1.「ラスボスの叶わぬ願い」について
鏡花水月とはそもそも、「鏡に写った美しい花と水に写った美しい月は手に取ることができない」という意味であり、またMiiverse中でディレクターは「敵の叶わぬ願いを感じつつ聴きました」と言っている。(「カービィWiki:狂花水月」の頁より引用)
英語の熟語にも「Cry for the moon」というのが「ないものねだり」の意味であることから、トリデラにおける月とは「叶わぬ夢」を表していると考えられる。そして、月=狂気のシンボルから、その「叶わぬ夢」とは狂気を引き起こすものであるとできる。そして、「鏡花水月」の意味を考えた場合、その「叶わぬ夢」はおそらく鏡に写っている。これはディメンションミラーのことである。カービィ世界には月が幾つかあることがディレクターからかつて明かされた(「カービィWiki:ポップスター」の頁より引用)が、クイン・セクトニア戦の背景に浮かぶ月がかけた月ではなく満月であるのは、おそらく円いディメンションミラーと対応させるためであろう。更に加えるならば、月とは自身で輝いておらず、太陽の光を「反射」することにより輝く存在であるので、これも鏡と呼応させると非常に意味深長に見えてくる。月も鏡も輝くけれども両方共「反射」の光である。
これらを合わせて考えると、「セクトニアは美しい月を求めた(ないものねだりをした)が、それは虚像/鏡像であり、実は存在しないもの(月は本当は輝いていない)だった」と解釈できるのではないだろうか。すなわち、持っていないものどころか叶うはずの無い願いを渇望していたセクトニア、ということになる。
鏡=狂気=月という仮説に立つと、「映しだされた願いが叶う神聖な鏡」という話が怪しいという可能性が浮上する。鏡に映る像は虚像であるからだ。ディメンションミラーとは叶ったような虚像を写しだし、しかしそれが手に取れないような代物なのかもしれない。つまり、もともとディメンションミラーは欠陥品だったのかもしれない。