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狛乃
2018-09-05 02:28:17
4396文字
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ホームタウン 3/4
よその子少しお借りしています。
『彼らを見届けたかのように、暗い夜を裂くように、白梟がひとつ長く鳴いた。
バサリ、と羽ばたく音。次第に遠のいてゆく。
耳に聴こえなくなって、旅人は漸く踵を返す。その口元は、満足そうに緩く弧を描いていた。』
――
『Yellow Journey』第4章より抜粋
*
再び、育った街を出て違う街へ。手にした地図をなぞるようにアトロは道を辿っていく。いつもは馬車で通り過ぎるだけの村やそもそも通らない方角の町を訪ねる。時には川を渡り、草原を抜け、岩だらけの高地を越えた。
(知らない処ばかりだ。大陸を渡ったわけではないのに、こんな景色もあるんだ
…
)
少年にずば抜けた体力や足があるわけでもない。ほぼ一日宿で寝潰すほどの日もあった。気が付いたら足の裏に肉刺ができていた。それでも、それらはアトロにとってなんら苦痛ではなかった。それ以上に、歩むことが、見えるものを眼に焼き付けることへの期待や充足が、大きかった。
祖父の著書は、フィクションの割には旅行記でも読んでいるかのようにリアルだ。(その緻密な描写がいまも増刷されている所以のひとつなのだろう。)舞台になったらしい街たちを実際に歩いてみると、物語に散りばめられていた物事や場所が在った。当時と変わらない建造物もあれば、すでに廃れてしまって古い文献でのみ語られるしきたりもあった。
あれは途中の村だっただろうか。刊行当時、同じように好んだ読者たちが舞台を考察し回っていたと、本を目にした老人が教えてくれた。こんな小さな村にあの時ほど来訪者が来たことはないかもしれない、と懐かしむ様に。
「
…
本を読んで、実際に行ってみようって思ったのは、初めてかもしれません」
あるかどうかも分からない場所に、時間をかけて、少々心許ない体力で。文字で描かれる世界を指先でなぞって浸って終わっていただけなのに。
「楽しんでおるかね?」
「はい」
「それはよかった」
老人はアトロの返事に満足そうに頷く。こんな風に出逢ってすぐの見知らぬ人と話をするのも、出歩かなければ起こりえない。当たり前のことにようやく気付く。
…
寄り道も、悪くないものだ。
*
8月14日。手の届きそうな位の星空の下。山の麓の岩陰に張ったテントにて。パチリと火花が弾ける焚火を数人が囲んでいる。
「団長も相当変なヒトだけど、お前も結構変わってるな、アトロ」
空に向かって真っすぐに伸びる2本の角。ご自慢らしいその角と黒髪を揺らしながらセリアンの少女がそう言った。
「
……
初めて言われたんだけど」
「ええ~、本当か?それならお前の周りはよほど変わり者が集まってるんだな!」
言われて馴染みの顔がいくつか頭に浮かぶ。
…
変わっている、というよりは個性的という方がいいか。少なくとも自分よりは秀でているところがあったり、持ち合わせていないところがある人達ばかりだとは思う。
そんなことを返すと、「やっぱりアトロも変わってるよ」と言われてしまった。
「こらこら、あまり困らせてはいけないよ」
40代ほどだろうか、体格のいい男性が会話に混ざる。ミーシャ、と呼ばれた少女はそんなつもりはないぞと口を尖らせた。
「すまないね、アトロ君。悪い子ではないんだ」
「あ、いえ、大丈夫です」
悪気がないことも、べつに貶している風でもなく、まあそういう子なんだろうというのは数日の付き合いではあるが見て取れた。
「でもミーシャがヒトにこれだけ気を許すのは珍しくてね。君は何か持ち合わせているのかもしれないね」
「
…
そんな大それたのは何もないですよ
…
」
「アトロはジンチクムガイなにおいがするんだよ」
「よくそんな言葉知ってたな、ミーシャ」
口をはさんできた少女に、団長と二人、思わず苦笑いがでる。
彼らは、旅の道中で出会ったキャラバン隊だ。「団長」と皆から呼ばれる男性以外はセリアンで構成されており、各地を巡って行商や護衛をやっているらしい。どうしても見つからない「架空の地」の、その一端でも掴めないか足を止めていたアトロの話を聞き、短い間ではあるが同行していた。
隊員の一人が、本に書かれた言い伝えの一つを知っており、つい先ほどその謂れのある山から降りてきたところだ。(散々ミーシャに体力がない、と言われ続けた道のりではあった。)
「そういえば、アッシュバレーといったかな、君が住んでいるのは」
「はい。団長さんは行ったことあるんですか?」
「まだないなあ、話には聞いたことはあるんだけど」
今度立ち寄ってみるのもいいかもしれないな、という彼に少女が「じゃあアトロと一緒にいこうよ!」と飛びついた。
「僕らは先に寄らなきゃいけない街があっただろう」
依頼があるらしい。首を横に振られたミーシャはちぇ、とひとつこぼした。
「なあ、ほんとにヒトとセリアンが一緒に暮らしてるのか?」
訝しげに整った眉を寄せ、今度はアトロに詰め寄る。
「本当だよ。
…
少なくとも、都会やその付近の街みたいな感じではないよ、全く」
「ふぅん
…
お前がそう言うならそうなんだろうな
…
」
でもやっぱり行ってみないと信じらんないな!
