狛乃
2018-09-09 04:18:17
3249文字
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ホームタウン 4/4

またよその子少しお借りしてます。


「長い独り言だ」
2年前、アトロが家を出ると決めた時否、決めかねていた時、シルヴォはいくつか「独り言」をこぼした。最初は知識欲への称賛、それから叱咤に、愚痴めいたこと。そうして最後に、「これはお前に向けて言おう」と。ようやくその白く霞んだ黄色い眼をこちらに向ける。

「止まり木は、お前自身が決めなさい」





目が覚めたのは昼下がり。外から賑やかなよく聞き慣れた声たちが聞こえる。身支度を整え、玄関のドアを開けると、声が一層大きくなる。と、いうより気づかれた。

「あー!アトロ兄だ!」
「ほんとだ!」
駆け寄ってくる毛玉がふたつ。片方が猛ダッシュで飛んでくる。
「モリー、止まれ、止まれって、ば!」
静止の声は間に合わず、言い終わると同時に腰に衝撃が走った。よろめいているアトロにさらに小さいもう片方がしがみ付く。
「トム!おかえり!どこ行ってたんだ!?夜逃げしたかと思ってたぞ!」
「どこで覚えたんだそれ
この小さなリスの少女ロッコは物覚えがいいのだがどうにも大衆文学に影響されたかのような言葉ばかりを使う。(本人曰く、かっこいいらしい。)
夜逃げはしてない、と短く訂正をいれて少女の頭を撫でた。

「おかえりアトロ兄!メイジーさんから聞いたよ、旅をしてたんでしょ」
どんなとこに行ったの?、なにか美味しいものはあった?、すてきなものは見つかった?、と鼻を鳴らしながらモリーが次から次へと聞いてくる。「旅」のこととなるといつもこうだ。今日はその教え人に帰ってきたことを伝えにいくつもりだった。また今度ゆっくり話すよ、と少女を宥める。
そういえば、よく話を強請られているあの旅人はどうしているのだろう。もう、またどこかへ旅立ったのだろうか。目の前の少女にふと尋ねると、やはりそうらしい。「次に戻ってきたときに、アトロ兄の旅の話も聞きたいって言ってたよ」と付け加えられ、少しうれしくなった。

「あっそうだ!トム!トム!瓶は見たか!?」
「瓶?」
何のことだ?と首をかしげるアトロを見て「まだなのか!」とロッコは憤慨する。
「ロッコとね、お手紙かいたんだ!本当は海に流そうって思ってビンにつめたんだけど、届かないかもってなって」
「トムんちの庭に置いたんだ!クッキーとかいれて!」
テラスだろうか、そちらまではまだ見ていない。というよりも気がかりなのが、
それ、いつの話だ?」
「いつだっけ」
「10日くらいまえだっけ?」
互いに顔を見合わせてうーん?とうなる少女たち。果たしてクッキーはまだ食べられるのか、一抹の不安を残しつつ、あとで見てみるよとだけ返した。





「あら、おかえりアトロ!」
週に数回アルバイトをしている生地屋のドアを開けると、元気な明るい花が咲いたような笑顔の女性が出迎えてくれた。自分のよりも鮮やかな緑の髪が揺れ、バサリと背中の羽がはためく。
「ただいまです、メイジーさん。すみません、ずっとお休みをもらってて」
「気にしなくていいのよ!」
戻ってきたのが昨日だと知ると、メイジーは「旅の疲れがちゃんととれるまで休むこと!」と言ってきた。そういえば、ポストに入っていた手紙にもそんなことが書いてあったっけ。どうやら、滞在先が分からなかったのでそのままポストに投函したそうだ。この人らしいな、と苦笑いがこぼれる。

元々彼女には、祖母からの手紙あって都会に戻ったことを伝えていた。都会での出来事祖父を見送ってきたことを、その流れで思うところがあって日にちをかけて各地を回ったことを話した。
「そう。何かあったらいつでも相談してね、力になるわ!うちの両親も喜んでそうすると思うわ」
ありがとうございます」
この一家には実に世話になっている。前に一度、恩義なんて要らないのよと言われたことがある。元気で働いてくれること、それで十分だと。返せることといったら、それに応えることくらいで。
数日中には仕事に戻りますと、店を後にした。





