茜屋(せんや)サナ
2017-02-14 23:51:56
3603文字
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貴方が教えてくれたこと

宗さに活動報告バレンタイン編への提出作品です。お題は「甘い贈り物」です。宗さにがバレンタインデートでいちゃいちゃしてます。

 宗三左文字は、神である。
 正確には、刀の付喪神だ。妖であり、神であり、物である。よって、普通の人間のように「神に感謝する」行為などしないし、する必要性も、意味もない。
 だが。今日ばかりは「神」に感謝してもいいと思った。敢えて言うならば「今日」という日を制定するきっかけを作った聖人に感謝すべきだろう。祈りの文言を唱えてもいいし、物を供える必要があるのならそうしてもいいとさえ思った。
 「今日」は二月十四日だ。バレンタインデーだ。世の女性が意中の男性に甘いチョコ菓子を贈る日である。義理チョコやら友チョコやら自分チョコやらと、色々と区分はあるが、今日宗三左文字に贈られるのは、中でも取り分け価値のある「本命チョコ」、これ一択だ。
 彼の主である審神者が、「明日はお前も私も出掛けるから、準備しておけ」と言ったのが昨日の夕方。紅蓮色の双眸を少し泳がせて、どこかそわそわと落ち着かない様子で彼女はそう告げた。
 珍しい、とは思ったのだ。何故なら、彼女はいつどんな時でも毅然としている。窮地にあろうが常時にあろうが、威風堂々とした佇まいを保っていた。そんな主がひとの目を見ないで挙動不審な態度を取るなど、まあ珍しい。
 だが、何事にも例外は存在する。彼女がそのような状態になるのは、決まって色事絡みだ。人間、生きていれば窮地など幾らでも体験するが、彼女は色事にはめっぽう、弱かった。明日はバレンタインデーなのだから、きっとそれに関連したことだろう、と宗三は思っていた。想定していた。……だが、ここまでとは想像だにしていなかった。
……こんにちは、宗三」
 玄関で宗三を待つ審神者の恰好は、いつもと百八十度趣きが異なっている。
 黒系でまとめられた服装は、可憐でかつシックな装い。トップスはデコルテの開いたパフスリーブの長袖で、胸元には小さなリボンの飾りがついている。ボトムスに至ってはなんと、フリルで飾られた膝丈のフレアスカートを穿いていた。脚は肌色のストッキングに包まれて艶めかしい輝きを放つ。「嫌い」と言っていたはずの踵の高い靴に、彼女の足はしっかりと収まっていた。
 肩甲骨まで届く長い黒髪は耳の横で左右とも編み込みにまとめられ、桜をモチーフにしたヘアアクセサリーをつけている。いつもはストレートなのだが、今日はゆるくウェーブが掛かっていた。
 顔には薄化粧が施され、グロスを塗った桃色の唇がつやつやと光っている。表情はいつもの勝気なそれではなく、戸惑って緊張している不安そうなものだった。
 後ろ手に黒のバッグを持ち、玄関の戸にもたれ掛っている様子は「彼氏を待っている彼女」そのものだ。
「なあ、宗三。これ変じゃないか? 大丈夫かな?」
 スカートの端を摘まみあげて、頼りなさ気に訊いてくる審神者に、宗三は反射的に言った。
「万屋デート止めてお部屋デートにしましょう。見るのは僕だけで結構です」
 ちなみに、本刃は「いつも通りにしていたらどうです?」と言ったつもりである。内心では、どこぞの聖人に感謝の意を叫んでいた。
 僕の主はこんなに可愛い! と絶叫していた。
「え?」
「はい?」
 当然、お互いに聞き返す。
「本音が出てるよ兄さま……
 通りすがりの小夜左文字が呆れて、ちいさく苦笑した。

