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みがきにしん
2022-03-09 11:49:27
3895文字
Public
アラン君とラド君の話
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助けた理由
「なあ、なんで俺を助けたんだ? あんた、悪く言われてたぞ」
藪から棒、という言葉を形にしたら多分こうなるだろう、というタイミングで、ラドミールはそう言った。
集めた本やらを雑多に押し込めていたアパルトメントをどうにか二人で片づけ、とりあえずの夕食を摂ろうとしていたところだった。部屋に出来上がったささやかな食卓の上に乗るのは、キャロットポタージュとリムサ風鬼殻焼きの予定だ。
それを手伝うそぶりもなくーーとはいえ、主に部屋の片付けをしていたのはこの少年だったーー今日も今日とてむっすりしながらソファに座り、ぽんと放り出した疑問は、暖かい部屋の中に妙に寒々しい空気を齎しながら溶ける。
この若いヴィエラと知り合ってからしばらく経つが、たまにこうして前後や周囲の空気を考えない突飛な発言をする。
とはいえ、今回のこれは言う機会を伺っていたのかもしれない、と器にポタージュを移しながら、問われた当人たるアランは考える。さて、どう答えたものだろう。
「何て言われてたのか興味があるな。屍体漁りか、偽善者なんかは言われたことがあるが」
ラドミールはしばし呆れたような顔をして、けれど件の悪口を言うのに躊躇っているらしい。目線だけで先を促すと、渋々口を開く。
「
……
英雄狂の自慰だってさ」
思わず吹き出しそうになって、慌てて袖で口元を覆う。目の前にあるのは、できあがった料理だ。
「さすがにそれは初めて聞いたな」
喉だけで笑っていると、話題を出したヴィエラの少年は唇を突き出し眉をしかめて不満げだ。少し前までそちら側に居たろうに、随分気を使わせてしまった。
こういう時どう返すべきか、難しいなあと思う。悪口には慣れている。何せ出自が出自なので、陰で囁かれる言葉などは可愛いものでしかない。
オーブンから一尾ずつ鬼殻焼きを取り出すついでに、火を弱めて切ったバゲットを放り込む。こうすれば焼き目は数秒で付くし、フラントーヨオイルの瓶はもうテーブルの上だ。その僅かな隙間に話を進める。
「センスのいい悪口は置いておいて、ラドは何が聞きたい? 今ならとりあえず正しそうな理由と、ろくでもない本音と、どっちでもない話題が選べるが」
湯気の立つスープの器をラドミールの目の前に置けば、今更のように狼狽えて目を泳がせる。随分と己を買いかぶっているらしい彼のことだから、はぐらかされるとでも思ったのかもしれなかった。そういう所が妙に真面目で面白く、偶に反応を見てしまうのだが。
青年になりかけの少年は、狼狽えたことを隠すように顔をそらし、ぼそぼそと答えた。
「
…………
じゃあ、本音で」
「なら飯の後でな。別に面白い話でもないし」
さっさとソファに座りカトラリーを握ると、騙されたとでも書いてあるような顔で、ラドミールも食事に手を付けた。
デザートはレモンパイとシュラウド・ティー。行儀悪くも大きなポットにたっぷり湯を注いで、茶もケーキもおかわりは自由だ。
たっぷりしたロブスターの身にかみついた時と同じように、レモンパイをつつく彼の耳が小さく震えたのを眺めつつ、茶で口を湿らせる。どうやらデザートもしっかりお気に召したらしい。
「さて、何で助けたのか、だったか」
口火を切ると、ラドミールはひどく驚いたように顔を上げた。どうやら流されたと思ったらしい。
「なんだ、飯の後だと言ったろ?」
言えば途端にむっすりする。わかりやすいなと思いつつ忍び笑う。どうせ面白い話でもなし、デザートでも無ければつまらない話題だったから、単純に後回しにしただけだったのだが、質問者はお気に召さなかったらしい。
レモンパイを一口齧ると出来はそこそこで、話と同じくらいにはつまらなかったが、まあきっと、話のクッションにはちょうどいいだろう。
駆け出しの頃の話だ。ラウバーン緩衝地を目前に、逃げだそうとしたララフェル族の不滅隊士を捕まえたことがあった。ただ別に、意欲あって捕まえようと思ったわけでもなく、単に目の前を、しかもあらぬ方向に走って行ったので追いかけたところ、探されていた人物だったというわけだ。
その隊士
――
タルカ・マグルカの体は武者震いではなく震えていて、たまたま持っていたレーズンとエーコンクッキー、カモミールティーを分け合い、しばらく話を聞いた。
きっと落ち着くためでもあったのだろう。ひたすら喋り続けた彼の話には、「物心ついてすぐ戦場で死んだ父」「結婚間近の年の離れた妹」「幼かった妹を共に育てた母」が繰り返し出てきた。
