清華
2016-10-28 22:41:45
2184文字
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スピーチは話されない


何度となく友人や先輩などの結婚式には出席していたが、そういえば教え子の結婚式に出るのは初めてであった。暦の上では初夏だろうが生憎と今だ梅雨の終わりが見えない六月の東北、その中心部といえる仙台市内のホテルへ武田は向かう。結婚式会場としては定番の場所で、何度となく訪れたことがあるから今更地図を片手に、ということもない。
ロビーには同じように式に参加するだろう男女で溢れていた。自分よりもずっと年下の、煌びやかなドレスを身に纏った女性につい目が行くのは仕方がないだろう。彼女達はまさしく華であるのだ。思い思いに着飾った姿にみんな目を細めている。
しかし武田はそこへ視線を固定させず、きょろきょろと辺りを窺う。まさか冠婚葬祭の場にあの輝く金色――というには不自然でくすんではいたが――で現れることはないだろうし、そもそも年齢を考えればそろそろ落ち着かなければいけないだろう。だから武田は色ではなくて頭一つ飛び出しているのを目印として隅の方でぼんやりとしているのを見つけ、よくよく顔を確認しないままに声をかけた。
「烏養君、お久しぶりです」
「お、おお、先生、久しぶり」
ロビーは全面禁煙だからだろう、手持ち無沙汰に携帯電話をいじっていたようだ。しかし何もくわえていないのが珍しく思えてしまう。一番長く共にいたのは煙草の吸えぬ体育館だったというのに。けれどそれ以外の場でもあの頃はしょっちゅう顔を合わせていたのもまた事実だ。
「実際に会うのはいつ以来ですかね」
「そうだな。二年前に仙台市体育館で顔を合わせたのが最後か?」
その時は烏野の実績によってまたバレーボール部の顧問を任されていたのだが、指導者ではなく単なる顧問であったというのが理解され、さらに次の赴任先である現在の学校では別の部の顧問となっている。なので距離や時間の関係もあり烏養との連絡はもっぱら通信機器を介してだ。それも互いに多忙でかつマメな性格ではないので月に数度あればいいという頻度である。
本当はもっと烏養と交流し、やり取りの回数を増やしたい、あわよくばこうして直に会って話をしたい、と思うのは武田のエゴだ。
「烏養監督のご様子は」
「あー、別に悪くはなってねえけど、もう良くもならねえからなあ」
「そうですか」
「先生こそ、新しい学校はどうなんだ」
ぽつりぽつりと交わされるのは月に何度かの近況報告の延長のような他愛ない話題ばかりで、そんなすぐに移ろうような事象でもないから一体何をしているのだろうか、というもどかしさが募る。けれどだからといってもう一歩踏み込むには勇気が、度胸が足りない。何か打開するものは、と思うけれどそれも思いつかない。緊張か、あるいは別の要因か。
「そういえば見せてもらったスピーチだけどな」
ふと烏養が口に上らせたのは珍しくわざわざ烏養が直接電話をかけて強請った、今日の披露宴で武田が話す内容のことだ。自分よりも烏養の方に世話になったのではないか、と依頼された際にやんわりと断ろうとしたのだけど、先生の方が適任だから、と押し切られたのである。確かに職業柄他の人よりはお鉢が回ってくることが多いだろうが、ある程度の形式に則ればさほど難しくもない。それに決まり切った四角四面とした己の言葉よりももっとダイレクトな、届く言葉を使える烏養の方が余程向いているだろうに。何度となくベンチからコートへと向けられた言の葉たちを、武田は今でも忘れることが出来ないでいる。
「やっぱ先生ってすげえんだな」
「そんなことないですよ」
「もっとポエミーなんだろう、って思ってたのにさ」
笑い混じりのそれに微かに苦いものが混じっているように感じたのは果たして武田の気のせいだっただろうか。すぐに烏養はそれが誤認であったかのように思わせる、まさに結婚式という場に相応しい表情でにかり、と笑みを浮かべて言うのだ。
「こんなこと言われたらきっと泣いちまうだろうな」
……だったら烏養君の時はもっと張り切って書きますよ」
ああ、まるで自傷のような台詞ではないか。そんな時が来たらば涙を流すのはきっと自分だろうに。けれどその役割を他者がしたとしても、例えそれが昔馴染みでもっと親しい相手だろうと負の感情を抱くのだ。なんとままならない心だろう。それをずっと抱えている己も大概だろう。
そんな裏に潜められた感情を気付きもしない烏養はきょとんとした、まるでこの場にも年齢にも似合わぬ子供のような表情を浮かべて二度三度と瞬きをする。それでようやく武田が何を言っているのか理解したようで、今度は一変してはっきりと苦々しい顔をして「その時が来たらな」と口にした。
「まあまずその結婚相手がいないけど」
「僕だって未だ独り身ですよ」
そしてそれは恐らく一生続くのだ。土日も部活指導で忙しいから、県内を転々とする職だから、そうやっていくつも理由をつけて見合いや知人からの紹介を断り続け、ずっとたった一つの朽ちることのない恋情を抱えて果てることを、もうずっと覚悟している。
段々と招待客が増えてきたロビーの中央はきらきらと輝いている。もしかするとこの場で新たな出会いが生まれ、そうして生涯を誓い合うパートナーを見つける人もいるかもしれない。前途ある若者達に馴染まない己はただただ隅の方で目を細めてその様を見守るのだった。


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