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親愛なる友 オルシュファンへ
久しぶりにこうしてペンを執ります。
以前書いたのは、ちょうど第一世界から帰ってきた頃でしたから、もう随分経ちましたね。
あなたも一部始終はご存じのことかと思いますが、なんとか星の終焉は回避することが出来ました。
長い間必死にこの星を守り抜いてくれていた人、遙か昔に終末に抗った人、昔日を取り戻そうとその生を捧げた人、かつての楽園に異を唱えた人、長い間終焉に備えた人々、これまで一緒に戦ってきた仲間、予想だにしない縁の乱入者、何より多大なる犠牲を出しながらも諦めなかった沢山の人達の努力が積み重なって、ようやく届いた結果でした。
初めて英雄と呼ばれてから、随分遠くまで来たものだ、と自分でも驚きます。
あなたに助けられたのは、英雄という身に馴染まない肩書きがあっさり破れてしまった後でしたね。
今やイシュガルドという国のみならず、星を救ったなどと持ち上げられて、正直なところ困惑しています。
この前もイシュガルドの騎士から「信奉者です、髪型もお揃いにしてしまいました!」と言われて、流石にかなり動揺しました。視界が悪くなるから止めておけば良いのに、と。
だいたい、今回やったことと言えば単に諦め悪く足掻くという最後の一押しだけです。そもそも人はもう手が届きそうな所まで来ていました。そうでなければあの最果てまで辿り着けずに、どこかで星の終末を迎えていたでしょう。
勿論、多くの物を託されたこの役割を投げ出すつもりはありませんでしたが、お陰でまたも身の丈に合わない名声を得たような気持ちでいます。
けれど『英雄』というのはそういうものなのかもしれない、と、第一世界に行ってから強く思うようになりました。
実際は水に浮かぶカモメのように必死にバタバタと足を動かしているのですが、他者から見えるのは羽ばたく姿ばかりだから、よりよく美しく見えるものなのかもしれません。
そんな実は醜い姿でも、誰かの希望にはなっている。
『英雄』はそれだけで居る意味があるのでしょう。
とはいえ、随分『英雄』という振る舞いも板についてきたと思いませんか。まだまだでしょうか。
あなたを失ってから、盾と剣を持ちました。大剣も、戦斧も、少し変わったガンブレードという武器も。
けれど最初にあなたが背負っていた盾を受け取った時より、重たかった物はありませんでした。
あんなものを持って、いつも当たり前のように走ってきてくれていたのですね。今更ですが、ありがとう。
愚かなことに、気付いたのはあなたが居なくなった後でしたが。
あなたはどうでしたか。
星海で見た俺は、昔見たより頼もしくなっていましたか。
あなたが盾にならずに済むような、そんな英雄になれていましたか。
それとも、どれほど強くなったとしても、あなたは俺を庇ったのでしょうか。
……きっと、庇ったのでしょうね。
俺自身も盾を持ったことで、命を差し出す覚悟で他者を守らねばならない場面に何度も行き当たりました。
けれど星海でも力を分けてくれたように、あなたのそれは性分で、結局止められもしなかったのだと思います。
そう分かっていても、未だにあなたが死ぬ時のことを、あなたが淹れてくれたお茶の味を、あなたの言葉を思い出します。
こんな英雄は弱いでしょうか。あなたはまだ、そう呼んでくれるでしょうか。
けれど、笑っています。辛くとも、苦しくとも、足が竦みそうなほど孤独でも、諦めずに前に進みます。
きっとこれからも、ずっと。
あなたの友、
あなたの英雄より
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手紙を書くと言って借りた燭台の上に、書き終わり封をした手紙をかざす。
火の当たる場所から黒ずんでいくそれは、あっという間に灰になって机の上に散らばった。灰はホウキで集め、握り混む。そっと窓の外で手を開けば、手紙だったものは夜風に浚われ、天高く舞い上がった。
こうして手紙を書くのは幾度目だろう。