中でも妹は兄妹というよりも娘と同じような扱いで、溺愛しているのが分かる声音だった。だからと彼は言う。晴れ姿がどうしても見たいから死にたくない、と脱走を試みた、と。
少し前にも、同じように震える相手を鼓舞するためにスープを配り声を掛けていたこともあって、そういった相手には慣れていたつもりだった。だからその時と同じようにゆっくり話を聞き、震えが止まった頃に安心させるようなことを言った覚えがある。
事実それは上手く行き、落ち着いたタルカ・マグルカは照れたように笑い、敬礼をして持ち場に戻っていった。
それからすぐに始まった作戦に駆り出され、数時間後に戻ってくると、北ザナラーンのどこにもタルカ・マグルカは居なかった。死体は誰も見ていなかったから、「また逃げ出したのだろう」と生き残った不滅隊士は言った。できるならばそうであって欲しいと思っているのだと、その様子を見れば分かった。彼のいたはずの持ち場は、帝国の兵器で地面ごと消し飛んでいたから。
冒険者である以上は、荒事に無縁ではいられない。まして、軍事作戦で名を上げてしまった人間であるならば尚更で、その後も数多くの戦場に駆り出され、その中で思い知ったのは『行方不明者』の多さだった。
片腕しか残らずとも、記名された服の切れ端であろうとも、まだ幸運だった。追い詰められ撤退するときにはぐれた同僚を、殿を務めていたはずの上官を、ほんの少し前まで一緒に居た友を、その死に様さえ確認できず失う兵士など珍しくない。死体で帰ってくることさえも、戦場では幸運だという当たり前の事実を、何度も知った。
重要人物でもない限りは、行方不明者を戦死とする期間は短い。行方不明者を何ヶ月も捜索できるほどに、エオルゼア諸国に余裕はないからだ。
だが、死体すらない相手の死を割り切れる人は少ない。亡命しているかもしれない、記憶を失ってどこかで暮らしているかもしれない、そういった一縷の奇蹟にすがり続けることになる。それもまた、何度も見てきた。
そうしてそれは、自軍のみに限らなかった。
帝国軍において、生粋のガレマール人は多くない。むしろ、構成人員のほとんどは属州人だ。優秀だと評価されて百人隊長や陣営隊長に抜擢される者もいるが、それ以外のほとんどは下位の兵士か、それ以下の雇われ傭兵に過ぎない。
当然、そういう人員は撤退戦となれば切り捨てられる。死体は回収されず、怪我人も放置される。味方の切り開く血路をひた走り、敵の本拠地の中で殺し合うたび、そういう場面はいくつもあった。
――
譲れないものがあり、守りたいものがある以上、武器を放り出して「戦いなんてやめましょう」と言うことはできない。
そんなことでお互いに抱擁し合い武器を捨てられるなら、最初から戦争なんてしていない。あらゆる資源を食い荒らす獣が戦争であり、霊災後のエオルゼアにさほど資源の余裕はない。しなくて済むならしたくない、けれどせざるを得ないから、少数で敵陣に突っ込んで首を獲るなんて無茶をやらかしている。
だから武器は置けない。置けないが、終わった後にならよいかと思ったのだ。戦場の終わった後、そこに捨て置かれたものを拾うことくらいは。
「陰口は正しいよ。散々その戦場で人を殺した人間が何したところで
……
偽善にしかならない。だいたい、見捨てられた人は俺が殺したかもしれない」
それでも一つくらいは拾えるかもしれない。誰かの居た証を、或いは命を。そう思って土砂を退かし、声を張り上げ、誰かの体だったものを背負って運んだ。彼らの名前を手帳に書き込んで、もう何冊目になるだろう。
拾えた命の殆どはすぐにまたこぼれ落ちていくし、見つかった証を引き取る人がいないこともある。それでも居たことさえ分からないよりはずっとましだと信じて。
「まあ、そんなことをずっと続けてきて、ラドを拾ったんだ」
話し終わると、ラドミールは渋い顔で茶を飲んでいた。だからろくでもないと言ったのに、とアランは苦笑する。
すっかり冷えた茶を飲み干して立ち上がり、鍋にミルクを入れて火にかけた。手をつけられないままポットで冷えた茶はきっと出過ぎて苦い。温め直してミルクティーにでもしよう。レモンパイに合うかは分からないが、メープルシュガーもたっぷりいれて。
「
…………
俺は偽善だと思わない。少なくとも俺は助けられた。あんたの屍体漁りに、あんたの自慰に」
思わず振り返った。ラドミールは顔を見るなり苦虫を噛み潰したように眉根を寄せ、半分ほど残ったレモンパイを手づかみして口に運ぶ。もしゃもしゃと咀嚼し、むすっとしたまま「おかわり」と宣った。
記憶の中の北ザナラーン。そこにできた黒々とした血の染みを、きっといつまでも拭うことはできない。これからも戦場に出るたびに人を殺し、終わった後は偽善を続けるだろう。
けれど、拾えたものは確かにあるのだと、そう信じたい。
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