清華
2016-06-17 22:46:23
1979文字
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遠いブライド

うか→たけ

六月の花嫁は幸せになれるというが、それ諸外国での話であり、本来ならば梅雨時期の日本には似つかわしくない習慣だ。けれどそれでも幸せになりたいからジューンブライドに憧れる女性は多く、烏養も毎年この季節は何度となく結婚式の招待状が送られてくる。ここ数年はインターハイ予選があり、バレー部の指導も土日は外せない為に欠席の返事ばかりであったが、先日届いた返信はがきには迷うことなく出席に丸をつけ、ついで共通の知り合いとでもいうべき相手ヘ連絡をするのだった。
「もしもし」
「珍しいですね、君から電話をしてくるだなんて」
「いやだって先生のところにも届いただろ?」
「ええ、届きましたとも」
新郎新婦の片方に書かれていたのは烏養が初めてコーチとして指導をした、そして全国へと羽ばたいた子烏のうちの一人の名だ。もうそれだけ年月が経ったのか、としみじみと感じ入ってしまうが、わざわざ当時顧問だった人へ電話をかけたのは何も思い出話をする為ではない。
「なあ、先生、出席はするか?」
「勿論ですよ。大事な教え子のお式ですし、スピーチも頼まれていますからね」
緊張で飲み込んだ唾の音が聞こえないように留意しながら問うた内容に武田はあっさりと返答してくれた。確かに恩師というべき人であるからスピーチを頼むのは妥当であろう。烏養という選択肢がなかったわけではないだろうが、国語の教師である彼のほうがまごうことなき適任であり、それにも少しだけ安堵してしまった。
「それにしても僕達より先に結婚すらだなんて」
「そ、そうだな……
「烏養君はお見合い話の一つや二つあったでしょうに」
見合い話があったのは事実であるが、どれも多忙を口実に断っているのは武田には知らせなくていいことである。しかし己はあまり嘘が得意でないことを、例え電話越しであろうとも看過されるだろうことを知っている烏養はただ曖昧な乾いた笑みを漏らすに留めた。それでも恐らく一つも受けなかったその理由を、この人はずっと知らないままだろう。
「そういう先生こそどうなんだよ」
「僕はもっと駄目ですよ。県内のどこに辞令が出るかわからない、転勤族のようなものですから 」
夫婦共働きがおかしくない昨今、安定した職を手放してまでついてくるような女性は滅多にいないだろう。烏養の周囲の女性たちもやはりサラリーマンなり自営なりどこかに定住している男を結婚の条件としてあげ、そういった相手と結婚していた。いわく何かあった時の保険は必要だとのことであるが、愛だけではやっていけないというのはなんとも世知辛いというべきか。願わくばこの招待状の未来の夫婦にはなんの憂いもなく幸せに暮らしてほしい。己の分も、と付け加えたくなるのは間違いなくエゴである。
「大丈夫ですよ、きっと烏養君にはいい人が現れますよ」
それはきっとない。否、もう現れてしまったのだ。だからこそ烏養はこの先ずっと一人で過ごすだろうし、こんなちっぽけな感傷をまるで宝物のように時折外に出しては愛でて生きるしかない。どうしてそうなった、という後悔は嫌われても構わないという覚悟のなかった不甲斐ない己を責めるだけだ。
「先生、あのさ……
「はい?」
何も知らない人はまるで何色にも染まっていない、そう花嫁の衣装の色を思い起こさせる。そんなことはないと理解していながらも時折それを蹂躙してでも手に入れればよかったという凶暴な欲が擡げることもあった。そんなことは出来ぬくせに、と意気地のない己を嘲笑いながら、烏養は些細な願いを口にする。
「そのスピーチ出来たら先に教えてくれよ」
「何でですか?」
台詞だけ耳にすればノーにも捉えられるだろうが、笑い混じりのそれは純粋に疑問に思っているだけというのが伝わってくる。どうかこの嘘ばかりは露呈しませんように、と祈りつつ上っ面だけの理由を告げるのだ。
「先生がどんなポエミーなこと言うか気になるじゃねえか」
「いいですよ。準備が出来たらメールしますね」
「待ってるぞ」
キリがいいのでそこで通話は終了となった。液晶に表示された時間は体感よりもずっと短い。嘆息を一つ吐き出して、烏養は無意識に煙草を口にくわえて火をつける。ずっと変わらない銘柄のそれは容易くあの頃の記憶を呼び起こさせた。
烏養が一番幸せだった、ずっと続くと信じていた時期を、武田はどのように感じていたのだろうか。全く下準備なしにそれを耳にしてしまったらみっともなく涙してしまいそうであるから、そうならない為には誰もいないところで先に読むしかない。あっさりと引き受けてくれたのは助かったけれど、それは安易に第三者に見せても構わないというのと同意でもある。
六月の花嫁は幸せになれるというが、烏養はもうずっとその幸福とは遠いところから見守ることしか出来なくなってしまっていた。


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