今は居ない人へ宛てた手紙。当然何の返事もないことを良いことに、好き勝手書き連ねた物を書いては燃して、書いては燃している。長さも気にする必要は無いから、いつもたっぷり良質な紙を使い、絵を封入したりもした。
何か事が起こり、どうにか終わるたびに燃やすものだから、もし本当に届けていたら、それこそ本のような厚さになっていたに違いない。きっとそれを彼は大事にしてくれるだろう。もしかしたら、机の中にそれ用の仕切りを作って入れてくれるかもしれない。そういう人だった。
まあ、今や届け先はないのだけれど。
それでも燃やせば、ほんの一片くらいは彼の居る場所まで届きはしないか、とどこかで期待している己がいる。あの希望の園で出会った過去の彼らのように、こちら側を覗くことがあったとすれば、手紙が風に乗った時、星揺らめく水面に落ちはしないか、と。
けれどこれまでと心持ちが違うのは、実際に星海に行き、手紙を見て欲しかった人と出会えたからかもしれなかった。
姿形そのものはなかったが、間違えるはずもない。あの痛みを忘れまいと何度も脳裏に焼き付けた剣と盾が輝いていた。優しく暖かい気配と、力強く背中を押すような強化魔法。
あれは確かに彼で、懐かしさと慕わしさ、未だ鮮烈な痛みに涙が零れ、足が止まりそうになるのを必死に耐えた。まだどこにも辿り着けていなかったのだから。出会えたからと足を止めては、彼の意に何より反することになるのを、よく分かっていたから。
けれどあの一連の冒険はどうにか終わりを迎えたから、先ほど手紙をしたため、いつものように燃やした。独白でしかない、届かなくても良いが、少しばかりは届いて欲しいそれを。
あの日を境に「英雄」になったのだ、と自覚している。
どれだけ回復魔法を掛けても塞がらない傷、淡々と流れ出していく命、冷えていく体。
本当は、彼に死ぬつもりなど皆目無かったのだろう。苦しげに血を吐き出しながら、それでも今際に友ではなく、英雄に向けての言葉を遺した。
――英雄と呼ばれる事など、身の丈に合っていないと思っていた。
それでも著名になればなるほど生活の糧は得やすいことを知っていたから、甘んじて受けていた。
元より帰る場所はない。立脚すべき部族からは捨てられ、森都からはその血故に排斥された。
このエオルゼアでは捨て子など、それこそ掃いて捨てるほどいるが、その半数は大人になる前に死ぬ。極まれに養い親に引き取られたり篤志家の作った育児院に行ける者もいるが、孤児の多さに対してそういった受け皿は限りなく小さい。
幸運にもそういった場所に受け入れられ、大人になれた所で、糧を得るのに苦労する。職を得るにしても便宜を図ってもらうにしても、やはり、「親のことを知っている」「血のつながった相手がいる」という単純にして身近な縁は最強の繋がりだ。それがない孤児の大半は、自然細々と暮らすのが精一杯という状況に陥ることが多かった。
だからギルを稼がなければならなかった。命を繋いでいけるように。とりあえず明日を生きていけるように。
生まれや育ちが影響しにくい冒険者になり、戦闘と魔法の才能があると知ったときは嬉しかった。怪我が早く治る体質を知ったとき、有利だと喜んだ。「超える力」も、便利な道具が身の内に備わっているとしか思わなかった。
だから最初はただ、家が欲しかった。誰からも追い出されず、後ろ指も指されず、心安く居ても良い場所が。そのためには何でもすると決意していた。「英雄」という肩書きさえ、それが得られるならば幾らでも呼ばれてやろうと思っていた。
その決意が、己の求める物が揺らぎだしたのはいつだったろう。
つい数時間前まで普通に喋っていた相手が、異種族の友人が、町の隅に物のように転がされていたのを見た日からだろうか。
お前は特別だから憎いと憎悪を向けられた日からだろうか。
誰かを亡くす時胸に宿る暗い炎を他の人も味わわぬようにと戦争のただ中に飛び込み、共に戦う人を鼓舞し食事を配り歩いた日からだろうか。
霊災を受けてなぜエオルゼアが新生したのか、それを知るためにダラカブ拘束艦に潜り、剣と呼ばれた日からだろうか。
