茜屋(せんや)サナ
2016-12-18 14:43:08
3111文字
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旅行は計画的に

へしさに祭に捧げます。タイトルは私への戒めです。長谷部と審神者がいちゃいちゃしてます。

 場違いなくらいに軽快な声が、本丸の執務室に響いた。
「おめでとうございます、審神者さま! 宿くじにご当選されましたよ!」
 声の主は、この本丸のこんのすけの声だった。四角い封筒を口にくわえ、執務に励む審神者にそれを差し出す。
……『宿くじ』?」
「あー。忘れてた。どうせ当たんねえと思ってたからな。ありがと、こんちゃん。はい、この引換券を厨に持ってってご褒美もらっておいで」
 怪訝そうに言う近侍の長谷部の傍らで、彼の主である審神者はこんのすけから封筒を受け取り、代わりに「油揚げ二枚引換券」をこんのすけに渡した。
「はぐー。ありがとうございます! それでは長谷部どのとごゆっくり」
「おー」
 とててて……と可愛らしい足音を立てて出て行くこんのすけを見送り、長谷部は彼女に向き直る。
「主。僭越ながら『宿くじ』とは何でしょうか?」
「審神者互助組合主催のくじ。どこかのお宿に一泊二日できんの。まあ、政府の管轄地だからあんまり羽目を外すことはできないのだけれど、お休みにはなるからさ」
 どれ、と言いながら審神者は棚から休暇届を二枚出し、机の上に置く。
「長谷部。良かったら私と温泉旅行に行かない?」
 審神者はダンスパーティで相手を誘うように、手の平を上に向けて、長谷部に差し出す。
「はい、謹んでお受けいたします」
 長谷部はその手を恭しく取ると、くるりと反転させて、手の甲に優しくキスを落としたのだった。

 薩摩国内、某エリアの某旅館の一室で、審神者は感動の声を上げた。
「ああ~、温泉気持ちよかったねえ、長谷部!」
「はい、いい湯でしたね」
 二人は、旅館着の浴衣に着替えていた。
「露天風呂おっきかったね~。ウチもあれくらい大きくしちゃおうかな~」
 座椅子に座り、うーんと伸びをする審神者。その様子を愛おしそうに、長谷部はながめている。
「博多が何と言うでしょうかね」
「ウチの大蔵大臣が何て言うかだよな。ま、いいんだけどさ」
「露天風呂よりも、主の部屋のユニットバスをもう少し広くした方がいいのでは? 手狭でしょう? それかやはり、女湯を作るべきか……
 いやいや、と審神者は手を振った。
「私の部屋はいいんだよ、別に。スペース的にも、もう弄れないし。女湯だってムダだよ。一人しかいないんだしさ」
「ですが、たまに主のご友人がいらっしゃるでしょう? ムダではないかと」
「うーん……。でもいいよ、採算取れないしさ」
 くてーっと、座椅子の上で奔放な姿勢を取る審神者。彼女がここまでくつろいでいるのは、実に久々だ。いつも肩肘を張って本丸の運営や白刃隊の指揮に当たる彼女に、休息は眠りの時間しかなかったように思える。
「主」
「どしたー?」
 座椅子のすぐ横に、長谷部が座った。ぽんぽん、と膝を叩くと、審神者はにんまりと笑う。
「なんだ? 長谷部、座椅子になってくれちゃうのか?」
「ご随意にどうぞ」
 はにかむ長谷部に、審神者も微笑んだ。
「じゃあ、ありがたく」
 彼女は、座椅子からパッと飛び移るようにして、長谷部に抱き着いた。ふわりと、花の匂いが香った。長谷部の神気である。
「ふふふ。長谷部、いい匂い~。上品で素敵な匂いだね。香水なんかじゃ真似できない香りだよ」
「お褒めの言葉、ありがとうございます」
 腕を長谷部の背に回し、彼の匂いや体温、がっしりとした体格を審神者は存分に楽しんだ。長谷部は片腕を審神者の腰に、もう片方の手は彼女の長い黒檀色の髪を愛でている。
「藤の匂い、ほんと素敵だよ、長谷部。私の愛刀」
 きゅう、と抱き着いてくる審神者の首元に顔をうずめて、長谷部もまた微笑む。
「主も。こうして密着していると、どこか甘い香りがしますね。……はぁ、とても心地良いです」
「んんっ、くすぐったい」
 きゃらきゃらと笑う審神者の、一部の隙もなく結ばれた帯の端を、長谷部の指が摘まんだ。が、すぐに気付いた彼女に、はたき落とされてしまう。
「こら。『あんまり羽目を外すことはできない』って言っただろう? あとここは出会い茶屋ではありません」
「いけませんか?」
 捨てられた子犬のような目でじっと見つめてくる長谷部。
「いけません」
 実直そのもの、と言った表情で断る審神者。しかし、すぐに悪戯っ子のような表情に転じて、長谷部の唇を奪った。
「んむっ」
「えへへ~、うばっちゃった~」
 楽しそうに顔を綻ばせる審神者を見て、長谷部の中で火が付いた。
「主、失礼します」
「えっ、あむっ! ん! んん……っ!」
 長谷部は素早く審神者の唇を捉え、歴戦の舌遣いで愛しい恋人を乱しに掛かる。生憎ながら、彼女に逃げ場はなかった。


