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みがきにしん
2021-12-19 11:15:54
3733文字
Public
NPCとアラン君の話
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ユルスと『だいたい何でも出てくる』料理の屋台
定期報告のため、キャンプ・ブロークングラスを訪れたユルスは呆然としていた。
寒いながらも雲一つ無い空の下、キャンプの中央の天幕にはストーブがいくつも並び、その上には大小様々な鍋やフライパン、果てはユルスの知らない木で編まれた調理器具までが載って美味しそうな香りを漂わせている。
天幕自体も常より随分増えて、テーブルの並べられた食事処と受け渡しのブースまでが出来上がっており、そこには走り書きで料理らしき名前が書かれたボードが引っかかっていた。
料理らしき、というのはユルスが知らない綴りの言葉もあったからだったが、そのボードにはボルシチやカーシャと言ったような馴染み深い名前もまた見覚えのないそれらと共に並び、最後に丁寧な文字で『書いていない料理も作れます。ご注文の時お尋ねください』と書かれていたから、おそらくメニューなのだろう。
だが何よりユルスを狼狽させたのは、その中央で忙しそうに立ち働くのが、かの英雄だったからだ。
忙しなく調理器具の間を歩き回り、フライパンを振り、包丁で手際よく材料を切る。鍋を載せたストーブの様子を確認して回る。スパイスを混ぜ合わせて手際よく味見をし、「美味しかったよ!」の言葉に笑顔で応える。その立ち振る舞いや慣れた手つきはどう見ても調理師で、あの青年の顔を知らない頃の己に『あれがエオルゼアの英雄だ』と教えても一笑に付されそうだ。
「待たせてしまってすまない。ゼラスープとボーズを二人前だね」
「あなたはアウフラウフだったわよね。熱いから気をつけて」
できあがった料理は手伝っている派遣団のメンバーやアルフィノ、アリゼーが受付から渡していくような仕組みらしく、簡素なトレーに乗せられた料理が次々に並ぶ人に差し出されていく。
「ユルス! 呼びに行こうと思っていたところだった」
上がる嬉しげな声、活気に満ちた気配。
祭りのような様相にぽかんとしたままのユルスに気付いたのか、アルフィノが小走りで天幕から出てきた。そのアルフィノも前掛けをし、育ちの良さそうな柔らかい空気を除けば、単なる料理屋の手伝いといった姿だ。
知っている顔にほっとするのと同時、ここは一体どこなのかと頬をつねりたくなる。
「
……
これは何の騒ぎなんだ?」
「『何でも料理の屋台』だそうだ。彼発案のね」
アルフィノは苦笑しつつも少し誇らしげに、調理を行っている英雄を見やる。
「派遣団は皆士気が高いし、難民の救助と支援に使命感を感じている。けれど、ここは慣れない土地で、属しているのは出身国も文化もそれぞれ違う人達だ。実の所小さなトラブル、なんてものは日常茶飯事でね」
アルフィノはそっと目の前のテーブルを示す。
見慣れない鮮やかな織物を身につけたアウラの男性が、湯気を立てる蒸かしパンに齧り付いて旨い、と漏らし俯く。その向かいで、戦場に慣れた者独特の気配を漂わせたハイランダーが、トマトソースに卵の入った鍋を豪快に掬いあげる。派遣団側に保護された難民が、ひとくちごとに噛み締めるようにカーシャを口に運び、ほろりと涙をこぼした。
「けれど故郷の料理で腹を満たし、互いの食べるものを知れば、少しでも相手のことが理解できる。それに彼曰く、『旨いものは人を癒やす』そうだよ。料理とその効用は、旅の中で覚えたそうだ」
お礼の声と、驚くほど活気づいた人々。皿を返し、同じテーブルについていた派遣団員が四人、連れだって天幕の中に入り、バンバンと英雄の背中を叩く。青年も笑って、二、三言葉を交わす。その全員がおそらく、生まれた場所も文化も違うのだろう。
それでも、あの英雄を中心に人の輪ができていく。
ふと、この国はどうだっただろうか、と思ってしまう。ガレマール人と属州民。その間に、こういった空気はあっただろうか。
無かったとは言わない。けれど常にあったとも言えなかった。
ひとつため息を吐く。あの英雄は、たまにユルスの目を刺すほどに眩く見える。輝かしい思い出の足元に落ちた影に気づいてしまうほどに。
「
……
何でもできるんだな」
アルフィノも横で頷いた。彼の武器や服も、かなり自作のものが含まれているそうだよ、と付け加える。
「本当にね。私もいつも驚かされている。彼とはかなり付き合いが長いけれど、未だに底が見えないと思う時もある」