蛮族達の悲嘆を受けて、幼子のように泣きながら生まれた神を斃した日からだろうか。
――いつの間にか、家もギルもさほど必要なものだと思えなくなっていた。未踏に踏み込み未知を知る代えがたい喜びも、人の声に振り回され旅の空で眠ることも、己の一部になっていた。
それでも自然に呼ばれ出した「英雄」という肩書きは、まるで着られているように似合わなかったと思う。
道を共にした人諸共、当たり前のように政治闘争の具とされたのは確かに苦しく辛く悔しかった。けれど同時に納得していた。本当に世界を動かしているような人間にとって、偶々ぽっと出で有名になった人間の価値なんてそんなものだ。だから「英雄」と呼ばれなくなったのは正直安心した。
俺はそんな大それた物じゃない。必死に駆けずり回って地面を這いずって、偶然に助けられ誰かの手を借りて、どうにか毎回死なずに済んで、ここに辿り着けただけ。
そう思っていた。
けれど、彼はその似合わぬ肩書きを身につけていた俺を信じて死んだ。
思えばそうやって命を賭して死んでいった人がこれまでに何人も居たのだと、恐ろしいことにその時漸く気付いた。たった一つの大切なものを賭けるに値すると、彼らは信じて差し出してくれていたのに。
「俺の命より自分の命が大事だと、どうしてそう思わなかった?」
フォルタン家で与えられた部屋で一人になり、空に問う言葉に応える声はない。もう彼はいなくなってしまったのだから。
……それなら差し出されたものを受け取らなければ。彼らの大切なものも一緒に持って歩かなければ。
ただ似合わぬ肩書きを着せられただけの自分ではなく、彼らの信じて託した「英雄」に成りたいと、初めて強く思った。如何なる逆境でも挫けず、助けを求める相手を求められるだけ掬い上げ、いつだって笑ってみせられるような。
その夜は、それにどこまでも至らぬ自分が悔しく、少しだけ泣いた。
けれどすぐにまた別の人を亡くして、一人になったときにまた少し泣いた。
強くなったと思うたび、手が僅かに届かない人がいた。
その度に、その夜だけは少し泣いた。
あらゆる武器を触った。
近くに落ちているのがどんな獲物だったとしても、戦えるように。
なるべく傷つかぬように、戦い方を色々試した。
無駄を減らし、味方が倒れる前に敵を倒せるように。
製作ギルドの門戸を叩いた。
己の装備を自分で適切にメンテナンスできるように。
色々な人の話を聞いた。
ひとつでも知識を増やし、どこかで突破口となれるように。
助けを求める声をひとつひとつ拾い上げた。
きっと「英雄」とはそういうものだから。
そうして足を進めるたびに、「英雄」の振りばかりが上手くなった。
進むたびに誰かの血が流れる。かつて救ったはずの人達が死地に飛び込んでいく。
希望だと言ってくれた人の命が、指先から零れ落ちていく。
信念が、怒りが、悲しみが、誰かの希望が、誰かの背中に暗い影を落とす。
もう手の感覚が麻痺するほどに殺している。
誰かを殺すたび、誰かにとっての彼を、今俺はそうしたのだと刻みつけた。最後の最後にそうせざるを得ないのだとしても、この胸を指すような痛みを手放さないように。
けれど、何度弔いをしたらいい?
何度言葉を失う人を見たらいい?
何時になれば皆が幻視したような英雄になれるのだろう?
ただ名ばかりがいつだって己の形より膨む。
いくら力を蓄えても、どんな知識を得ても、必死に駆けずり回って地面を這いずって、偶然に助けられ誰かの手を借りて、どうにか毎回死なずに済んでいる、そこから変われはしなかった。
それでも、ああ、それでも! いつだって旅には喜びがあった。
新しい人との出会い、未知の街、美しい景色、対処法の分からぬ獣、新しく伝授される技。
――胸が躍らないわけがない。
けれど戦うため求められた己が、未知に喜んで良いのだろうか。
そうやって浮き立つ心を静めていたのに、指摘された時は驚いた。その上同類と言われて怒り、呆れ、絶対に違うと否定し、後になってから絶望した。
要素を取り出せば、もしくは見る側を変えれば、そう見えた人は確かに居たはずだ。
何時からそうなった?