……ありゅじ」
……なに」
 ぐつぐつと煮えるもつ鍋を挟んで、審神者と長谷部は座っている。審神者の帯は先ほど同様、一切乱れてはいなかったが、彼女は唇をかばうように手で覆っていた。対して、長谷部は舌と唇を苛む痛みと、静かに格闘している。
「ましゃか、いくしゃ以外で、口を切ると、っつ!」
「お前が悪い」
 口吸いを楽しんでいる最中に、女中が料理を運んできたので、審神者が咄嗟に羞恥と恥じらいと戸惑いと、お仕置きの意で長谷部の舌と唇を噛んだのだ。ただ、少々力が入り過ぎたようで、二人の口内に血の味が広がってしまった。
「ありゅじだって、楽しんでいてゃでは、ありましぇんか……!」
……静かにしろ。あっつあつのもつを突っ込むぞ」
 そう言いながらも、審神者の頬は赤い。唇を手で覆っているのも、口吸いの感覚がまだ残っているせいである。むしろ、審神者の方がノリノリで舌を絡めていた。
 が、事実を指摘すればますます手が付けられなくなるので、長谷部は口の端を上げて微笑むだけに留めておくくらいには、利口である。
「あるじ……
「なに」
「なべ、できあがっておりますよ。お先に、どうぞ」
……お前に悪いから、もうちょっと待つ」
 コンロの火を最小にして、彼女はじっと待った。お椀に盛られた白米にも、お吸い物にも手を付ける気配はない。
 三分か、五分が経過して、ようやっと長谷部が水に口を付けた。
「大丈夫か?」
 気遣わしげに、審神者が彼を見遣る。
「はい、もう大丈夫です。お待たせしてすみませんでした」
「いいよ。そんなに待ってないから」
 鍋の中身を皿に取り寄せ、酒をグラスに注ぐ。すると、審神者が席を立って、長谷部の隣にやって来た。
「主?」
「口、見せろ。そのままだと酒が沁みるかもしれない」
 言われた通りに開けられた長谷部の口を見て、審神者は意を決して頷く。
「動くなよ」
「はい」
「微動だにするなよ」
「はい」
「絶対だからな」
「はい」
「嘘吐いたら針千本いくからな」
「はい」
 何をなさるのだろう、と呆ける長谷部を尻目に、審神者は彼の唇と舌の患部をひと舐めした。素早く舌を引っ込め、素早く彼女は元の席に戻った。
……あ、」
「霊力の! 経口摂取! 患部が! 口だから! この方が! 手っ取り早いんだ! さあ! 飲め! おら飲め! 主命だ忘れろ! 酒飲め! おらおらおらおら!」
 やけくそになって叫ぶ審神者から押し付けられる酒杯を、長谷部は一気に飲み干した。
「ひゅーっ! オニイサンいい飲みっぷり!」
 そして、彼女は食事を最初から最後までハイテンションで通し、終いには自分が酒で潰れてしまうのであった。
 翌日、本丸に二日酔いで帰ってきたのをお目付け役の歌仙に見咎められ、お説教を頂く羽目になったのは、自業自得と言うほかない。

〈了〉