清華
2016-09-11 19:23:25
1465文字
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ワールドエンド

うかたけワンドロ第93回「明日世界が終わるとしたら」

思春期というのは心と体がアンバランスな時期であり、些細なことで傷つき、不安になる年頃だ。その柔い心のケアもまた教師の仕事の一つであり、大事な任務なのだ。
「先生、もし明日世界が終わるとしたら……
最近保健室で休みがちな女子生徒がおり、気になって顔を出してみたら泣かれてしまった。しかしそれはよくよく話を聞けば周囲や未来に対する漠然とした不安があり、自分は一人で誰も気に留めない、路傍の石ではないかと思い始めたが故の安堵の涙だという。確かに保健室の常連になってしまえば手続きなどはわかっているものとして当初よりも簡素な対応になってしまうのは仕方がないだろう。だがそれではきっといけなかったのだ。
「そうだねえ、本当はみんなに会いたいけれど流石に時間が足りないから、授業をした後に大切な人のところに逢いに行くかなあ」
「先生のおとうさんとかおかあさんとか?」
……きっとそうだね」
その時浮かんだのは別の顔だったけれど、恋人の存在をかぎつけられたらたまったものではないので曖昧に頷いておく。そこから話は発展し、己の両親がどのようなひととなりであったか話していくうちに彼女の家庭環境が少々放っておけないものであることが察せられた。しかし一介の教師が介入できる問題ではないので、出来ることといえば進学あるいは就職を機に親元を離れてみてはどうかという通り一遍なアドバイスだけである。しかしそれだけでも彼女は随分と落ち着いたようであった。
「先生、今日はまだここにいていいかな」
「構わないよ。おやすみ」
……おやすみなさい、って久々に言ったな」
そしてそのまますぅっ、と眠りについたのでそっと安堵の息を吐く。この年頃の子には似つかわしくない隈が痛々しくて仕方がなかったのだ。
「すみませんが、あとはよろしくおねがいします」
「こっちこそ手が回らなくてすみません。でも武田先生のおかげで助かりました」
四十がらみの養護教諭はそう言いながらも顔をこちらへと向けることなく謝辞を告げる。彼女もまた特定の一人の生徒と相対する暇がなく、ゆっくりと話を聞いてやれなくて、とヘルプを出されたのが早朝のことだ。全く以てこの年頃の子というのは厄介であり、そして愛おしい。
「そういえばもし明日世界が終わるとしたら、と聞かれましたよ」
「これいくらいの歳の子がよく考えることですね」
私は旦那と子供と過ごすかしら、とにこやかに言い切るのにはいっそ力強いともいえる潔さがあった。その後武田先生にはいい人はいないの、と訊ねられたのには辟易としてしまったが、再度曖昧な返答を残して職員室へと戻る。彼女の担任へも報告をしないといけないのだ。
「明日もし世界が終わるとしたら」
その時はきっと何でもないような顔をしていつものように学校へ来て、そして帰りに坂ノ下へ寄って彼の家で晩ご飯をごちそうになって最後の時間まで杯を交わしているだろう。穏やかで満ち足りた幸せな日常の延長で生を終えたい。なんと贅沢なことだろうか。けれどきっと向かった先の教室の席は歯抜けで、最期に会えない生徒も多いだろう。それでもいい、と武田は心底思うのだ。
さて、同じ問いを最期を一緒に過ごしたいと思う相手はどう答えるのだろうか。いくつか候補はあがるけれど、確実に一つだけ彼が口にするプランが予想できる。
「思いっきりバレーしてえなあ」
その時はまだまだ未熟だけれども審判、無理ならば線審くらいは務めよう。くすり、と笑みを漏らしてから表情を引き締めた武田は職員室へと報告に向かうのだった。


清華
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