目指す物に真っ直ぐ歩いてきたつもりだったのに、固執する余りに踏み外していたのだろうか。
けれど考え蹲っていられる時間は、ほんの一時だった。
戦争というものは、実体験として、最中それそのものよりも、立ち直る時間の方が圧倒的に長く掛かる。
傷ついた人と傷ついた土地。簡単に元の生活に戻れずはずもなく、余裕の無さはささくれとなって誰もの心を消耗させていく。
変わることを喜ぶ人、拒む人、戻れないと嘆く人、これからの未来に胸を膨らませる人、気持ちが一つにならないのも道理だ。あるいは、戦乱のただ中の方がまだ一つになりやすいのかもしれない。わかりやすい目標が与えられやすいのだから。
混乱の中を走り回っているうちに、誰かの嘆きと理想でまた戦争が始まる。
そうしてその引き金を引いたのは、確かに他ならぬ自分自身だった。
第一世界に着く直前、実のところ内心相当憔悴していた。
「冒険者」も「英雄」も、どちらも己を別々の方向に引っ張っていく。その裂けそうな身と心の合間で、悲鳴を上げていた。
だから助けてくれと言われた時、どうしようか迷った。
けれどその手を取ったのは、長く続けた振る舞いがとうとう意思だけでなく体にも癒着して離れなくなったからかもしれなかった。結局のところ、助けを求める人が目の前にいるのに、それを放置して己の苦しみにだけ耽溺できる質では無いという事なのかもしれなかった。
ああ、そうだった。冒険の最初も、こうしてただ手を伸された手を取った。
視界の隅で、どこか己と似たところのある青年が笑う。悲惨な目に遭い、汚名を着せられ、それでも命を賭して次元の狭間を通って世界を守ろうとした人。
家もギルも確かに欲しかった。求める理由はあった。だが、いつの間にかそういったものは遠くに流れ去っていた。途中で手に入っていたものに満足して、旅を終えても良かったのだ。
それでも歩いてきたのは「英雄」だからではない。そうしたかったからだ。旅先で拾い集める物に夢中になった。出会う物や人が失われていくのが悲しくて、だから手を貸した。
最初はともかく、途中からはただそれだけだった。
その旅の果てに知ったのは、己の足跡の多さ。それを支えに、目標に、自分たちは助からずとも希望を見て繋いでくれた人達がいたこと。
ーーこんなところで死ねるものか。ここで出会った人を死なせるものか。この世界を、終わらせるものかーー。
初めて強く強くそう思った。
肩書きなんてどうでもいい。欲しい奴がいたら喜んでくれてやる。
ただ、旅で出会った愛しいものを、託されたものを、俺は全部背負って歩きたい。
守りたいものを守り、行きたいところに行く。それが「英雄」の形だと言うのなら、そう言うといい。
ただ見失っていただけで、それがずっとずっと、己の形だった。
同じだけ重たいものを背負った相手とぶつかった。その悲しみも、嘆きも、心を強く刺した。できるならば共に歩けたら良かった。けれど譲ってやるつもりなどなかった。
最後に輝く戦斧が、相手の胸を貫いた。
そうしてまた託されたが、もう迷う事はないと思った。
「……忘れたりなんてするものか」
俺が死ぬ日も、必ずその先まで持って行く。絶対に手放したりしない。
必死に駆けずり回って地面を這いずって、偶然に助けられ誰かの手を借りて、どうにか毎回死なずに済んで、それでも行きたいところに行き、守りたいものを守る。
それが辛くとも苦しくとも、足が竦みそうなほど孤独でも、諦めずに前に進む。
皆が託した「英雄」としてはまあ、残念ながら情けないかもしれないが、それが己なのだから仕方ない。
少なくともきっと彼は許してくれるだろうと、信じている。
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