それはどういうことだ、と尋ねる前に、アリゼーの怒りの声がキャンプに響く。少し遠くからでもブースにいない兄に対して怒りを表明しているのが分かる仁王立ちだ。サボっていることが知られてしまった少年は慌ててユルスに別れを告げる。
「おっと、もう戻らなければ。ユルスも良ければ食べていって欲しい。贔屓目でも絶品だよ」
挨拶もそこそこに受け渡しブースに戻っていくアルフィノを見送ると、折良く英雄は調理が一区切りしたようだった。ふう、と白い息を吐き出してコンテナに座り、遠目でも目立つ青色の飲み物を口にしている。
ユルスはそっと、調理場となっている天幕まで歩く。
休憩中だというのがよく分かるから声が掛けにくい。派遣団と難民、全員分の調理をしたとすると、随分な重労働だったろうことは想像が付く。
「ああ、ユルス。来てたのか」
ためらっていると、英雄の方から声が掛かる。
ここまで来たらもう同じだ。もう相手はコンテナから半ば腰を浮かせている。ままよ、とユルスは渋面を作った。
「なあ、その
……
休憩中悪い。俺も食べていいか。それから、駅にも持って帰りたい」
英雄はぱっと立ち上がり、明るい顔で応えた。
「勿論だとも。ユルスならそう言うだろうと思って、材料を取っておいてある」
青年はパンパン、と座っていたコンテナを叩く。
「さて、駅の人達の分は後で作るとして
…
とりあえず何が食べたい? 帝国の料理もマキシマさんから聞いて、多少は作れるんだ。自信があるのははウハー、ボルシチ、ラグマンあたりだが、リクエストがあるなら最善を尽くそう」
ふと、もしこの世界に人の意思を超えたものがあるのなら、幾つの物をこの青年に手渡したのかと思う。
こうしてメニューを説明する姿も、先ほどのようにフライパンを振るう姿も、本当にただの調理師のようだというのに、この青年はどうしようもなく世界を救った英雄で、いくつもの属州の解放者だ。
じわじわと浮かぶ疑問を、衝動のままに問いたくなった。それほどに沢山の物を持って、生かす道が多くあって、それでも何故英雄としての道を選んだのか、と。
ユルスはこの英雄と出会って間もなく、過去のことを殆ど知らないが故に、口に出せはしなかったけれど。
「
……
じゃあ、ウハーを貰えるか。できれば具はアイシィガーで」
「いいね。ちょうど昨日釣ったやつがあるから、たっぷり切り身を入れよう。あの魚はくせがなくて旨いし
…
ああ、パンはナイツブレッドかカイザーゼンメルなら付けられるが、どうする?」
勧められるままに頷くと、了解、と笑みを含んだ声が応える。
「いきなりで驚いたろう。
……
騒がしくしてすまない」
英雄は予め作っていたらしいスープを火にかけて、切ったポポトを加える。その手つきに迷いは一切無い。
「いや
……
」
ユルスは答えに窮した。色々な意味で心から驚いたのは確かだ。料理を作るのが英雄自身だとか。
だが同時にキャンプの光景に感じたのは、目もくらむような眩しさだった。ガレマルドに聳える山々から表れて、一気に雪原を照らしていく夜明けの光のような。
「
……
腹が満ちれば気力が湧いてささくれが減るのはどこの人間も一緒だから、ルキアに無理を言って協力して貰ったんだ。まずは今日を生きていけるように」
青年はコンテナから立派なアイシィガーのフィレを取り出し、大ぶりに切り分けていく。
これまで色々やってみたんだけどな、と彼は苦笑した。
「
……
俺が旅をして他人に渡せると分かったものは、それくらいだった」
ユルスは一瞬、さっきの問いを口に出していたのかと思った。
英雄はひどく透徹とした目で、ここではない彼方を見つめるように眇める。
「とりあえずは今日。それから明日。そのために
…
俺が居ると思ってる」
英雄はそれきり黙り、切った魚をスープに加えた。
くつくつと湯気のたつ鍋を二人で見つめているうちに、英雄の元に新しい客がやってくる。
特に言葉があったわけではなかったが、ユルスはそのまま黙って調理の天幕を辞した。何より雄弁な答えの前に、掛けるべき言葉はどこにも無かった。
少ししてアリゼーが受け渡しのブースからユルスを呼び、湯気の立つトレーを手渡す。スープには炙ったカイザーゼンメルが付いて良い匂いが漂っている。もののついでだと開いているテーブルを示されて座り、ほんの少しだけスープを啜る。
「
……
うまいな」
それはどの思い出の中の味とも違っていたが、ひどく美味しかった。材料も何もかも違うのに、以前このキャンプで振舞われたスープの味をどことなく思い出すような味付け。
――
まずは今日を生きていけるように。
英雄が祈るように口にした言葉がスープには溶けている。そんな気がした。
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