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Ykanokawa
2024-01-11 23:10:57
5802文字
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クリテメ
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【オクトラⅡクリテメ】(イントロのみ修作)至る、祈りの果て
イントロのみの修作です。正史といえば正史なんだけどイントロ時点だとあまり関係のない何か。書き進めたら関係あるようになっていくはず。NPC大捏造ご注意。
この祈りが、君を不幸にすることはないと願って。
――
空が、青い。
青い。青い空を眺めていた。
上空は風が強いのだろうか。揺蕩う雲が潮風にゆっくりと流されていく。薄雲に隠れた太陽が、それでも強い日差しを放っていて、ああ、あの雲が退いてしまったら眩しいのだろうなぁ、なんて他人事のように思う。
この町には暖かい海が暖かい風を連れてくるのだという。
一年のほとんどは青い空で、たまに雨が降る。雪は降らない。
雨が降るときはいつもと違う雲が出る。空気がじっとりと湿る。早く帰らなきゃ。大体、そう思った途端にざあざあと降る雨粒に襲われる。雨は好きじゃない。降られると服が肌に張り付いて気持ち悪いし、濡れた髪のままでいると母親が怒る。あんたは癖毛なんだからちゃんとしなさい。そう言って濡れた犬を拭うかのようにがしがしと大きいタオルでもみくちゃにされるのだ。
空の片隅をうみねこが横切った。うみねこって本当に猫だ。近所の野良猫と鳴き声が一緒なんだもの。
踊るように回旋したうみねこが空の上に横たわる黒々とした巨影を目指して飛んでいく。空を覆ってしまいそうなほど大きく、いくら手を伸ばしても届かないくらいに遠い。直線と曲線が組み合わさって出来ている。巨大な鉄の塊。
あれは、巨大な橋なのだそうだ。
ここからは見えないけれど、あの黒い大きな影の上では大勢の人が働いているらしい。橋を伸ばして、その上に蒸気機関車の線路を引くために。少しずつ、少しずつ。
大海の遥か向こう、いくつもの島とひとつの大きな大陸へむけて。やがて世界をひとつに繋げるものなのだと、学校の教師が言っていた。
生まれる前からあったもので、もう見馴れてしまった青い空の巨影。もし、青い海の底から鯨を見上げたら、こんな風に見えるのかもしれない。
――
見たことないけど。
手を翳す。陽の光に透けて、手のひらを通う生きている証が見える。その向こうに青い空に浮かぶ鯨がいる。雲が流れて、太陽が顔を出して、眩しさに目を細めて。
「こぉら、クリック!!」
「うわっ!」
がらんごとん、とけたたましい音が鳴った。身体が傾いで視界がぐるりと回転する。
砂地の地面に転げたと同時に真上から拳骨が落ちてきて悶絶した。
【至る、祈りの果て】
「またやったのか、クリック」
几帳面で生真面な幼馴染が聞こえよがしな溜め息をひとつ吐く。
「もう怒られたんだからいいじゃないか、オルト」
彼の眉間に皺が寄った。まだ十を出たばかりだというのに、彼の眉間に痕が刻まれるのではないか今から不安を憶える。が、口には出さない。拳骨を喰らってじんじん痛む頭をさらに叩かれるのは御免だ。
怒られるのは大人たちからだけで十分だというのに。それでもしかめっ面をした親友はそういう問題じゃない、と言い募る。
「親父さんたちの邪魔をするんじゃない。もう何度目だ」
「邪魔をしてるつもりはないんだけど」
「結果的に邪魔になってるんだから同じことだ」
「うっ
……
」
そこを突かれると痛い。そもそもオルトはクリックよりも余程、勉強熱心で弁が立つ。口喧嘩で勝てた試しは一度もない。
それでも生まれ持った負けん気は納得してくれず、何かを言い返そうとしたときだ。クリックとオルトの間に影が差した。
「なんだ、2人ともまた喧嘩か?」
「ロイ兄さん!」
目一杯、首を傾けて上を見上げる。逆光に見えた顔を確認して、クリックは弾かれたように跳びついた。ぼふり、と彼が纏う法衣の腰元に抱き着くと、くしゃくしゃと髪を掻き撫ぜられる。背後でまたオルトが溜め息を吐くのがわかった。
ロイさんはクリックに甘すぎる。まあまあ。そんな会話が見えないところで交わされる。
兄、と呼んでいるがロイはクリックの実兄ではない。町の教会で勤めている8歳年上の神官だ。本人曰く、教会内ではそこそこ偉いという話だが、この町で気にしている子どもはいない。町の子どもにとっては両親の次に自分を甘やかしてくれる兄貴分で、いつでも遊びに付き合ってくれる唯一の大人だ。鬼ごっことボール遊びが得意だが、ピアノと紙芝居は下手。ピアノは同じ曲しか弾けなくて、紙芝居を読むと全部の登場人物が同じ声量になる。クリックとしては、それはそれで面白いと思うのだが、女子にはやや不評だった。
