茜屋(せんや)サナ
2016-12-25 00:10:17
2319文字
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僕の恋する紅色

宗さにワンライ24回提出作品。お題は「白い吐息」で、女審神者を迎えに行く途中の、宗三の回想です。

『僕の恋する紅色』

 はあ、と息を吐けば、白い靄が自分の口から生まれるだなんて、驚きと言うほかないでしょう。そも、五感を備えたひとの身体を持ってそこらを闊歩するだなんて、想像だにしていなかったことですが。
 主である審神者を万屋に迎えに行くのですが、これが寒いこと寒いこと。元気な彼女は「氷点下からが本番」などと言って、簡単に寒いとは仰らないのですが。
 そうそう、彼女が居た地域では、雪が降っても傘は差さないんだそうです。洋外套についた雪をほろえばいい、とのことだそうですが、それならば最初から傘を差せばいいでしょうに。濡れてしまうでしょう、と言えば「はっ水スプレー掛けるから」とか。ああ言えばこう言うを地で行きますね。
 僕が顕現したのは、師走の終わりごろ。師走の中ごろに就任した彼女に、あの本丸へと降ろされました。今でも、顕現の祝詞の声を思い出せます。他所の刀剣男士がどうなのかは存じ上げませんが、彼女に降ろされた男士が最初に聞くのは必ず、彼女が唱える祝詞なのです。
 自他の境界線のない、どろどろとした混沌の中から、あの「声」を頼りに、僕らは顕現する。初冬の霜を連想させる、凛とした声が僕らの輪郭を作り、本霊から分離させ、「いち刀剣男士」として肉ある身体を持たせて、降ろす。僕らの身体を作るのは、顕現させた審神者の霊力なのだから、その人物に対して一定の敬意があるのは道理なのです。その後にどんな「従う理由」を見出すかは個々の自由になりますがね。
「あ、侍らせるとかどうでもいいんで、前線行ってください。お願い申し上げます」
 慇懃なんだか無礼なんだか分からない第一声をもらって、僕は彼女の白刃隊に組み込まれることになりました。第一印象は「こんな色気のない女は初めて見た」ですね。彼女が生まれた時代と、僕が作られた時代の成人の要件は全く違いますが、それにしたって、ここまで色気が欠如した成人女性は初めて見ましたね。
「色事の経験はおありで?」
…………えぇと、その。あ、今日は畑当番ですよ、宗三」
 こんな具合です。溜め息すら出ませんでした。
 それなのに、赤い瞳だけはいやにきらきらと光って、魅力的なのですよ。女性の魅力が表れるのは何も身体の作りだけではなく、顔つきや仕草、声音に表われるもの。とりわけ、僕ら付喪神が好むのは「美しい魂」なので、まあその点に限って言えば、よく魅力的でしょう。彼女の美しさは、あの祝詞に出ているのですから。
「貴方の瞳……紅い色をしていますけれど、先天的なものですか?」
 霊力があるのだから、普通の人間とは外見的に異なるのだろうか、と思ってある日、彼女に訊いてみる。
「いや、後天的なものだよ。霊力制御の一環というか、まあ、修行のようなものでさ。霊力で目の色を染めてる」
 この紅蓮の色が彼女の内から溢れる色なら、なるほど、美しいのも頷ける。後日、どこか照れ臭そうに、彼女は言った。
「元の色が地味でさ、ちょっと気に入らないんだ」
「そうなのですか?」
「だって、刀剣男士のみんなって、色鮮やかで綺麗でしょう? 髪はたくさんの人に褒めてもらえて自慢だからいいんだけど、なんか目がね。遠目からでも『あ、ウチの主だ!』って分かる方が良いじゃん? だから、紅にしたの。鮮やかで、いいでしょ?」
「それは、元から似合うからですよ。でなければ、そんな強い色は映えません」
 と、言わなかった僕は臆病者でしょう。そうですね、と当たり障りのない返答をするだけで精いっぱいでした。彼女の照れ臭そうに微笑む表情が、今僕だけに向けられているのだ、と思うと、何も言えなかった。
 嗚呼、思えば。
 僕は顕現した瞬間から、彼女に恋をしていたのかもしれない。
 でも、ただの刀、鋼、無機物であった僕に「感情」なんてものが、ましてや「恋」なんて言うものがすぐ理解できるはずもありません。ひとだって「恋だの愛だのなんて、性欲を都合のいいように解釈し直しただけのものだ」と言うのだから。神経系を有しないただの鋼の刃物に、すぐに理解しろ、というのは酷なことです。
 この胸の高鳴りが、誰か一人を恋い慕う思いから発生するとは、永い時間の中に在っても、思いつくことさえ出来なかった。
 ……などと考えながら歩いていると。
「宗三! こっちこっち!」
 僕の愛する凛とした声がして、紅蓮色の瞳が見えて。たったそれだけのことなのに、こんなにも心臓が強く脈打つ。指の先まで、じん、と温かく痺れる。
「あーっ! お前ってば、手袋もしないで! 寒いだろう、赤いし冷たい! 霜焼けにでもなったらどうするんだよ!」
 万屋の軒先にいた彼女は僕から傘を取り上げて、僕の両手を自分の両手で包み、はーっと白く温かい吐息を掛けた。
「付喪神は風邪を引きませんよ」
「見てて寒いんだよっ。はいこれ持ってよろしく。で、こっちではめて。で、こっちは手を繋ぐ。傘は私が持つから」
 僕は右手に手袋をはめて荷物を持ち、彼女は手袋をつけた左手で傘を持った。空いた僕の素手の左手と、彼女の空手の右手で、手を繋ぐ。
「ほら、これで温かいだろ? 帰るぞ」
……ええ、はい」
 にっこりと笑う彼女は、流石にもう照れてくれない。なので……
「ねえ」
「ん?」
 無防備なその耳に、ひっそりと囁いてやった。
 すると、見る見るうちに、彼女はゆでだこのように真っ赤になってくれた。
「えぇいっ、さっさと帰るぞ!」
 編み上げブーツの底で地面を踏みつけるように勇ましく、けれど表情はうぶな乙女のままで、僕の愛しいひとは足早に歩く。白い吐息が、長く続いていった。

〈了〉