みがきにしん
2022-01-30 14:16:25
4811文字
Public アラン君とラド君の話
 

『英雄の弟子』


「じゃあ、しばらく頼んだよ、ラド」
 そうにっこり笑って奴はどこかしらに旅立っていった。
 最低限の荷物だけ持って、行き先も告げず。けどまあ、それは心配してない。だってあいつは、自分が必要な時に必要な場所に居るという能力が異様に高いから、戻ってくるだろう。実際、勘のようなものがあるのかもしれない。
 が、それにしたって。
「できるか馬鹿!!」
 叫んであいつの置き手紙を握りつぶしたが、状況が変わるわけもない。
 不肖ラドミール・クレンツ、世界を救った英雄の代わりを務めさせていただきます。そういって頭を下げる自分を思い浮かべるが、どう考えても、
「いや無理だろ!! 言ったら白い目で見られるわ!! 自分をなんだと思ってるんだあほ英雄! 代わりが居ないから英雄なんだろうがこのポンコツとんちき!!!」
 俺は憤懣やるかたなく、握りつぶした手紙を床に叩きつける。ぽんと跳ねた手紙は、雑然とした部屋の隅にころころ転がっていった。
 けれど結局は、そうしなければならないし、そうする羽目になるのだとよく分かっていた。あいつはむかつくけれど、自身が対処しなければならないような事象が起こるとき、それをぽいと投げ出すような性質ではない。投げ出すならそれは今どうこうするようなことではないか、しなくても大丈夫なもの。
 つまるところ、これから起こることは俺に任せて大丈夫だと――あいつ自身が対処しなくても解決するだろう、と予見できるようなものだということだ。しかもそれはきっと、必ず当たる。
……クソ、帰ってきたら絶対死ぬほど文句言ってやる」
 言ったところでどこ吹く風、『ありがとう、ラド』と笑うだけだと知っていても、そう思うくらいしか発散する手段は無かった。

『傑物は概して変人である』とはよく言ったもので、母親もそうだった。
 俺を生んですぐ里を捨てた母さんは、ヴィエラという種族の中では相当の変人らしかった。けれどその後、里は帝国の侵攻を受けて森ごと焼けてしまったそうだから、その判断は正しかったのだと言わざるを得ない。
 イルサバードの辺境に逃げ延びた後も度々、驚くくらい鋭く危険や災害を予見し、それとなく周囲に伝えることで暮らしを得た母さんは、どこから来たのか分からないよそ者とは思えないほど周囲に尊重され、それはその国が帝国属州に組み込まれても変わらなかった。
 属州独立の気風があちこちで高まり、俺が徴兵される時も、もしかするともう予見していたのかもしれない。ひどい熱病に冒されながらも母さんは「これから大変でしょうけど、あなたの運命に出会うまで、きっと生きるのよ、ラド」と事あるごとに言っていたから。
 母さんが見ていた運命が何かは、正直分からない。ただ、確かに俺は戦場で出会った。
そう、あの『エオルゼアの英雄』に。

