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みがきにしん
2021-12-16 00:30:17
2285文字
Public
NPCとアラン君の話
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ユルスと怪我をした英雄の話
暮れの迫る時間帯、避難民たちの待遇に関する交渉を終えて駅に帰ってくると、そこにはエオルゼアの英雄が所在なさそうに立っていた。
先ほど帰る直前に呼び止められ、今はキャンプ・ブロークングラスに残っているアリゼーとアルフィノに会いにきたのかと思ったが、近くに寄ってそうでないと知れた。
しんしんと冷え込む虚空に立ち上る、わずかな熱と血の匂い。よく見れば、頬には切り傷ができ、服は所々破れ、土と泥、先ほどまで雪だったろう水分を含んで重そうだ。
「
……
お前、どうしたんだ。その格好」
「ああ
…
ユルスか。邪魔して悪い」
「別にそれは構わないが
…
何があったと聞いてる」
英雄はバツが悪そうに肩をすくめる。
「この駅に向かってくる魔導兵器どもを見掛けて迎撃したはいいものの
…
まあ、この有様でね。少し休ませてもらってた。倒した魔導兵から青燐水も回収したから、取っておいて欲しい」
指差す先、駅へ下る途中の踊り場には確かにいくらかのタンクが積まれている。その数を見れば、襲ってきたのは一体や二体ではないことが伺えた。僅かに数時間ここを離れていた間の危機に、ユルスは背を冷やす。たまたまこの英雄が来なければ、多少なりとも被害が出ただろう。
それを人知れず成し遂げてなお、ぽつねんと駅の入り口に立っていた英雄を、ユルスは先に立って手招きする。確かに色々あったが、少なくとも恩人には違いなく、実際今この駅に、この英雄に対し害意を持つ人間はいない。
それでもただじっと立っていたのだろう青年が、わずかに腹立たしかった。
「
…
ほら、一緒に来い。中で手当てしてやる。服も着替えたほうがいい」
「助かるよ、びしょびしょで困ってた」
英雄は微笑んでようやく歩きだし、ユルスは赤々と火の焚かれたストーブの前まで案内する。明るい所でよく見れば、予想よりも怪我は深くなさそうで、少し安堵する。
替えの服はあるというので、とりあえず湯を沸かし、汚れを拭き取る布を渡す。潔く濡れた服を脱いだ英雄の体には、薄く擦過傷や火傷らしき皮の腫れがあった。
「服の惨状の割に傷は浅かったのか。さすがと言ったところか」
「はは、そのための服だからな
…
防刃、耐熱、耐衝撃
…
下手な鎧よりはまともだ。それに浅い傷はもう治ったから、」
治った?ユルスは備蓄していた帝国式ポーションを取り出す手を止めた。
訝しげな顔を察したのか、英雄は失敗した、とでも言うような表情で体の汚れを拭き取っている。
やや長い沈黙のあとに、青年は小さくため息をつく。
「
……
今更隠すものでもないか。見てれば分かる。あんまり気分のいいものじゃないだろうが」
そう言って指の先で頬の傷に触れた。
言われるがままに見ていれば、痛々しく血色を晒すそこは、瞬きするごとにじわじわと新たな肉が盛り上がり、パクリと割れた頬を繋ぎ直していくのが分かった。そこが傷だったことさえ忘れるように塞がっていくのを、ユルスは信じられない気分で見つめた。同じようにナパーム弾でついたのだろう火傷も、新しい皮膚が生まれ、爛れた皮が縮こまり落ちていく。傷を負った手順をそっくりひっくり返すように綺麗に戻っていく体。
「治ってる
……
」
「
…
まあ、こういうことだよ」
ユルスは血の気が下がるような上がるような、奇妙な感覚を覚えた。軍用の継続回復ポーションを使えば同じようなことはできるし、ユルス自身も使ったことがあった。だが、そんな物なくとも、この英雄はいつでも「そう」なのだ。
反射的に喉まで出かかった言葉を飲み込む。
ーー本当に同じく人なのか。
ユルスも潤沢な装備を持っていけば、魔導兵器の集団を倒せるだろう。けれど、それは命と引き換えの覚悟が必要で、生き残っても一生残る傷跡ができるかもしれない。
けれどこの英雄は身一つでやってのけ、傷の一つも残らない。きっとそれは、帝国とエオルゼア連合が戦場でぶつかる時もそうだったのだろう。
亡きクイントゥスの言葉が今更になって身に染みた。
『手を出すな。お前たちが束になろうと御すことはできない』
気がつくと、英雄はすでに着替え終わり、困ったような顔でユルスを見ていた。
「
…
変なもの見せて、悪かった。とりあえず着替えられたし、もう出ていくよ」
何か口を開く前に、高らかに青年の指笛が響く。馬らしい生き物のいななきと蹄の音が外から近づいてくる。迎えるように軽やかに走り出す英雄の体に、もう傷はないのだろう。
ユルスは目線を泳がせる。積まれた青燐水のタンクが目に入る。この英雄は怪我を負い、泥と雪に濡れて寒いだろうに、壊れた魔導兵器からあのタンクを引きずり出してきたのだ。援助が行われている最中で、必ずしも必要がないと言うのに。
あの寒い日、池に飛び込んだアリゼーと英雄の姿を思い出す。乾かせばいいのだと笑ったアリゼーと、躊躇なく池の深いところへ進む背中。
寒気に閉まった喉を、必死に開く。
ガレマルドの空気と恐怖に固まったそこは頑なだったが、それでもどうにか「また来い」と言葉を絞り出した。
馬に飛び乗った英雄はふと振り返り、ほっとしたような顔をした、気がした。
そうしてしまったのは、アルフィノとアリゼー、あの派遣団に絆されたからだろうか。
消えていく傷を見た時の寒気は中々消えてくれなかったが、また怪我をした英雄が来たら、今度は無理にでも手当てをしようと思った。
治るまでは誰だって、傷は痛む。それでも手を伸ばそうとしてくれたのは他ならない彼らだ。
あの英雄が何であったとしてもーーそれがユルスにとっての事実であることに変わりはないのだから。
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