 審神者は決められたエリア内から基本、出ることは出来ない。なので、彼女と宗三左文字のデート先は必然、万屋周りに限られる。
「今日は随分と可愛らしい服装ですね。どうなさったのですか?」
 道を歩きながら、宗三は審神者に尋ねた。彼の隣を、ヒールの高さに慣れない審神者が、いつもよりやや遅く歩く。
「だって、デートだから。バレンタインデートだし、可愛い方がいいのかな、って……
 頬を朱に染めながら言う彼女は、照れ隠しにあらぬ方向を見遣った。
「スカートもヒールも慣れないけど、宗三が喜んでくれたら、いいなあって、思った」
「ええ。喜んでいますよ」
「ほんとに?」
 瞳を潤ませながら上目づかいに見てくる審神者に、宗三は囁く。
「どうしてここが往来なのか、と残念がるくらいには、嬉しいですよ?」
……っ、ばかっ。どんな喜び方だよ、それ」
 つんっと拗ねる審神者に手を引かれて宗三が入ったのは、二階建ての喫茶店だ。店は混んでいたが、事前に予約されていたらしく、すんなりと二階席へ案内される。二階は仕切りで分けられた個室で、一番奥にふたりは入った。
「個室デート、という認識で合っています?」
「合ってる。でも変なコトはしないように。出会い茶屋じゃないからね」
「ふふふ。貴方を楽しむなら、勝手知ったる我が家が一番ですよ」
「あ、そ」
 連れない言い方をするものの、審神者は終始照れっぱなしだ。チークを塗っていないはずの頬は、ほんのりと朱い。
……やっぱり、本丸で一緒にいるだけの方が良かった?」
 躊躇いがちに、審神者は訊いた。いつもの明朗快活さはどこかへ雲隠れしたようだ。
「いいえ。考えみれば、本丸デートだと色々と茶々が入りますから、これが最善でしょう」
 そう。何せ彼女はおよそ五十振りの刀剣男士を束ねる主なのだ。当然、今日という日は多くの感謝チョコレートを貰うことになろう。そうなれば、夫である宗三とゆっくりしていることなど出来はしまい。
「そう言えば、現世にいた頃はデートしたりしたんですか?」
「ちょっと、こら。前のことを訊くとか無神経なんじゃないか?」
 目くじらを立てる審神者の視線を、宗三は飄々と受け流す。彼はあらかじめ席に置かれていたタブレット端末を操作して、メニューをオーダーした。
「いいじゃありませんか」
 気にせず、端末を審神者に渡す。彼女も同じように端末を操作して、食事を注文した。
「何回かはあったけど、こんなにドキドキしたのは、宗三が初めてだよ。前は、どっちかって言うと、友達感覚の延長だった。こんなに――っ!」
「こんなに?」
 テーブルに頬杖をついて自分を見る宗三の視線に、審神者は心臓がドクンと跳ねるのを自覚した。青と翠の両目が、審神者を強く射抜く。ひたむきに見つめられて、身体がカッと熱くなった。
「こんなにドキドキして、どうしていいか分からないのは、宗三が初めてだ」
「ふふ。そうですか」
 ごく自然に、宗三の手が審神者の髪に伸びる。優美さと、刀を握る無骨さが絶妙に混じる宗三の手は、彼女が特に好んでいるものだった。
「僕もね、こんなに心が躍るお出掛けは初めてです。貴方が僕のために何かをしてくれるということが、僕の手を引いて何処かへ連れて行ってくれるということが、こんなにも嬉しいだなんて」
 手に取った髪に、宗三はそっと口づける。
 瞬間、審神者の身体にゾクリと甘い恍惚が走った。まるで口づけられた箇所から、激しい電流でも流されたかのように感じる。髪に触覚などないはずなのに、と彼女は驚いた。
「そ……ざ」
 声がかすれて、昼日中には似合わない艶やかさを帯びる。
「いけませんよ」
 宗三左文字の口元がゆるりと弧を描く。
「『出会い茶屋じゃない』のですから」
 運ばれてきた料理を口にしつつ会話をしたが、審神者は一体何を食べて何を話したのか、さっぱり覚えていなかった。

 数時間後、喫茶店を出たふたりは広場での逍遥を楽しむことに決めた。万屋のある場所は和洋折衷の造りになっているのだ。
 ベンチに腰掛けた審神者は、バッグから本日の「メイン」を取り出す。
「宗三。ハッピーバレンタイン。今日はありがとう」
 桜色の半透明な袋に包んだ箱を、宗三に手渡す。中身は、審神者謹製のガトーショコラだ。
「ありがとうございます。それでは、僕からも」
「え、宗三も用意してたのか?」
「もちろん。嫁が旦那さまに何も用意していないはずがないでしょう?」
 きょとんする審神者に、宗三は赤い包装紙で包んだ小箱を渡した。
「流石です」
「開けて頂けますか? 貴方のびっくりする表情を拝見したいので」
 中身は、ローズクォーツのチョーカーだった。花の座金パーツが桜色の石を飾っている、お洒落な一品だ。
「わ。綺麗。宗三が選んだの?」
「はい。貴方が教えてくれたことへの、ささやかなお返しです。ふわっとしているようで、まとわりついて来て。しつこいはずなのに、もっと味わいたくなる。……貴方が教えてくれた『愛しい』という感情への、返礼です」
 呆ける審神者に構わず、宗三は彼女の唇を一瞬だけ奪う。
「ね、旦那さま。このまま帰るのは、とても惜しいのですけれど……。可愛い嫁のわがままを訊いて下さいますか?」
……仕方ない。訊いてやろう」
 尊大な物言いだが、審神者の表情は宗三への愛しさに満ちていた。
 ふたりが本丸へ帰ったのは、翌日の朝になるのであった。

〈了〉