 戦場で属州民の下士官なんて銃弾よりも雑な扱いだ。まして当初は有利とされていた戦場が荒れて余裕がなくなってくるとなればなおさらだった。同僚たちも上級士官たちも毎日少しずつ姿が見えなくなっていく中、膠着状態と聞かされても実感は湧かないし、そもそもさほど戦う気も、そこまでの忠誠心もなかった。毎日のように下されるかもしれない突撃命令に怯えながら、土嚢を積み上げ塹壕に潜んだ。
 開戦前は圧倒的優勢と聞かされていたはずの戦場が荒れた理由は漏れ聞こえていた。曰く、相手方には噂の『悪鬼』がいるのだという。お陰で戦いが長引こうと敵の士気は高いままで、人数・兵器いずれも不利ながらも攻め込むときは攻め込み、こちらが攻勢に転じようとすれば潔く引いて追撃を許さない。上層が焦れば焦るほどに、事態は膠着状態にもつれ込み、支給される物資も減りつつあった。
 実際、その『悪鬼』と呼ばれる相手の戦いぶりを見れば頷けてしまった。人員が減った下級士官の代わりに斥候に出された日、別の部隊と交戦するあいつは、あらゆる軍人を及び腰にするに余りあった。
――嵐だ、と思った。
 まるで野原を駆けるように軽い足取りで戦場を走り、出会った相手を殺してゆく。連れているのはごく少数の味方だけ。通常であればそんなものは素晴らしい的であり、火に飛び込む羽虫と同じだ。けれどそうして相対した相手は、隙を見せない相手にごく短期間で永遠に地に伏した。ならばと大多数で取り囲めば、取り囲んだだけ死体が増えた。帝国自慢の魔導兵器も相手にならず、コロッサスは膝をつき、ヴァンガードはバラバラにされ、リーパーは乗り手の離脱を待たず爆発した。
 遠距離から放たれる魔導カノンの砲撃すら見切って紙一重で避けて見せ、次の瞬間には肉薄して敵を両断していくそれは、およそ通常の神経だと思えなかった。当たれば死ぬ場所に飛び込み、けれど不思議と見えているように避けて、そこに居るものに死を運んではまた走って行く。
 恐ろしいのに目が離せず、魅入られたように呆然と遠眼鏡を覗いていれば、それはゆっくりと振り返り、まるで見通すように目線を合わせた。その体躯は返り血で汚れ、けれど大きな怪我の一つもない。
 何よりその表情に、帝国の恐れる『悪鬼』の意味を思い知る。『それ』は行く先行く先で血風を巻き起こしながら、ただの一つも波立たないような顔をしていた。ぞわりと背に寒気が走り、遠眼鏡を取り落とす。俺はそれを拾い上げることも出来ず、ただ割り当てられた塹壕に逃げ帰った。
 確信が生まれていた。あれは遠からずやってくる。そうしてきっと、俺たちは負ける。
 
 けれど俺は、あいつに殺されることはなかった。
下された決死の突撃命令は、混乱した上層部の意思のどこかに反していたらしい。結果的に発生したのは馬鹿げた同士討ち。他の部隊の仕掛けた爆発物の情報を共有されず、死するまで突撃し敵を討ち取るべしと指示されたこっちの部隊は巻き込まれた。焼かれ悶えるように転がる同僚と、腕が、と叫ぶ上長の声を聞きながら、吹き飛ばされ塹壕に転げ落ちた俺は、そのまま崩れた土砂に埋もれた。

