腰掛け、カップを静かに傾けた。
「ターゲットはすごく慕われててさ。属州上がりで出世した奴で、部下を逃してタイマン張って。馬鹿だよな? そんな不利になりそうな事」
 だけど、決着ついてとどめを刺そうとした時に、逃げた部下が何人も、そいつの名前を呼びながら飛び込んできた。囲まれるとやばいと思った。だから反射的に弓を構えた。
 血を吐くようにヴィエラの少年は唸る。ぎゅうと握られた掌は、爪が食い込むほどに白かった。
 俺がーー。
「殺した。みんな」
 ああ、と青年は瞑目した。
 ラドミールは強い。そう鍛えあげた。急死に一生を得た彼が簡単に失われることのないように。彼自身にも戦う才が十分にあるから、人並みの兵士に負けるとは思えない。そうしてきっと、正しく判断して生き残った。
 だが、下を向き、平坦な言葉を零す彼は、かつて帝国兵だった。育った属州はともかく、配属された軍団は属州民への当たりが強く、早々に忠誠心など失ったと聞いている。だから戦場で敵軍に保護された後、かつての古巣と敵対する道だと知りながらも、エオルゼアで生きることを拒否しなかった。
 だが、もし属州民を大切にするような上官に恵まれていたら? 命を投げ出しても惜しくないと思えるほどに共感できる思想に出会っていたら? その答えに、ラドミールは今日出会ってしまった。そうしてその彼らを、己の手で摘み取った。そうすることが今の生き方だから。
 ラドミールはそれきり黙り込む。あったかもしれない未来に今も心をかき乱され、憔悴して帰ってきた。だが、その彼に掛ける言葉をアランは持たない。そうやって殺し合うのが戦争であり、冒険者という職であるというのは純然たる事実だが、そんな通り一遍のことはラドミールだって知っている。
 ましてや、エオルゼアで生まれ育ち、今や帝国の仇敵となってラドミールをこの道に導いた人間が、何か口に出す権利など何処にもないのだと青年は知っていた。ただ僅かに残った茶を飲み干す。
話し終わったラドミールもティーカップに手を伸ばし、のろのろと茶を含む。喉が渇いていたことに気付いたのか、二口目ですべて干していた。
 アランは立ち上がる。もう一杯茶を入れるために。その後ろでゆらゆらと長い耳が揺らぎ、彼が船を漕いでいることに気付かないふりをして。
 眠らなくても朝は来るが、過ごす夜はただ長く暗く、ひたすらに己を追い詰めていくことを、青年は知っている。そうして生きた日々は少し前になってしまったものの確かにあって、相応に苦しんだ。今も痛みに未だ慣れることはなく、時折鋭く胸を刺す。ただ昔と違うのは、その痛みを真っ直ぐ見つめることが出来るようになった事くらいだ。
 慣れてしまったわけではない。その痛みさえも己だと受け入れたから今日がある。
(そうやってラドにも赦せる日が来るといい)
 湯が沸く前に、パタリとヴィエラの少年がソファに倒れた。眠気に耐えきれなくなったらしい。薬缶を火から下ろし、コンロの火を消し、部屋の照明を絞る。
 せめて先ほど入れた茶が齎す眠りが穏やかであることを祈りながら、アランは毛布を取りにロフトへ上がった。