茜屋(せんや)サナ
2017-04-16 00:16:26
1584文字
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桜流しと春嵐

宗さにワンライ第39回提出作品です。お題は「桜流し」。ちょっと切ない宗三と女審神者のお話です。

 あたたかい雨が、落ちていく。冬の雨は冷たくて嫌いだけれど、春の雨は好きだ。春の空気に混ざる塵埃を落として、より澄んだものにしてくれるから。けれども。
「桜が、落ちるなぁ」
「そうですねえ」
 本丸の領地内にある道を、私は伴侶の宗三左文字と歩いていた。そこは真っ直ぐな道の両端に桜の木を植えた、桜並木の道で、本丸みんなのお気に入りだ。
 私の雨の中の花見、という酔狂なものに宗三は付き合ってくれた。
 手は繋いで、傘は赤くて大きいものをひとつだけ。そう、相合い傘だ。一度でいいからやってみたかったんだよね。
「一度と仰らず、何度でもしましょう? せっかくの夫婦なのですから」
「うん」
 返事と同時に、宗三の手をぎゅっと握る。すると宗三も握り返してくれた。そんな些細なことが嬉しくて、つい顔が綻ぶ。
 見上げる宗三の横顔は、今日も美しい。背景にある山ほどの桜も手伝って、まるで桜の精のようだ。審神者になる前の私なら、きっとそう信じてしまうに違いない。
 たおやかでいて、妖しくて、美しい。うん。立派な桜の精だ。そう思ってくすくすと笑っていると、宗三がどうしたのかと訊いてきた。
「いやな、宗三が桜の精みたいだなー、って思って」
「桜の精ですか。ふふ。人の血を浴びる刀剣とは妙な共通点があって良いですね」
……え?」
「綺麗な桜の下には人の屍が埋められている、と俗説にあるでしょう?」
「ああ、それね」
 綺麗な桜を見てそういう話を思い浮かべるのは、実に宗三らしい。
「ここの桜の木の下には、そんなもんないぞ?」
「存じ上げておりますよ。僕の旦那さまの趣味には合いませんし」
「その通り。あ、でも私が死んだらここに埋めるってのも、アリかな? 眺めがいいし」
 すると、急に宗三の表情が翳った。青碧の双眸が暗い色彩を帯びて、花のかんばせがしかめられる。
「例え話でも、貴方の死は考えたくありません」
「って言ってもなあ。私、人間だし。定命の生き物です」
…………
 宗三が何かを呟くが、聞き取れない。聞き返そうと口を開いた。
 ――刹那、風が吹き荒れる。
「わあっ!?」
「く……っ」
 煽られて手から離れた番傘を掴もうとするも、むなしく風に飛ばされた。風で花が散って、花びらが視界を一瞬だけ遮る。
 これは濡れるな、と冷たい感触を覚悟する。けれども、宗三が咄嗟に私を抱きしめたので、そんなに濡れることはなかった。彼の袈裟が雨ガッパ代わりになったのだ。
 風が止んで目を開ける。
「宗三、ごめん。濡れたな」
「お構い無く。僕は平気ですが、貴方は濡れて風邪を引くかもしれませんので」
 宗三は、私の髪についた雨粒や桜の花びらを手で払いのけた。ひととおり済むと、またぎゅっと私を抱きしめる。
「良かった。桜にさらわれるかと思いましたよ」
「そんなにか弱くないと思うけどな~」
「五分切り込まれただけで死ぬか弱い存在のくせに、よく仰いますね」
「うぐっ」
 宗三はいつもの様にしてやったり、という顔をしなかった。私を腕の中に閉じ込めて、痛みをこらえるように動かない。
「そう……
「貴方をさらってしまえたら、良いのに」
 囁かれた言葉に、心臓が跳ねる。
「そうしたら、ずっとお傍に侍っていられる」
 否定しなければいけないのに、私は何も言えなかった。代わりに、宗三にきつく抱きつく。
 今はまだ、ダメだ。何も言ってはいけない。私はまだ審神者でなければならない。
 言葉を連ねるのではなく、唇を合わせて私たちは淋しさを誤魔化した。


 ――今は、まだ貴方が審神者であることを受け入れましょう。ですが、いつか全てが終わったら。桜流しのように「人」の貴方を散らして、春嵐のように貴方をさらってしまいましょう。
 ねえ、良いでしょう? 僕のかわいい旦那さま。

〈了〉