 どれほど気を失っていたのか。呼吸が苦しく、頭はぼうっと霞んでいた。落ちた塹壕は拡張の途中だったのか、掘りかけの横穴未満のようなものがあり、ちょうど俺はそこに転がり込んだようで、周囲には僅かな空間があった。だが、土砂で埋もれていることには変わりがない。どこか打ち付けたのか、目が覚めてしばらくしても頭がはっきりすることはなく、ぬるりとした血の臭いをどこからか感じていた。
 周囲は静まりかえっており、もしかすると戦闘は終わったのかもしれなかった。それにも関わらず、ここに人がいることに誰も気付いていないということは、救助の必要は無いと判断されたのだろう。
 そこまできて漸く、「死ぬのか」と漠然と思った。誰からも見つけられないまま、母の言う運命に出会わないままに。里を捨ててまで、きっと生きるのよ、という祈りに報いることも出来ないままに。
 悔しさか、悲しみか、それとも頭が痛いからかもしれなかったが、勝手に目から涙が落ちた。
 ふと、遠くから声が聞こえるような気がした。
……生きての、いる……
 途切れ途切れだが、確かに人の声だ。ざり、ざり、と土を踏む音がする。誰かが近くを歩いている。
 干からびかけた喉を必死に開いた。思えばそんなことをすれば、もっと呼吸が苦しくなったのかもしれないが、その時は無我夢中だった。
「俺はここだ! 頼む、助けてくれ」
 土を踏む音が近くなった。助けを叫びながら、周囲の土を叩いた。
……待ってろ!」
もう声はほど近かった。ざくざくと土をかき分ける音の中、俺は頭の痛みも忘れ、手で土壁を掘った。
 やがて、ぼこりと土の向こうから光が差し込んだ。呼吸が少し楽になり、土に開いた穴が大きくなるほどに息苦しさは消えていった。自分を助けた相手を見るまでは。
 その姿は遠眼鏡で見るよりも、土と泥まみれでひどい有様だったが、見間違えるはずもない。手に持つ得物は杖に変わっても、分からないはずもない。ひゅっと喉が奇妙な音を立てる。
 震える俺に、『悪鬼』は静かに手を伸ばす。逃げ場もないのに、俺は逃げようと身を捩った。
……逃げなくていい。もう戦闘は終わって、決着はついてる。帝国軍は大多数が引き上げた。こちらもある程度引き上げ準備に入っている。そういう相手を無理に追撃はしないし、終わった戦場で敵を意味もなく弑すつもりもない」
 信じられないかも知れないが、と話す彼の持つ杖に柔らかな明かりが点る。
「頭を見せてくれ。打っているようなら、早めに処置をした方が良い」
 杖の光が瞬くたび、痛かった全身が少しずつ楽になっていくのを感じた。俺は観念してのろのろと穴から這い出し、頭を差し出す。
……ありがとう。そのまま座っていてくれるか。簡易だが処置をするから」
 熱くぬるついていた頭に光をかざしながら、そっと『悪鬼』は手を入れ、傷の具合を確かめている。
「俺……以外の人は」
 漸く出せた問いに答えがあるまでは僅かに間があった。
「ここにたどり着いた時には、殆どの人が亡くなっていた。僅かに息があった人もいたが……
 予想はしていたが、体から力が抜けていくのが分かった。壊滅、という文字が頭に染みこんで、逃げる気力も失せていく。
……じゃあ、あんたは何してんの。救助のまねごと? 戦勝報告とかしなくていいのかよ」
 別に帝国に忠誠心はない。むしろ、まだマシだったとはいえ、見た目の違う属州民らしい扱いをされてきた。だがそれでも、まるで何でもないことのように殺戮を行ってきた相手が自分を助けていることに、皮肉の一つでも投げてやりたかった。
「なんとでも。報告はもう終わっているし、やるべきことは済んでる。今のこれは救助ですらない。そういうものは撤退の時にすでに互いの陣営でやっている」
 頭の痛みも体の痛みもかなりマシになる頃、漸く青年は治療を終え、立ち上がった。
……だからこれは、ただの自己満足だ。それでも希に、君みたいに拾える命もある」
 そう言った横顔はひどく落ち着いていて、投げつけた言葉に対し僅かの動揺もしていないようだった。
「他人は知ったことじゃないが、俺は別に殺しが好きなわけじゃない。死に行く人間に対して、そのまま苦しみの中で死んでいけとも思わない」
 復讐希望ならいつでもどうぞ。ただし元気になってからな。
 そう俺を指さして、彼は耳元の通信を起動し、誰かと話し始める。今の答えが飲み込めないままその姿を呆然と眺め――気がついたら野戦病院のベッドで寝かされていた。
そうして気を失うまでの間、母の言い残した『あなたの運命に出会うまで生きるのよ、ラド』という声を、なぜか唐突に思い出したのだった。

――それがあの英雄との出会いだ。今から考えると最初からクソ傲慢な奴だ。
 でも、命の恩人であることに変わりは無い。
 それどころか元気になった俺を冒険者ギルドに紹介し、生きていくための段取りを整えてくれたのも、最初に仕事や装備を斡旋してくれたのもあいつだし、ある日いきなり聞こえてきた声やら白昼夢やらの対処法を教えてくれたのもあいつだ。
 復讐だのなんだのという話自体はしたものの、そもそもさして良い思い出のない帝国のために命を懸けるなんて事はまっぴらごめんだった俺には渡りに船だったし、会うたびにやってくれる訓練はとんでもなく身になって、身寄りが無い割にそれなりに暮らして行けている。
 そう考えると無茶ぶりにも多少目をつむりたくなるもの――
……な訳あるか。重すぎるんだよ、アンタの名前は」
 けれどまあ、あいつが帰ってくるまでくらい頑張ってやるか、とは思っている。
 きっとそれもお見通しであろうことはムカつくけれども。