和綺
2023-10-20 17:37:21
1391文字
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嘘じゃないよ、という嘘(をつくのだ結局)(五歌) ※R15


どうと倒れこんできた体の背中に触れたとき、いつもそこが汗でじっとりと、時にはぬるりと濡れていることに、不思議なような、感慨深いような気持ちを、歌姫は抱いていた。
耳元に埋まっている口から吐き出される呼気も荒くて、熱くて、そこから漏れている低いうめき声のようなため息のような声を聞きながら、自分の息を整えていくことにすっかり慣れてしまった。そのまま眠ってしまうことも多々あって、体力の違いはいかんともしがたいと、いまだに悔しさを感じている。
それでも時折、大きな体を抱きしめたまま、荒い息をぼんやりと聞いて、汗だくの体を宥めていられるときがあって、そのどの機会でも中に入ったままであるそれが、硬く芯を持ち続けていることを知っている。
疲れてはいる。いまだに呼吸は整わないし、なんだか唇はじんじんするし、喉はひきつれたような痛みを訴えているし、腰から下はもう一切動かしたくないくらいに重くて怠い。
でも、厚い胸に圧迫されている自分の胸はやわやわと蕩けたままだし、ぎゅっと抱きしめられる体温は心地いい。ぐったりと脱力していた足に少し力を入れて、太い腰に巻き付けると、きゅうと明快な快感が走った。
「ん?」
耳元で声がした。明るく幼い陽気な声音だ。
抱きしめていた手を緩めて、少し顔を傾けると、蒼い瞳とぶつかった。それ自体が発光しているかのような眩しさに、目がちかちかする。歌姫は呪術師であるから、当然そこに渦巻く強大な力の奔流を見ることができる。こんなものを顔面にはめ込んで、脳と直結させて、よく生きていられるな、と感心しきりである。言わないけど。
その目が撓む。嬉しそうに、いたずらっぽく、楽しそうに、細められる。それに反比例するかのように、歌姫自身の眉間と鼻に皺が寄るのがわかる。
「足りなかった?」
耳に吐息ともに吹き込まれた上機嫌の高めに設定された声に、歌姫は首をすくめた。呆れてしまう。
「なら、このまま」
「あんたさぁ」
うきうきと身を起こした重量級の体躯を引き留める。
「ん?」
再度小首をかしげる図体の大きな、無垢を気取った大人のような子どもに教えてやる。
「いいのよ。もっと、あんたの好きにして」
そう言うと、今度はあちらが、五条が呆れたような顔をする。おいなんだよ。
「歌姫さぁ、わかってる? 僕が本気出したらこんなもんじゃ済まないよ?」
「だからいいって」
「弱いんだから無茶言わないの」
「そうじゃなくて、別にそうなっても見捨てたりしないわよ」
ぴたりと五条が動きを止めた。やっぱりかよ。
「嫌ったりしない」
重ねて、子どもに言い聞かせるように頬を撫でてやると、ぐっと顔の中心に皺が寄る。渋面だ。かと思えば、ぐうと急に重量が増した。五条の圧迫に、ぐえ、と声が漏れる。
歌姫のくせに。むかつく。なんだよ。せっかく。
ぶつぶつと耳元で不機嫌な子どもの声がする。白い髪を、大きな頭を撫でる。さりさりとした後頭部の感触が好きだと伝えたことはあっただろうか。伝える意味はきっとあると、歌姫は信じている。
「忘れてるかもしれないけど、私、あんたが好きなのよ」
耳元で鳴り続けていた呪詞のようなそれが止まる。その代わりに、忘れてないよ、と優しくなった声がする。知ってるよ、と続く。ほんとかよ、と胸中で毒づく。
だったらちゃんと喜びなさいよ、とはもうずっと言いそびれている。