狛乃
2018-08-03 16:09:23
2909文字
Public
 

ホームタウン 2.5/4

ちょっとした合間の話
(気が向いたら増えるかもしれない小話)





そういえば、マリッタのところには行ってきたのか?」
捲った袖を戻しながら、シルヴォは先程名前を出して思い出したのか、そうアトロに問う。
「まだ。この後、行くつもり」
「それがいい」
「お花、まだ枯れてないといいのだけど
まあ、新しいの持っていくから」
頬に手をあて眉を下げるヘイニに大丈夫だよ、とアトロが返す。ヘイニは安心したように頷いた。

夕刻、屋敷を出たアトロは花屋に立ち寄る。簡単な花束を包んでもらい(これは私からね、とヘイニに硬貨を持たされていた)、それとは別に時期外れで、無いかもしれないと思っていた花は、最近は栽培方法が多様になっているらしく、色とりどりに花屋を賑わせていたそこから二輪、束ねてもらった。

数分歩き、緑地を踏み分け、他よりも少し小さい墓にたどり着く。供えられていた花はやはり枯れ始めていた。アトロは花束を差し替える。その隣にもうひとつ。西日に照らされた二本の花は、まるで語り合っているかのように並んだ。

ハロー、母さん。久しぶり」

墓標に話しかけるその顔は、懐かしむように柔らかい。彼の中には、12年前の姿だけが残っている。
(そうか、もうそんなに経つのか)
そういえばここも、街を出たあの日以来、訪れていない。これから先も、また足が遠退いてしまうだろう。アトロは胸に下げたペンダントをそっと撫でた。

街にいた頃は年に数回訪ねていたが、毎年きまって秋の終わりに、ピンクとイエローのガーベラを二輪持って、ここに来ていた。去年とその前の秋は、アッシュバレーにて、部屋の窓際に飾っていた。

マリッタは花を好んでいた。とりわけこのガーベラたちを好み、生前は鼻歌混じりに花瓶を並べていたのを、アトロは覚えている。ただ、もうどんな声だったかはっきりとは思い出せない。ヘイニに似て、穏やかだった、というのは確かだ。

空が薄暗くなり始め、アトロはその場をあとにする。書店にも寄りたいんだった、あの店ならたしか遅い時間まで開いていたはずだ。前に通っていた店を行く先に思い描く。

(そういえば、)

ふと。過去の記憶からの連鎖か、一冊の本を想い出す。まだあるだろうか。探してみよう。アトロは頭の中のリストに、それを書き加えた。





『Yellow Journey』目次及び舞台候補地のメモ アトロのノートより

「第1章 はじまりのトネリコ」
 「森に囲まれた谷間の街」、トネリコ、ラタトスクに似た風習アッシュバレーで間違いなさそうだ。
「第2章 潮騒の花」
 「船の往来で賑わう港町」海沿いをたどった先にある町
「第3章 高原を謳う」
 「遊牧民たちの村」分からない、というより遊牧民だから定位置で現存しないのでは?調べてみると港町と山との間にある村が、それらしい名残があるようだ。ここになにかあるか?
「第4章 悠久の刻告鳥」
 「不思議な文化の残る山郷」分からない、それらしい文献を漁ってみて候補地はいくつかあるがルートから大きく外れるところばかりだ。この章の話だけ他よりも空想が強い。架空か、複数の伝承をまとめたか?近くの村に立ち寄った際にまた調べてみる。
「第5章 ある技師との語らい」
 「工房が立ち並ぶ街」技術産業が盛んな街がある、そこのようだ。
「第6章 水面に映る雲」
 「川と共にある街」川を有する街は多いが文面的に水の街とされているあの場所か。工房の街からさほど距離はない。
「第7章 夢枕の少女、それから」
 「都会に近く活気のある宿場町」「都会」を出て、たしか最初の大きな停車場がここだった気がする。すぐいけそうだ。

・7→1で辿る。基本的に地図の中にある場所でまとまっている。
・最終的な到着点はわからない。7章の最後で都会にいったとあるが、その後の旅人がどうなったかは書かれていない。

・ある仮説のためのメモ

第1章、「鳥」はトネリコでさえずっている。
第2章では船乗りの、第3章では遊牧民の友として。
第4章では夜な夜な鳴き声を上げ報せを告げる。
第5章では中央広場にある石像、第6章ではゴンドラの飾り、第7章では店の看板。
・「生き物」ではなくなっていることに意味はある?
・後半にいくにつれて、その存在と重要性が薄れている。
……(以下略)





8月1日。宿場町で、便箋と切手を買う。カントリーな宿と馬車が描かれた切手はおそらくこの町特有のデザインだろう。各地の切手を集める人の気持ちが分からないこともなかった。
真っ直ぐ戻れば来週にはアッシュバレーに着くだろうが、どうしてもこの「寄り道」への好奇心が勝ってしまう。1週間ではとてもじゃないけれど時間が足りない。(かといっていつになるかも予測がつきかねるのだが)さすがに連絡を入れないと、とペンをとった。
一通はバイト先の店主へ。(戻ったら多めに手伝う旨も添えた。)
もう一通は古書店の店主へ。(毎週顔を出しているくせに何も言わずに来てしまっているのは、さすがに申し訳ない。)
おや、と手が止まる。バイト先は配達関係で住所を覚えている。もう片方の、アッシュバレーから先の住所がわからない。どうしたものか。

「ぼくは家のばしょをまだちゃんと書けないから、やねの色と、名前を書くんだ。ちゃんととどけてくれるんだよ」

いつだったか近所の子犬のセリアンがたどたどしく文字を書きながらそんなことを言っていたのを思い出した。同じ街の中だからできるのかもしれない。でも、あの街にまで運ばれれば、そこから先は届けてもらえる気がした。

不安半分、あとは人の縁を頼るようなむず痒さと好奇心と期待感と。そんな気分で翌朝アトロは淡い緑の封筒たちをポストに入れた。





シルヴォ・キュラコスキの代表作、『Yellow Journey』における或る仮説。旅人が筆者の代理なのではと、有力説もそれであった。ただ、アトロは気づく。この黄色の眼をした鳥が、そうではないのかと。

とある町の宿で、アトロは再び本を開く。鳥を追うように読む。
それは、生き物として旅人や住民と関わることもあった。それは、何かに標されたモチーフでも、飾られた石像でもあった。小説のシンボルとして描かれていただけと思われていたそれらは、場所ごとに形態を変えていたことにすら意味があった。

「彼」は、ここで、あの場所で、記憶を残していた。この小説は、単なる創作ではないのだ。

ぱらぱらとページを戻し、後半に差し掛かる頃のところで手を止める。第4章。唯一、完全に架空の村が舞台の話。鳥白梟としてでてきたそれは、ある夜を境にひとつ鳴き声を残して姿を消す。
その後の話に「生き物」として出てこなくなる。

……
ぱたん、と本を閉じる。

「鳥」は「彼」は、一度「死んだ」のだ。いや、秘密と言うベールにその身を隠してしまったというべきか。何年も、何十年も。

(でも、)
その先を、アトロは想う。それでも、その後も、物語は愛に満ち溢れている。

答えを訊く術はない。