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和綺
2023-07-14 17:22:43
3092文字
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寂しがり屋の子ども(五歌)
五歌、真ん中バースデーおめでと~~!(内容は全然お祝いしてません)/昔以上今未満
庵歌姫の恋人が死んだ。
らしい。恋人だということも死んだということも、すべて伝聞で、五条悟はその存在を認識していない。むべなるかな、呪術師が死ぬなどそれはもうよくあることで、今日がお前で明日が私などということも十分にあり得る。だから悲しむなと言わないが、悲しくないとは言わないが、一時の感傷の後には日常に埋没してしまうようなものなのだ。
普通は。
五条悟の知る庵歌姫なる人物はそれはもう普通の範疇には収まらない人で、喪失に嘆き、理不尽に憤り、およそ隠さず、この呪術界の宝に常に噴煙を上げているような、本当に変でおかしな人間なのだ。
だから。
これまで何人もの魂を見送ってきただだっ広い、古い、木造の、遺体安置所兼葬儀会場兼火葬待機所のこの部屋で、ただひとりぼんやりと佇んでいるだなんて芸当も驚きに値しないのである。
「来てたの」
五体満足の遺体が入っているかも怪しい棺の前で、歌姫は振り返りもせず、そう言った。ここは京都だ。五条が拠点を置く東京からは、ひどく遠い場所にある。
「うん、たまたま」
あっそ、という声はすげなく、日常に埋没する彼女の声だ。
「飲んでんの」
細い背中からだらりと生えた手には、透明な液体に満たされたグラスが握られている。
「献杯よ献杯」
「アル中も程々にしなよ」
「るさいわね。献杯だっつってんでしょーが」
「あーやだやだ飲兵衛はすぐお酒飲む理由作るんだから」
「ほっとけっつーの!」
ぐい、とグラスを煽った歌姫は、それを握った手を畳んだ片腕に乗せて、重心を後ろに預けた楽な姿勢を取った。
「それ中身入ってんの?」
「言い方っ!
…………
入ってるわよ、全部、きれいに」
ふぅんと五条は両手を頭後ろで組んだ。ふぅん、よかったね。かつんと足音を鳴らして、歌姫の横に並ぶ。成人男性がまるまるすっぽり収まる真っ白な箱の足元に、ふたりで並ぶ。
「どんなやつ」
「
……
窓の子でね、結構優秀だったの。連絡もスムーズだし、パソコンが得意で、補助監のフォローも」
「そういうんじゃなくて」
歌姫を遮りながら、五条はアイマスクを片目分めくる。途端に世界の密度が上がり、目玉目掛けて圧が掛かる。ぱちぱちと瞬いて、緩く循環する歌姫の呪力だけを追った。
「
……
優しい子よ。笑うとかわいくてね。ついよしよししたくなっちゃって」
「僕みたいに?」
「似ても似つかねーわ」
優しく慈しむ声音から一点、酒に焼けたしゃがれ声を上げた歌姫は、首元の髪をはね上げ、は、と息をついた。
「お酒が弱くて、グラスビール二杯で顔真っ赤にしちゃうの。もう介抱専門になります、だなんてよく言ってたわ」
「ああ、まだやらかしてるもんね、歌姫」
「うっせ」
「僕、聞いてないけど」
「?」
今日初めて合った目のふちは赤く、まぁでも頬も鼻先も、うなじも同じ色だ。眼球をしまう。
「泣いてる?」
「泣いてない」
「聞いてなかったけど」
いくつもあるお決まりの問答のうちのひとつから話を戻して、指で棺を示す。
「あんたにいちいち窓の人材の報告なんてある訳ないじゃない」
「そっちじゃない」
「えぇ
……
?」
「硝子には話してたくせに」
む、と唇を尖らせると、ようやく歌姫にも通じたようだ。
「ああ
……
だって硝子だもの」
肩を竦めながら、軽くあしらわれた。
「ひどいっ! あたしだけ仲間外れにするのねっ! あたしだって恋バナしたいのにっ!」
「きっも。あんたの爛れた下ネタ話なんて興味ねーんだわ」
「えー、僕、プレイは基本ノーマルだよ」
「だからっ! 聞いてないっつーの!」