そう強請るミーシャに、この一行が折れるのも遠くない日かもしれない。来た時は案内くらいはしようと、アトロは賑やかになりそうな日を思い、笑みをこぼした。
*
キャラバン隊に手を振り、再び一人足を進める。一つ村を越え、港町へ。アッシュバレーは地図上では目と鼻の先だ。長いようで短い寄り道は、もうすぐ終わるだろう。灯台の下、海岸線をなぞった先で水面を照らす灯りたちを眺めながら、アトロはぼんやりと思考を巡らせる。緩やかな潮風に混ざってコーヒーの香りが鼻をくすぐる。
手元のカップとバスケットには、淹れたてのコーヒーとサンドイッチがあった。日中たまたま入った喫茶店で店主と話し込んでつい長居をし、「懐かしい話を聞けた礼だ」と帰り際に持たされたのだ。礼をされるほどでは、と謙遜していたら、明日返しにいくついでに店を手伝うことになってしまったのだが。
「相互関係、というやつだ。あの街では日常なのだろう?」
「
…
やっぱりアッシュバレーにいたことあるんじゃないんですか?」
やたら街に詳しい白髪の店主は「はて、」と首を傾げる。白々しいが憎めない人だと、アトロは折れた。
翌日、店を手伝い、日が暮れたころだろうか。宿に戻る途中、見知った顔が見えた。アトロよりも幾分か背が高く、髪を半分後ろで緩く結った青年も、こちらに気付く。
「あれ、アトロじゃないか」
「
…
キラさん、こんばんは」
こんばんは、と男は返す。
聞いたところ、この港町に商材を運びに来たらしい。こちらも都会に行っていた足だと話す。
「そうか、帰り途中か。明日にはアッシュバレーに戻るけど、乗ってく?」
「本当ですか、お願いします」
「うん、じゃあ決まりだ」
時間と、馬車の乗り場を教えてもらい、また明日、と短い会話の時を終える。順調にいけば明日中に着けるそうだ。
*
8月21日。今日も空は青く、日も高くなってきた。ガラガラと回る車輪の音と、時たまを鼻を鳴らす馬の声を耳にしながら、アトロは馬車に揺られていた。いつもは幌の中にこもって本を読んでいるのだが、馭者であるキラの近くに腰かけ外を眺めている。隣で、護衛で着いてきているという女性が同じように外を見ていた。朝、馬車の前で出会った彼女はラティエと名乗った。鈍い金の髪に、深く呑まれるほど黒い瞳。
ふと。
「
…
その羽根、シロフクロウの
…
?」
「わかる!?」
腰元で揺れる羽飾りにアトロが気づいた時、黒い瞳が嬉しそうにぱっと輝いた。斑点のような縞模様をもつ羽根を、ラティエは自慢げに撫でる。
「育ててくれた人の羽根なのよ」
セリアンで、モンスター退治屋で、たっくさん教えてもらったの!
…
その姿を思い出しているのだろう、まるでこどものように笑うラティエにアトロも釣られて少しうれしさを覚えた。
「俺も、同じ羽根を持つ人に育ててもらいました」
「あら、奇遇ね!そんなに珍しくないのかしら、シロフクロウのセリアンって」
そういえば、よく足を運ぶ書店に手紙を配達しにくる人も、そうだったか。時たま、窓際の椅子に羽根の落し物があったのをアトロは思い出した。
それからしばらく、会話が弾む。ラティエという女性は見かけによらず(というと怒られそうだが)気さくで賑やかだ。おかげで過ぎる時があっという間で、背中越しに会話に混ざっていたキラが「あ、」と声をあげた頃には、すでに日が傾いていた。
「少し寄り道をしてもいいか?そんなに時間はとらないからさ」
言いながら、キラは既に馬の鼻向きを変えていた。何処に向かうのだろうと二人が首をかしげている合間に、馬車は木々を抜け、小高い丘に出る。
「さあ、着いた」
均された道から少し外れた草の上で馬車が止まる。
「俺のお気に入りの場所でね、丁度いい時間だ。ほら」
先に降りたキラが漸く振り返って二人をそう促した。
トン、と軽く降りるラティエに続いてアトロも馬車から足を降ろした。
吹き上げる風に思わず眼を閉じる。
草の匂いだけを残して止むのを待ち、再び視界を明るくする。
丘の下に広がる、夕焼け色に染まるよく見知った街並み。その先に輝く、凪いだ海。
映った景色に、息を呑む。胸の奥底で震えるような感情をぐっと抑える。
…
ただ、どうしてもひとつ、
(両の眼で見れたらよかった
…
)
そう、湧きあがったのは、もしかしたら初めてだったかもしれない。
*
日もすっかり落ち、星月がきらめきだす時間、漸く停車場についた。
「長旅お疲れ様。アッシュバレーに
…
今回はおかえり、だな」
荷物を降ろしながらキラが笑う。
「はい、ただいま、です」
そういえば初めてこの街に来た時も、この人の馬車だったか。ようこそと迎えられたのを覚えている。
キラとラティエに礼を言い、家路につく。灯りのともる家々、夜虫たちの歌声のほかには、あれは酒場だろうか、少し遠くで賑やかな声が聞こえる。立ち止まり、深く息を吸う。
…
その呼吸に、息苦しさはなかった。
(
…
あ、)と思い至る。足の向きを変える前に、でも、と思い直す。今日はもう遅い。日を改めよう。
(そういえば、あの手紙はちゃんと届いたんだろうか)
会いに行ったら訊いてみよう。
そんなことを考えながら、アトロは再び、慣れた足取りでひと月ぶりの家を目指した。
*
『8月21日
アッシュバレーに、家に到着した。移り住んでから、丸一か月も離れたのは初めてだ。あっという間だった。頭の中も、体の疲れもいっぱいいっぱいだ。部屋が少し埃臭い。休んだら、掃除をしなければ。』
――
アトロの日記より
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