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みがきにしん
2022-02-27 15:17:10
4590文字
Public
アラン君とラド君の話
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ラドミール、罠に嵌められる
機械の唸る音、どこかで起こる爆発音と地鳴り、上官の怒号。ここ最近の起き抜けのお供と言えば煩いそれらばかり。
だから、病院といえど小鳥の声と水のせせらぎに促され目を覚ます生活なんて数年ぶりだった。ついでに、古びているがそこそこ清潔なシーツに、素朴だがしっかりしたベッド、一日数回の治療、味は薄いが食事まで付いている。
戦場そばの野戦病院で初期の医療を受けた後、チョコボ・キャリッジでここに運ばれてからというもの、治すという点では至れり尽くせりの環境に放り出されて、ラドミールは面食らった。
帝国属州に住んでいた頃、かなり幸運なことに『エン』らしい扱いを受けたことは余りない。それは母が地域住民誰からも尊敬されていたからであり、「自分たち親子の扱いを誤れば現地の反発を招く」と判断をされたからだった。
だが徴兵されてからは、これまでの戦場で負傷した時に丁寧に扱われたことはない。帝国にとってはラドミール程度の兵士などいくらでも交換できる駒のひとつだ。医薬品は最後にしか回ってこなかったし、ベッドに寝かされて治療されるなんて夢のまた夢だ。だからエオルゼアの連中は何か企んでいるのだろうか、と居心地悪く思っていた。
だがそれもごく最初の頃であり、人というのは慣れるもの。個室入り口に付けられている見張りや周囲の物言いたげな視線は変わらないが、この天国とも言える環境にはすっかり慣れて、毎日快適にごろ寝している。
とはいえ、何かあるとしたらそろそろだろうとも思っていた。
ラドミールは帝国兵だ。いや、だったというべきか。さして忠誠心などなく、イルサバードの辺境にまでやってきた帝国に徴兵されて戦場を連れ回され、どうにか死なずにいただけの下士官、それも戦功を上げられもしない下っ端。配属された隊は同じようにうだつの上がらない兵が多かったためか、人員も上官も入れ替わりが激しく、親しい人をつくる余力も無かった。当然なんの情報も持っていないし、何の権力もない。
だが兎にも角にも、収容されているこの病院の位置する国と敵対している国の兵士である以上、尋問や今後の身の振り方を問われるに違いない。負った傷も癒えつつあり、後遺症もないから、まあ今後は『それなりの扱い』をされるだろうなと思っていた。
要は、捕虜である。エオルゼア諸国にとっては残念なことに、そんな価値はないのだが。
だからきな臭い空気を感じつつも、ラドミールは気楽にいることができた。何せ何をされたところで出せるものもなければ価値も皆無だ。向こうが骨折り損であることは確定している。無闇矢鱈に痛いのだけはごめんだが、この扱いを考えれば、帝国の学校で学んだ彼らとは異なり、そう野蛮なことはしないだろう。とにかく隊の中でも下っ端であることをアピールすればいいだろうと思っていた。
「
……
おい、面会だ」
見張りの兵士にそう言われ、連れてこられた部屋を見るまでは、だったが。
「うわ」
連れてこられたのは、白いカーテンのかかった窓、小さめの丸テーブルと二脚の椅子のあるシンプルな部屋だ。テーブルにはティーポットとカップ、それからクッキー。どう見てもここで尋問、という空気ではない。それともエオルゼアでは、わざわざ敵国兵士をもてなして情報を引き出すのだろうかと一瞬思ったが、そんな訳もない。
付け加えるなら、問題は他にもあった。その椅子の一つに座った相手だ。涼しい顔をして分厚い手紙を読んでいる。その翠の目線は文字の上を滑っているのに、こちらのことを見ていないなどとは少しも思えなかった。
どうしようもないと分かっていてもすがるように連れてきた兵士を振り返ってしまう。しかし当然そんなラドミールを置いて、兵士はぴしりと敬礼をし、あっさりと立ち去った。
結局部屋に残されたのはラドミールと、その相手の二人だけ。よりによって、とラドミールは心の中で思う。こいつがいるのはどういう理由なんだ。
ビシビシと感じる嫌な予感。むしろ素直に尋問の方がよかったのかもしれないとさえ感じる。せめて溜息は吐くまいと天井を見上げていれば、意外と繊細そうな指先が手紙の最後の紙をはじき、漸く目を上げた。
「
……
その様子だと元気そうだな」
安堵したように微笑むその顔、それと相反する隙の見えない振る舞い。あの戦場での決定打であり、己を助け出した、英雄その人だった。
「よかったら座ってくれ」
つい、と指が椅子を指し示す。が、座る気になれない。座ったら最後、とんでもないことに巻き込まれる。何故かわからないが、そんな予感があった。あわててラドミールは言い募る。
「先に言っておく。俺は下っ端の下っ端で、何も知らない。せいぜいどんな作戦と聞かされて従事してたかとか、全体の士気はどんな感じだったか、くらいしか知らない。あんたがわざわざ出てこなきゃいけないようなような情報なんてない。けど、命を助けてくれるなら幾らでも喋る」
が、言葉を必死に打ち出すほど、かの英雄は妙な顔をし、とうとう最後には笑い出した。己が言いつのる内容が決定的に間違っていたのでは、と今更ながらに分かるが、もう遅い。ひとしきり笑った英雄は、茶を一口飲んでようやく人心地付いたらしく、もう一度ラドミールに椅子を勧めた。
「まあ、その辺りの話も含めてするからとりあえず座ってくれ。お茶もどうぞ」
「そう言われて食べる奴がいるのかよ。俺はあんたの敵だったんだぞ」