ったく、と呆れながら、歌姫はグラスの中身をぐびぐびと水みたいに飲み干した。アルコールを知らない五条にも、そんな飲み方をする代物でないことくらいはわかるが、別にどうでもいい。
「僕なら死なないよ」
「
……
」
ひどく醒めた目が五条を見る。
歌姫は呪術師だけど、そのあり方はなんだかいわゆる普通よりで、だからまだ現世に近いような、至極まっとうな人間から、懐かれる。とっかえひっかえじゃないけれど、この年頃相応にそれなりに恋人という存在を保持している。別離がこちらよりなだけで。
「あんただって死ぬでしょ、そのうち」
五条は笑った。そんな、この僕を、そんな普通みたいに。
でも、そうだ。
「それまでの期間が長い方がお得じゃない?」
「あんたと一緒にいることのストレスの方が膨大すぎてペイできない」
んふふ、と五条はまた笑う。
「歌姫の方が早死にしちゃう?」
「あんたと四六時中一緒になんかいたら、二日ともたないわね」
「あ、歌姫は結構ずっと一緒にいたいタイプ?」
「
……
今、そういう話はしてない」
「照れないでよぉ。そっか~ずっといちゃいちゃラブラブしてたいんだね~」
「そんなことは! 言ってない!!」
「しっ! 静かに! もう歌姫ってば、厳粛な場だよ~?」
「くそっ、あんたに言われるだなんて、屈辱だわっ!」
またグラスを呷ろうとして、空だということに気づいた歌姫は、グラスを強く握りしめて震えている。うーん、おもしろい。
「いちゃいちゃラブラブしたの?」
「
…………
教えない」
「あ、したんだね! ねーねー、そういうとき、弱弱ラブラブ姫はどうなっちゃうの~?」
「うっせー! あんた何しに来たのよ!」
用がないなら帰れ! とびしっと示された開け放たれたままの扉を一度見てから、五条は視線を戻した。
「ねー、歌姫ー」
「いや話聞きなさいよ
……
」
呆れた顔をした歌姫は、もう相手はしないという意思表示なのか、また棺へと向き直ってしまった。
「僕なら死なないよ」
「
……
」
それまで浮かんでいた「歌姫」が消えた剣呑な眼差しを受けながら、五条は微笑んで首を傾げる。はぁーーと特大のため息が聞こえた。あ、今幸せが一個逃げた。
「五条」
「ん?」
「慣れなくたっていいのよ」
「
……
なにが?」
「私だって慣れないもの」
「それは歌姫が弱いからじゃん」
応えると、歌姫は、ふ、と小さく噴き出した。
「なに」
「いや、あんた、わかってんじゃないって思って
……
」
ふ、ふふふとそのまま笑い続ける珍しい姿を、五条はただ見つめた。くくくと口元を押さえて、閉じるようにした片目に涙が浮かんでいる。
「笑いすぎじゃない? そんなに笑うとこ?」
「あんたさぁ、ふっふふふ、もうちょっと素直になっても罰当たらないわよ?」
「僕はいつも素直でしょー」
はいはい、とまた軽くいなすと、歌姫は五条の顔を見もせずに、その上体を倒した。成人男性がまるまるすっぽり収まる、けれど五条には恐らく足りない白い箱に頬を寄せる。黒髪が流れて、顔の傷がくっきりと光に浮かぶ。閉じた目を象るまつ毛もまた黒くて、それは震えてなんかいなかった。
「明日は、私がここにいるかも」
「
……
」
「もしかしたら今日だったかもね」
歌姫は五条のことを、割とマジで嫌いと言って憚らないけれど、五条はそんなことはあり得ないと知っている。この人が、そんなことできるわけがないことを、五条だけじゃなくて、きっと皆知っている。
そして、五条も、歌姫のこんなところは割とマジで嫌いだわ、と思っている。そんなことできるはずもないけれど。あのときに五条が受け取ったたくさんの言葉や感情、灯る熱と声は、どうしたって何ひとつ覆せないのだ。
待っててね、とその頬が優しく棺にすり寄る。同じところになんて行けやしないのに。
「俺と、硝子がいるのに」
せっかく素直になったって、あはは、と大きな笑い声で軽くいなされて、終わりなのだ。
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