茜屋(せんや)サナ
2017-02-11 23:59:16
1874文字
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構いたい背中

宗さにワンライ第30回提出作品です。お題は「まだ、眠らない」。審神者に構ってほしい宗三左文字のお話。

構いたい背中

 キータイプの音は旋律のようだ、と宗三左文字は思った。夕餉を終えてから彼の主は執務室で書類仕事に勤しんでいるが、指が電子機器のキーを連続して押す音は、まるで一種の節に聞こえる。
 取り立てて宗三がすることはないので、もう部屋に下がってもいいのだが、そうはしなかった。布団をただ温めているだけというのは、どうにも味気ない。いつかの主は履物を懐で温めていたようだが、自分は預かり知らぬことだ、と彼は思った。
「宗三、寒くないか? こたつ入れよ」
「結構です。良い眺めなので」
「んん? そうかぁ?」
 振り返る伴侶の、紅蓮色の双眸が不思議そうにこちらを見返してくる。長い黒髪は珍しく括られておらず、彼女の動きに合わせてさらりと流れた。
「まだ、眠らないのですか?」
「もうちょっと。大分いい感じなんだ」
「分かりました」
 こたつに入って作業する審神者の後ろに寝転がって、宗三は彼女の背中を眺めているのだった。白刃隊を指揮する彼女だが、その背を配下である刀剣男士たちが戦場で目にすることなど、まずない。彼女の役割は刀剣男士を顕現させ、戦わせることだが、先陣切って立つことは有り得ない。的確な指示で戦場の男士らを導き、本丸に帰ってきた彼らを癒し、鼓舞し、また戦わせること。それが彼女の役割だ。
 主が直接戦うことはないのか、と最初は肩を落とした男士も、審神者と時を過ごすうちに笑って彼女を認めるようになる。宗三に言わせれば、顕現した時点で彼女を認めているらしい。顕現させるために唱える祝詞は神に祈るための言葉であり、拒否することもできる。
 そも、「審神者」とは「神を審(つまび)らかにする者」。降ろした神の言葉を聞き、詳しく判じるためにある。……または、神の下す罰を受けるためにもあるのだが。巫女が降ろした神が、その巫女の口を使って下す神託を審神者が聞く、というのがあるべき手順であるのだが、此度は少々違うようだ。戦の専門家では決してない者たちが、戦に駆り出されているのが、今回の戦争である。
 などとつらつら考えている間にも、審神者のキータイプの音は止まない。連綿と音が続く様は、やはり旋律だと思わせる。
 ふと、宗三は彼女の背をすぅっと指で撫でた。
「ひゃあっ!」
 伴侶が肩を竦めて、びくぅっ! と背筋を逸らす様は、なかなかに面白かった。
「ふふっ」
「ちょおっ、宗三! 仕事の邪魔しないの! 後でちゃんと構うから!」
 勢いよく振り返る彼女に、宗三はゆっくりと首を振った。
「ああ、すみません。そうではなくて」
「もー。何だい」
 首を傾げる審神者だが、宗三は寝間着の袖で上品に口元を覆って、くすくすと笑声を立てるだけだ。すると、寝転がっていた彼は急に身体を起こして、彼女を膝の上に置く。
「宗三」
「失礼しました。どうぞ、続きをなさってください」
「いや、続きをどうぞって言われてもね。どうしたんだよ、急に」
「大した意味はありませんよ」
「じゃあ、小さい意味はあるのか?」
 審神者の言葉に、宗三は吹き出した。
「小さい意味、ときましたか。ええ、あります。ひと肌恋しいので、ついね」
「最初からそう言えばいいじゃないか」
 溜め息を吐く審神者に構わず、宗三は彼女をきゅっと抱きしめた。
「ねぇ、まだ眠らないのですか?」
「まーだ。ついさっき訊いたばっかりじゃないか」
 そうですね、と生返事をしながら彼は審神者にきつく抱き着く。彼女のうなじの辺りに顔を押し付けてみたり、髪をさわったり、更には腰帯をいじったりと、とにかくせわしない。終いには寝間着と上着越しに、ふーっと熱い息を吹き込む始末だ。
……おい、宗三にゃんこ」
 審神者の指が、勢いよくEnterキーを押し込む。
「構ってほしいなら、最初からそう言え」
「そんなつもりはないんですけど、なんだかつい。お邪魔ですみません」
 振り返って見た宗三の顔は、しおらしく反省の表情を浮かべている。本刃には、悪戯している自覚はないようだった。
「僕、先にお部屋へ行ってますね」
「まあ、待てって。今シャットダウンしてるから」
「え?」
 見れば、電子機器の画面は真っ暗になっている。
「これで良し。じゃれるのはあったかい布団の中でしようぜ。いっぱい構ってやるからな」
……はい」
 ふわりと微笑む宗三の頬に、審神者は優しい口づけを落とした。
 その晩、何故だかじゃれ合いが収まらず、審神者がまだ寝ないのか、と訊いても寝かせてくれない宗三左文字がいたそうな。

〈了〉