つっけんどんに返せば青年は明るく声を上げてまた笑い、肩をすくめた。
「手を付けるか付けないかは君が決めてくれていい。誓って言うが、心配するようなものは何も入っていない。ただのセサミクッキーだよ」
まるでそう言うとでも思っていた、とでも言いたげな様子が面白くなかった。どうにも初対面の時から、この英雄とは相性が悪いのをひしひしと感じている。見張り付きの病室の方が五倍はマシだ。早くあのベッドに帰りたいと心から思った。
「
……
用があるなら手短にしてくれ」
椅子にも座らずドアに背を預け、心底うんざりした顔をしていただろうに、青年は面白いなとでも言いたげに眉を上げる。
「そうか。なら本題に入ろう。今日君をここに呼んだのは、さっき君がまくし立てたようなことを聞きたいんじゃない。まあ、後で形式的な聞き取りはあるだろうが、得られる情報にはさして意味が無いだろう、と本営では予測している」
まあ、これは対外的には秘密なんだが、と英雄はあっさり言ってみせる。瞠目したラドミールに、彼はなんでもないことのように言葉を続けた。
「
……
不滅隊が上層部の一部を捕らえた。これから彼らに『協力』して貰うから、当然それ以外の情報の優先度は落ちる。要するに下っ端なんてお呼びじゃない、というわけだ」
「はぁ」
もうそんな返事しかできない。どうやらラドミールが主張する前に、すでに暴力的な『聞き取り』から逃れてしまったらしい、というのは理解できた。だがそうだとすると、何故この英雄がわざわざ目の前にいるのか分からない。エオルゼアにとってどうでもよいのなら、英雄にとってもそうではないのか。
疑問が顔に出ていたのだろう。青年は一口茶を飲み、ここからが話の中心だが、と前置きをした。
「ところで、君はどこのグランドカンパニーが捕らえたわけでもない。だからまあ、持ち込まれた双蛇党
――
要するにグリダニアに任せておけば良いか、というのが大方のスタンスだ。ただ、訳あってグリダニアは排他的な国でね。一部の例外を除いて、基本的に移民や難民の受け入れを歓迎していない。まあそれ以前に、帝国軍人だしな。胸中は察して余りある」
じわじわと話の流れが分かってきて、ラドミールは頭を抱えたい気持ちになった。捕虜としても価値が低くお呼びでない。国に返すわけにもいかない。かといって単なる怪我人あがりの難民としても受け入れがたい。
つまり、つまりだ。
「
……
俺の身柄が浮いたから、あんたに預けられた?」
正解、と英雄はにっこりした。
「俺も英雄だなんだと持ち上げられてはいるが、直接三国に属している形じゃなくてね。基本的に同盟軍の中では外様。外様は外様に預けるのが正道だろう
……
という判断が行われたわけだ。まあそもそも俺が助けたわけだし、その責任は取れよ、とも言えるな」
ラドミールはへなへなと膝から力が抜けそうになるのを必死に押さえていた。『尋問』が無くなったのはありがたい。別に帝国に執着があるわけでもなし、捕虜という扱いでさえないのも考えようによっては助かる。ただ問題なのは、こいつにこれからの己が握られているということだった。
嫌な予感は正解だった、とラドミールは心から思った。だが、単にそれは予感ではなく決定事項だっただけだ。
英雄は微笑み目を閉じてとても残念そうにいう。
「とは言え、俺は君を拘束しておくつもりも、君の人生を縛るつもりもない。君にこれから稼ぐ手段があるのなら、それを応援するだけだ」
――
あるわけがない。ずば抜けた何かがあったとして、それですぐに暮らしていけるとも思わない。コネも無ければ資本もなく、土地勘もない場所に一から放り出されたのだから。
そうしてこの男は、それも分かって聞いている。
放り出されるわけではなくこいつ預かりになったのは、それでも帝国兵であったという事実が、エオルゼア同盟の中でネックになったからだ。こいつがわざわざこの国、グリダニアに運んだのは、手に余れば俺を放り出すと見抜いていたからだ。
本当に徹頭徹尾心底ムカつくクソ野郎だ。
ラドミールは歯を食いしばり、どかどかと足音を立てて椅子に近づき、深く腰掛けた。
何もかもが癪に障る。こいつやエオルゼアの連中の掌の上で人生の方向性はもう決められている。だが、それらから逃れて生きていけると思うほどおめでたい頭をしているわけでもない。
かみつくような態度を取ることが、今のラドミールの精一杯の抵抗だった。
「
……
話がくどいぞ。俺はこれから何をしたらいいんだ?」
せっかちだな、と英雄は肩をすくめた。
「俺が生き方として教えられるのは一つだけでね。日銭を稼げるくらいには鍛えてやれる。どこかで野垂れ死にされても悲しいしな。まあそれで力が付いたら、偶に俺の代理をしてくれ。その間の給金は払うし、悪いようにはしない」
「だから!何をしろっていうんだよ!」
持って回った言い方に、ラドミールは机を叩く。書類が舞い、ティーカップとポットが僅かに浮いた。それでも青年は眉一つ動かさず、あっさり言い放った。
「冒険者、だよ」
旅の空を故郷として、依頼のために走り回る。どこも人手不足だ、食うに困ることはないさ。
そうあっけらかんと言った後、英雄はぽかんと開いたラドミールの口にクッキーを投げ込み、返答を待たず部屋を出ていく。
「残りは持っていっていい。今度会う時は別のおやつを焼いてこよう。また、その時にどうしたいか聞かせてくれ」
答えなんて決まっているだろと叫びたかったが、口の中のさくさくのクッキーが邪魔して喋ることはできない。
しかも嘆かわしいことにその菓子は恐ろしく旨く、結局、ラドミールは残りを全て持ち帰ったのだった。
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