みがきにしん
2021-04-29 16:08:42
2309文字
Public NPCとアラン君の話
 

英雄の話2編


理不尽が嫌いだった。

手の中でみるみる冷えていくものを、持ち上げて運ぶ。
こうして人の身体を身体だったものを運ぶのにも随分慣れてしまっていた。戦いの終わった戦場を歩くのにも、青燐水の燃え上がる熱と臭いにも、地に染みた血と臓物と脳漿の臭いにも、その中で、置いていかれたモノを可能な限り拾い集めるのも。
あらかた勝敗が決した戦場において、軽症者の回収は両陣営すでに終わっている。残されているものは、最早荷物になると捨て置かれた武器、壊れた装備、死体か人の破片、そしてそれらに近しいものだけ。
彼らを一人一人抱え、あるいは背負い、泥と血塗れになってチョコボキャリッジに乗せていく作業は、戦場の後に必ず訪れるものであるといえど、参加した兵の浮ついた勝利の余韻を吹き飛ばすほどに重い。
だからこそ「英雄殿のやるようなことでは」と、最大の戦功者に各国の将校は言う。けれど、英雄と呼ばれる人は手を止めはしなかった。
シェーダーにしては良くない耳を澄ませ、暗闇の迫る戦場跡に仄光る杖を掲げて、苦しそうな喘鳴がどこかで上がっていないか、倒れ伏した人はいないかと瓦礫の間を歩く。
そうして見つかる人たちは、大抵は敵からさえも助からないと判断された重傷者たちだ。怪我や出血はおろか、腕が飛んでいることも、顔が潰れていることも、あらぬ方向に骨が飛び出て臓腑が零れ落ちていることもある。
苦鳴を上げ、それでも生にしがみつこうとする、その細い細い悲鳴を頼りに、英雄は瓦礫を退かす。
その命のほとんどが流れ出ていれば、回復魔法をかけたところで傷は塞がらず、肉は再生しない。並ぶ者の少ない一流の癒し手であったとしても、それは同じだ。
ほとんどが野戦病院に運ぶまでに息絶える彼らは、最後の命を燃やして、途切れ途切れに己の様子を問いかける。
「私は助かりますか」と。
 英雄はただ静かに首肯して答え、そっと杖をかざす。痛みを取り除き、安らかな休息に誘う魔法リポーズが柔らかな光を発する。唇をかみ切るほど食い閉めていた歯が、苦しみに歪む眉間が、ゆっくりと力をなくして解ける。その様子を見つめながら、どうか最後の夢が優しく柔らかく、悲しみのないものであるようにと祈る。
そうして一つの遺体をキャリッジに運ぶと、また百に一つでも拾える命があれば、と英雄は戦闘の終わった戦場を行く。たとえその時に使う魔法のほとんどが最後の眠りを誘うものだとしても、痺れ始めた腕がもう運ぶ遺体の重さを感じなくなってきているとしても、理不尽に命が消えていくものを見ていることはできなかった。
この戦いで敵にとって最も理不尽な暴力だったのは英雄自身。そう、理解していても。

――シェーダーの遺跡守は、何よりこれまで守ってきた暮らしを遵守することを至上とする。誇りを捨て、築き上げてきた暮らしを捨て、都市生活を選んだフォレスター共とは違う――それが未だ地下生活を続ける彼らを支える頑健な哲学だった。
それは誇りであると同時に義務であり、絶対に守るべきものだった。その子供として生まれた以上、そう信じていた。
どうしてその病に掛かったのか、今となっては推測しかできない。いつもと生息域を変えた珍しいコウモリの糞に触れたからか、治療に使ったチゴーが何かの病を媒介していたのか。
ひどい高熱を伴うその病は、一週間少年を蝕み、八日目に聴覚の一部を持って去って行った。
視覚が制限される暗い地下生活において、聴覚は頼みの綱だ。
わずかな水音、動物の立てる反響音、住居を支える古い石を叩いて鳴る高い音。そういったものが害を成すものか役立つものか、時に目より鼻より強く意識して生きていかねばならない。そうして地下生活に適したように変わった耳は、一種の種族的な誇りでもあった。
病の後、快癒のお祝いだとキノコを採りに行く道すがら、誰もが躓かない崩れた遺跡の一部、それに躓いたことを家族に見られた。
その時から、少年はこれまで通りの暮らしができなくなったことも、己を構築してきた何もかもが失われたことをゆっくりと実感することになる。
数日後、厳しい顔をした両親から無理矢理連れられ、少年は夕闇迫る黒衣の森に放り出された。引きずられるようにされた膝が痛いと泣いても、何が悪いのか分からないままにごめんなさいと喚いても、結局一言も両親は口を聞かなかった。それでも仮に殺すつもりなら、もっとやり方はあったはずだ。今から思えば、多少の慈悲はあったのだろう。
ただ、その時は分からなかった。何も説明されずとも、己が捨てられたことがゆっくりと身に染みこんできて、夜闇が迫り冷たい風の吹き付ける黒衣の森は全く知らない場所で、少年は泣いた。戻ろうにも入り口の穴には石が置かれ結界が張られ、あの暖かく湿った地下ふるさとにはもう戻れないのだと、そのことを受け入れるのに必死だったから。
――運命の悪戯か、いくつかの不運といくつかの幸運により、その後少年は非合法な奴隷商に捕まる。見たこともなかった海を渡り、国外に輸出される荷物扱いにされていたところ、奴隷商が税関に渡す書類に不備があり、最終的に規定外荷物として差し押さえられた。
そうして海都の税関預かり兼小間使いとなった後知ったのは、己の運命を変えた熱病は、都市であればすぐに治る類の病だということ。
シェーダーの誇りを優先したからこそ、少年の耳はおかしくなってしまったということだった。
だから理不尽は嫌いだったし、癒やし手になったはずだったんだけれど」
 英雄は自嘲しつつも刀を抜いた。
戦場を駆け抜けて誰よりも敵を殺し、国を救うために。