目的地はもうひとつ。道すがら、すれ違う人々が「ハロー!」と挨拶を投げてくる。その都度、アトロも「ハロー」と返す。そうだ、これがここの当たり前なんだ。見知らぬ人には挨拶だけ、顔見知りや友人とはそこから少し話をしたりもする。来てすぐのころは戸惑ったことも、今ではすっかり習慣だ。

「今度森近くの川で釣りをしようと思ってて」
これからの季節、よく釣れる魚がいるらしいんだ。ぐるりと巻いた角に星が瞬いているような色の髪。買い物帰りだろうか、紙袋を抱えたハルフとゆったり言葉を交わす。顔見知りというには近く、友人というにはまだ馴染みが浅い。ただ、たまたま会えばこうして多くない口数で話す。
そこではまだ釣りをしたことがないかも」
「そう?よかったら次の候補にしてみてよ」
それじゃ、と片手を上げてすれ違う。その程度のやりとりだが、足取りを彩るにはちょうどいい。

黒猫の少女が甘い匂いを漂わせながらすれ違う。
「ハロー、アトロさん!なんだかお久しぶりだわ!」
「ハロー、クローディア。先生のおつかい?」
そうよ!今日のおやつ!と箱を掲げる。そこには街のドーナツ屋の名前が見える。
「先生ったら、また締め切りが近いの」
「そうなんだ」
今度はどんな話を描き出しているのだろうか。なんて心を躍らせながら、近いうちに彼らの部屋を訪ねる約束を交わした。





少し古ぼけた2階建ての小さい家にたどり着く。ドアに下げられた「OPEN」の看板を見て、ここの主人がいることに安堵する。
ハロー、リナリアさん」
ドアを開け、顔を覗かせる。いるであろう場所に視線を向けると、いつもと変わらず本を片手に椅子に腰かけた少女と目が合う。眼鏡越しにその瞳が驚いたように大きくなる。耳をピンとさせ、がたりと少女は立ち上がり、「アトロさん、」と己の名をつぶやく。

「ごめん、しばらく来れなくて」
「いいえ。お手紙、ありがとうございました」
彼女の手元に目線を追うと、机の上には自分がいつぞや出した便箋。
(あの宛名でちゃんと届いたんだな
漸く気がかりだったことがほどけた。外の街からでもここは届けてくれるよと、今度旅の話のついでにあの子犬の少女に教えてあげよう。

本当は行く前に君にも話しておけばよかったんだけど」
リナリアはふるふると首を横に振る。そうしてこちらに向けられた顔は、安心したかのようにも、嬉しそうにも見えた。

「元気そうでよかったです。おかえりなさい、アトロさん」

言われて、たくさんの「おかえり」を思い出す。
昨日あの丘から見た景色を思い出す。
祖父の言葉を思い出す。

じんわりと混ざっていくような感覚と、胸にひとつ落ちる音がした。

アトロさん?」
リナリアはどうしたんだろうかと再び名を呼ぶ。はた、と気づき瞬いたアトロと視線が合う。
「いや、ごめん、大丈夫。そうだなって、思って」
小首をかしげる彼女の瞳に、柔らかな笑みが映る。


「ただいま」

どことなく嬉しそうな顔が、そこにあった。





手紙が綴られる。広い便箋に、数行。

『拝啓、黄色い眼をした鳥の旅人へ
止まり木を見つけました。ここで、旅を眺めてみようと、旅をしてみようと思います。』
『Dear, yellow eyes' bird-journeyer
I found my perch. Here, I'll try to look on "Journey" and travel my life.』


『グッバイ、我が郷里。ハロー、我が帰る場所俺が、俺として生きていく街』
『Goodbye, my birthplace. Hello, my hometown ... where I live as "me".』