夏は夜、と己らが鍛刀される前から言われているが、なるほど蛍の舞う庭先に納得してしまう。その虫と同じ名を持つ大太刀は同じくらいの背丈の短刀たちとその光を追いかけ回しては保護者の同派の刀に窘められている。
「綺麗だね」
その光景を肴にきりりと冷えた冷酒を口にしていると、どこからともなくつまみを数種乗せた盆を持った燭台切が現れた。どこから、だなんて決まりきっている。自分が共に飲まないか、と誘ったのだ。酒に弱く、また料理の好きな伊達者は必ず何か厨で作って持ってくると踏んでいた。茹でた枝豆、夏野菜を西洋風に漬けたもの、胡瓜を梅肉で和えたもの、干して燻した肉などと多種多様なそれに思わず頬が緩む。これならば冷酒でなく麦酒にすればよかったか、と頭をよぎったが、そこは抜かりない厨の主が庭にある井戸へと近づき、昼間は西瓜の入っていた盥から缶を二つ持ってきた。
「用意がいいな」
「主が夏はこれが一番だ、と言っていたからさ」
三十をいくつか越えた主は日本号や次郎太刀と飲みあかせる程の酒豪である。また酒に対する目利きも優れており、歌仙ですら敵わないと賞賛した、あるいは呆れ果てたようなお人なのだ。その主が勧めるからには間違いないだろう、と蓋を開け、乾杯、と燭台切の缶へと当てた。かん、という涼やかな音と喉元を通り過ぎていくすっきりとした苦味は、なるほど、確かに暑い季節にもってこいな風味だ。
「どうだい、長谷部君」
その問いには答えずに手を合わせてから箸を手に取り、まずは漬物を一口。酢の爽やかな酸味がこれまたさっぱりとして今時分の気候にぴったりである。口の中のものをすべて咀嚼してから「美味い」とだけ告げれば、少し頬を赤らめた燭台切がありがとう、と嬉しそうに微笑んだ。
「せっかく長谷部君と二人で飲めるなら、とチャレンジしてみたんだ」
「そういえば食べたことがないな」
夜戦や長期遠征を除けば自分の方が顕現されるのは遅かったので彼が作った食事を逃したことはない。他の本丸では歌仙も厨仕事に就くことが多いらしいが、この本丸では最初に顕現したが為に主の仕事の補佐としてその辣腕を振るっており、そこまで手が回らないというのが実情である。なので交代で手伝いに入るものの、献立と指揮は全て燭台切の采配なのだ。
わざわざ新しい料理に挑戦したのは単なる練習台なのかそれとも俺のためなのかはわからない。他人に上手くいくかわからないものを食べさせるような性格の悪さは持ち合わせていないはずだが、かといって素直に自惚れられる程の自信も持ち合わせていない。何にせよ誰も食べたことのない燭台切の新しい料理を食べられたことは僥倖であろう。
「でもどうして僕と二人で飲もうと?」
確かにただ飲むだけならばちびちびと、それこそ舐めるように酒を飲む燭台切よりももっと適任者がいる。戦略や戦術のことを話すにも打刀と太刀とでは出陣する主たる時代や戦場が異なる。第一、将は主であり、己ら刀剣男士はその手足となって戦うだけなのだ。
「さあな。たまにはいいだろう」
「……まさかおつまみ目当てということは?」
「ははっ、それでもいいかもな」
そうではない、と暗に否定しながらも俺は本当の理由を告げることはないだろう。
『春はあけぼの、っていうが春眠暁を覚えず、俺は寝ていたい。冬もそうだ。秋の夕暮れはどこか物悲しいし、やっぱり夏だな』
いつかの折に主がそうおっしゃっていたのだ。刀であった頃を含めれば主はいっとう歳下であるけれど、人として、感情を持って生きている年数は誰よりも長い。そんな方が一番だという風景を、どうしても彼と二人きりで見てみたかったのだ。その根源が何であるかは薄々と感づいている。人はいつだって大切なものと共に美しいものを見たいと思うのだから。
「でも綺麗だね」
「そうだな」
暗闇の中、蛍の灯火が照らし出す彼の姿が何よりも美しいと感じる。それが全てであった。
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.