茜屋(せんや)サナ
2017-02-19 00:14:09
2437文字
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落涙それぞれ

第31回宗さにワンライ提出作品です。お題は「泣いても良いよ/泣かないで」。【今週の刀剣男士】は大倶利伽羅。審神者の涙に対する二振りの対応とは……?

落涙それぞれ

 就任から、半年が経った頃だったか。
特大の溜め息が裏庭に落ちた。薩摩国某本丸の北側にある縁側で、本丸の主である審神者が漏らした溜め息は、誰に聞かれることもなく地面にぽとりと下りる。いつもはポニーテールに括られているはずの髪は解かれて、時折吹くそよ風になびいた。顔は下を向いているが、紅蓮色の双眸はどこも見ていない。彼女の心の視線は、今、自分の中にのみ向けられていた。
……っ」
 気が緩んでしまったらしく、嗚咽が漏れそうになる。喉の蠕動(ぜんどう)を止めようとするが上手くいかず、聞き苦しい音を出した。
……っ、ふ、ぁ、あ」
 我慢出来なくなった声が吐き出されて、目頭と目尻から雫が溢れる。彼女は堪らなくなって、両手を口に当てて、静かに泣き出した。
 審神者とは、将である。数十振りの刀剣男士を束ね、戦を指揮する将だ。それがみっともなく泣くなど、許されない――正しくは、彼女が自分自身にそれを許してはいなかった。
 彼らの元主は名立たる名将たちだ。同じ「主」として比較されてしまうのは仕方のないことだし、頼りないと思われてしまっても仕方が無い。自分が名も無い一兵卒程度の力しかないのだとしても、役目は果たさねばならない。だが、それでも辛いと感じてしまうことはある。
それでも審神者になったことを後悔せず、自分の決断に間違いはなかった、と言えるのが彼女の美徳だ。今はそのプラス面に気付くには少々遠い精神状態ではあるが。
 北側の縁側に用向きがあって来るものは少ないので、ここが審神者の「落ち込みスペース」だった。自室は執務室の隣なので、泣いていると近侍に気付かれてしまうおそれがある。泣いているところが見つかれば間違いなくどうしたのかと訊かれるし、彼らに不安を抱かせてしまう。それは御免こうむりたい。そんな情けない人間に従いたいと思う刀剣男士などいるわけもない。
 全く以って誤解も甚だしい、というか自傷するような考えしか浮かばない審神者だった。
 すると、不意に床が軋む音が聞こえた。ハッとなって振り返れば、廊下の右側からひとりの刀剣男士が気まずそうに立ち止まっている。左腕に彫られた倶利伽羅龍の刺青が、目に入った。
しまった、と思った彼女は素早く立ち上がり、その場を辞そうとしたのだが。
「ふぎゅっ」
 足がもつれてしまい、床に顔から着地した。泣き面に蜂とは、まさにこのことだった。穴があるのなら入りたい、否、むしろ自分で掘って入る、と審神者は叫びたくなる。
……
 慣れ合う気はない、が合言葉の大倶利伽羅だったが、別に冷血漢というわけではない。流石に泣いて、顔面強打をして羞恥にまで打ち震える審神者を放っておけるほど無情でもなかった。
 まず、床に伸びて起きる気配もない審神者を抱きかかえて床に座らせ、上から自身のジャージの上着を掛けてやる。次に、手に持っていたペットボトルのふたを開けて、審神者に差し出した。中身はお茶である。どうやら、ここで休憩するつもりだったようだ。
……ごめんなさい」
「何に謝っている」
 お茶に口を付けることもなく悄然と項垂れる審神者の謝罪を、大倶利伽羅は受け取らなかった。
「情けないところ、見せちゃった……
「あんたは人の子だ。泣きたいときもあるんだろう」
 にべもない拒絶ではなく、肯定の言葉を掛けられて、審神者の涙腺がまた緩みそうになる。彼女のペットボトルを握る手に、我知らず力が入った。
……
……
 会話は無く、沈黙がふたりの間に下りる。両方とも特段、沈黙を不得手とするタイプではないのだが、今回ばかりはそれがやや痛かった。
 審神者は何を言っても言い訳がましくなることを恐れて話さないし、大倶利伽羅に至ってはそも、雄弁なタイプではない。ちなみに、この時の彼は内心では割と焦っていたのだが、表情にはさっぱり出なかった。
……飲んだ方がいいぞ」
 ようやく、大倶利伽羅が先に言葉を発する。
「泣いたなら、水分補給は必要だろう」
「うん……
 すると、審神者は二息で中身を半分ほど飲み干した。そのまま、ボトルを大倶利伽羅に返す。
「ありがと」
……あぁ」
 またも沈黙。
 大倶利伽羅は、彼女は話したがらないのであれば、自分から何があったのか訊くのは野暮だと考えている。審神者が悩む内容は十中八九、自分たちのことだろうし、ひと目につかない場所で泣いているのに、わざわざ聞き出すのはやや悪趣味とも言えるだろう。
 どうしたらいいのか分からないほどの沈黙のあと、ようやく審神者は口を開いた。
「ありがと、大倶利伽羅」
「別に、礼を言われるほどのことでもない」
「良いんだ。私が言いたかっただけだから」
「そうか」
 もう少しだけここにいるよ、と言われた大倶利伽羅は、彼女の涙が止まったのを気配で確かめる。飲みかけのボトルは彼女の横に置いて、そっとその場を離れた。

 その一部始終を、宗三左文字はずっと眺めていた。大倶利伽羅が来た方向とは正反対の、縁側の左側の曲がり角から、顔だけをそっと覗かせていたのだった。
 どうにも審神者の様子がおかしかったので、様子見に彼女を探していた。しかし、見つけるタイミングが悪く、審神者が泣き始めた後になってしまう。どうしたものか、と声掛けをためらっていると、またもタイミングが悪く大倶利伽羅が来てしまった。
 情けない、と宗三は内心で悪態を吐いた。泣いている想い人を慰めることすら出来ないとは。……否。手をこまねいているのは、ここまでだ。
 意を決して、角を曲がる。
 再びの足音に身を竦ませる審神者に優しく、宗三は微笑み掛けた。
「どうなさいました、こんなところで」
 無粋で結構、と宗三は内心で開き直る。
「ここは日が入らなくて肌寒いですよ。ほら、屋内で休みましょう?」
 この時の彼には、まだ審神者の頬を撫でるだけで精いっぱいだった。

〈了〉