ひとしきりクリックの頭を撫でたロイは、わずかに身を離して屈み込む。長身のロイとクリックの目線の高さが同じになって、目元を和ませた鳶色の瞳と目が合った。
「聞いたぞ、クリック。また船に運ぶ積み荷の中に忍び込もうとしてたんだって?」
「うぅ
……
」
表情は柔らかなまま、有無を言わせない口調で問いかけられた。気さくで滅多に怒るということをしない人だが、叱るべきところはしっかり叱る人だった。それは大抵、クリックたちが子ども特有の好奇心をもって危ないことや物騒なことに関わったときだ。
「今の船は橋の建設現場に運ぶ鉄鋼やら道具やらを運んでいるんだ。巻き込まれたら子どものお前なんてぺちゃんこだぞ。それで怪我をして泣くのはお前の親父さんやおふくろさんだ。わかってるか?」
「わ、わかってるよ」
「わかってないから何回も繰り返す、としか思えないけど?」
ぐうの音も出なくなってとうとうクリックは下を向いた。きつく唇を結んで黙り込む。
無言でクリックを見下ろしていたロイが大きく肩を上下させて息を吐いた。
「商船を持ってるのはお前の家なんだから、大人になれば嫌でも乗せられるようになるだろう?」
「
……
うん。それは、そう、なんだけど」
ロイの忠告はいよいよもって正論になってきた。町の港に停泊しているのはクリックの家が持つ商船で、父はその船で商売をし、母は船が運ぶ交易品を町に卸す仕事に従事していた。
クリックはそんな両親の働く姿が好きだった。海も、空も、船も好きで、もっと小さな頃は仕事がない停泊中の船に乗せてくれとせがんでいた。成長した今も嫌いになんてならなかった。それどころかますます船への、否、外の世界への憧れは強まって、今日のように積荷に忍び込んでは叱られている。
わかっている。子どものそんな行為を父が許すわけにはいかないのだと。なんとなくだが、理解はしている。もうほんの少し待つだけで、父はクリックを船に乗せてくれるだろうことも。それがクリックの将来になるだろうことも。
「だったら、なんだって今からそんなに船に乗りたがるんだ?」
ぱちり、と瞬きをする。瞼の裏に、ちらちらと空から降り注ぐ白いものが見える。知らない景色だ。知らないものが空から降っていて、知らない冷たい風が吹いている。知らない。知らないはずなのに。
「
……
雪」
「雪?」
「雪を、見てみたいんだ」
胸の、心臓のあたりをきつく描き抱く。全部ではない。全部ではないけれど、嘘ではない言葉を並べてみる。
「向こうの大陸では、雪が降るんだよね? 空から白い氷が降ってくるんだって、父さんが言ってた。僕も見てみたいんだ」
「だからって」
「オルト」
再び眉を吊り上げるオルトをロイが制す。しばらくクリックの目を覗き込むように見ていたロイは、ややあってから仕方ないな、と呆れたように笑った。
「夢を持つのはいいことだけどな。もうこれ以上、親に心配かけるのはやめとけ。焦らなくてもちゃんと叶うさ」
「
……
うん。ごめんなさい」
けしてクリックを否定することなく諭すロイに、今度こそ白旗を挙げざるを得なかった。クリックとて、オルトやロイが言っていることが正しいことは知っているのだ。
偉いぞ、と一言が降って来てまた髪を撫でられる。声を出さずに頷き叱責を受け入れたことを伝える。
「夢も探求心もいいけどな。あんまりやんちゃをし過ぎると“灯台の魔女”に攫われちまうぞ」
「灯台の
……
魔女」
ロイの口から出た言葉にオルトが生真面目な顔をさらに硬くした。半歩だけ後退ったのをクリックは見逃さなかった。そしてロイも。にやりと口の端を吊り上げた彼は、両手を顔の横に持ち上げてわきわきと指を動かした。
「そうだぞ。悪い子がいると分かつ大海の真ん中の島から灯台の魔女が攫いに来て、二度と家族にも友人にも会わせてもらえない、ってな」
「た、ただの怪談話だろう。そんなの」
「お? オルトは怖くないのか。じゃあこの前、教会の談話室の菓子を全部食べてしまったのは
……
」
「か、関係ないだろう! 大体、あれは俺だけじゃなくて
……
クリック?」
面白がって迫るロイに及び腰になっていたオルトが静かなクリックに気がついた。その呼びかけにロイもこちらを振り返った。
クリックは。
クリックは、じっと考えていた。
――
“灯台の魔女”。
その一言は町の大人たちが子どもへ言って聞かせる怪談のひとつだった。“悪いことをすると分かつ大海から灯台の魔女がやってきて攫われる”。子どもに言うことを聞かせるための、至極、単純な方便だ。クリックだって本当に幼い頃は怖かった。悪戯をしてしまった日の夜に眠ることができず、次の日に両親に白状するなんてこともあった。
けれど、今は。
「ロイ兄さん」
「うん?」
「“灯台の魔女”って、本当に悪い人?」
ひたり、と動きを止めたロイが目を見張った。
「“灯台の魔女”は、海の真ん中でずうっと灯台を守ってくれてるんでしょ」
その灯台のある島は、昔、とある夫婦が管理していたらしい。雪荒ぶ島で2人きり。大海を旅する船乗りのために灯台の火を灯し続けていたのだとか。だが、人には当たり前に寿命がある。その夫婦もその島を去ることになってしまい、灯台を任せる後継者もいないまま、その後に航海に出る船乗りは難儀することになる。はずだった。
ところが、その夫婦が島を去った後もその島の灯台は明々と海を照らし続けているのだという。
夫婦が去った大昔から、今に至るまで。ずっと。
人ならざる者が住み着いているに違いない。あるいは亡霊か何かが灯台の火のように見えるのだ。などと囁かれるようになり、いつしかその灯台の島に近づく者さえいなくなったという。
そんな逸話があるからこそ、件の島はこの町でだってこんな怪談話に使われているのだ。
しかし、クリックは思う。
「“灯台の魔女”が海を照らすことをやめちゃったら、父さんたちだって困るんじゃないの」
その“灯台の魔女”が本当に悪い魔女で、皆に迷惑をかけたいのだとしたら、灯台の火なんてやめてしまえばいい。そうしたら、たぶん、クリックが想像するよりも大勢の人が困る。いくら空に鯨の橋が架かろうと、すぐに完成するものでもない。完成したとして、最初にあの上を走る蒸気機関車に乗るのは一握りの金持ちだろう。
船乗りの仕事がいきなり無くなるわけではない。
「もし、“灯台の魔女”が父さんたちを助けてくれてるんなら、僕は怖がるんじゃなくてお礼を言いたいな」
真剣な眼差しで見つめるクリックにロイは相好を崩した。にやけ面を収め、ばりばりと短い髪を掻き毟る。
「
……
子どもが大きくなるって早いなぁ」
「え?」
「いや、なんでもないよ。そうか。クリックには、もうこのお話は通じないかぁ」
そう言ってロイは嬉しそうな、どこか寂しそうな笑顔を浮かべる。何かしてしまっただろうか。だとしたら謝らなければ。口を開こうとしたクリックを遮ったのは当のロイの言葉だった。
「お礼を言いたいなら、手紙を書いてみたらいいんじゃないかな」
「
……
魔女の家にポストってあるのかな」
「ないだろう。誰も行かないのに」
「じゃあ、どうやって届けるのさ」
言い捨てるオルトにクリックは唇を尖らせてむくれた。言い出しっぺのロイが唸りながら両腕を組む。
「ボトルメール、なんてどうかな」
「ボトルメール?」
「空き瓶に手紙を入れて海に流すんだ。瓶はなんでもいい。あ、でも手紙を入れるんだからしっかり閉まるヤツじゃないと駄目かな」
「
……
そんなの、届くの?」
「届くわけがないだろう。ここは海が風を連れて来るんだ。普通に考えて海に放っても帰ってくる」
「うーん。クリックは夢に猛進する癖があるけどオルトは夢がないな
……
」
苦笑したロイが2人の頭を軽く叩く。確かに可能性はとても低いだろうけど。そう前置いてから、彼はふっと優しい顔で笑った。
「きっと夢のような話ではあるけれど。もしも、届いたとしたらそれはとても特別なことだと思うよ」
それは、まだ子どもであった頃の話。空の鯨の下で交わした、夢で終わったはずの物語だった。
吐き出した息が白く染まり、瞬きの合間に空へと溶けた。
上空は風が強いらしい。いつもと同じ灰色の雲がごうごうと流されていく。分厚い雲に隠れた太陽が、ここに日差しを授けることはほとんどない。あの雲が退いたとしたら、久しぶりに洗濯物を外に干せるのに、と切実に思う。
氷の浮かぶ海の上を冷たい風が吹き荒ぶ。
一年のほとんどが灰色の空で、ずっと雪が降っている。雨になる前に氷になるので雪しか降らない。
もう一度、吐いた息で凍った指先を温める。気休めにしかならないが、気休めになればそれでいい。
積もった雪の上に敷布を広げ、膝をつく。頭を垂れて瞼を閉じる。かじかむ両手を組んでそっと祝詞を紡ぐ。
この祈りが、君を不幸にすることはないと願って。
未だに信じることは苦手だから、代わりに願うことにして。
「
――
」
ただ、ひとつの祈りを口にする。
祈りを終え、背を伸ばす。敷布越しでも雪に触れていた膝が冷えていた。擦って申し訳程度に暖を取る。
雪に濡れた裾を払っていると、ふと、目の端に光るものが映った。
「?」
新雪を踏み、砂混じりの雪の海岸へと降りる。ここの海に打ち寄せる波はなく、海面には常に薄氷が張っている。見えた光はその薄氷の下にあるらしい。何か小さな漂流物のようだった。
普段だったなら、気にも留めなかっただろう。氷は当然冷たいし、その下の水だって触れたら凍えてしまうかもしれない。だというのに。らしくなく。何故だか。なんとはなしに。
手に取らなければならない。そのときは、そんな気がしてしまったのだ。
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