茜屋(せんや)サナ
2016-12-18 00:10:03
1984文字
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『いつかの結末』

宗さにワンライ23回提出作品です。独自の世界観と、神隠し設定があります。とある審神者と、宗三左文字の「結末」です。いくつもある契り方のうちの、一つです。

『いつかの結末』

「『チェンジリング』って知ってる? 『取り替え児』とも言うんだけれど」
 彼の主は、何げなくそう訊いてきた。妙齢の女性の見目をしているくせに、着物は黒一色で、喪に服しているかのよう。別段、誰が死んだわけでもないのに、彩りは妙に少ない。差し色は、決まって紅色。もしくは、白銀。
 黒檀色の長髪に、紅蓮色の双眸、日に焼けないように努めている白っぽい肌。まるで、自分自身を纏っているかのようだ。十人前の顔つきで特段美人ではないが、やはり身贔屓が入るので、容貌は整っているように思う。
 笑い方は必ずと言っていいほど、挑戦的か不敵な笑みを浮かべる。けものっぽい、野性っぽい、と刀剣男士の誰かが形容していたと思う。女性らしいたおやかな笑みだとか、お淑やかな表情、というのはまず少ない。が、そんな表情で見る相手が、とても少ないだけで、決してないというわけではない。例えば、彼こと宗三左文字の前では、実に様々な笑みを見せる――のだが、生憎いまの笑みはどこか皮肉げなそれだった。
「遠い異国の御伽噺、ですよね?」
「そう、御伽噺(フェアリーテイル)。妖精に取り換えられちゃう子どもの話さ。面白いんだぞー? 卵の殻を『醸して』造る酒の話をして、子どもが妖精だと見破るんだよね。まあ、帰って来れない子どももいるんだけれど」
 暗い書庫の中でも、その紅蓮の目は自ら輝くように美しかった。水面に咲く紅の蓮か、八寒地獄にて裂ける罪人の肌から流れる血か、誘惑の果実(リンゴ)を思わせる真っ赤な色が、煌々と輝く。
「それで、どうして今そんな話をなさるんです?」
「ん? いやね、これから私に起こることも、また、遠い異国では『御伽噺』なんだろうなあ、って思って」
 紅蓮が、蒼碧の双眸を見遣る。甘い絶望と憂いを帯びる、唯一無二の宝玉だ。
「はい、そうですね」
 穏やかに、傾国の刀は微笑む。女である主では浮かべない、たおやかな笑みだった。
「他のみんなは、もう?」
「はい、先に。『後はお二人でどうぞ』だそうです」
「うーん。気の利き過ぎる連中だな。別段、最後くらい騒がしくたっていいのに」
 首元で緩く一つにまとめた髪を、彼女はさっと解く。途端に、さらっと長髪が胸元まで下りた。首を回らせれば、その髪で表情は伺い知れない。だが、宗三は分かっている。これが彼女の照れ隠しのくせだと。相手に気持ちを悟らせないための行動が、逆にその気持ちを伝えてしまっているのだ。
「ほら、いらっしゃいな。――
「ッ!」
 宗三がいっそう甘ったるく呟いたのは、審神者の真名だった。この本丸でただ一振り、彼にのみ与えられた至宝である。
「真名を言うんなら、『縛って』好きにすればいいだろ」
「嫌です。今のは何げなく、ただお名前をお呼びしただけですから。ほら、こっちにいらっしゃい、――
……っ、ああ、もう!」
 宗三と審神者の間の距離は、五歩。その五歩を一呼吸の間に、彼女は詰めて、広げられた宗三の腕の中に飛び込む。遠目で見れば華奢で頼りなさそうに見える彼の体躯は、思いの外、しっかりしたものであることを、彼女は誰よりも知っていた。
着物の袷から垣間見える宗三の肌に直接、耳を押し当てれば、力強い鼓動が聞こえて来た。どくん、どくん、と脈打つ音に、審神者は心から安堵する。ここにいれば、怖いことなど何もないのだと、思えた。
「ふふふ。いつになく、甘えたで可愛いですね」
「そう?」
「ええ。可愛いですよ」
 くいっと彼女の顎を持ち上げれば、頬を朱に染めて、紅蓮の瞳を愛らしく緩ませている。
「お役目御苦労さまでした、冴圭花。この日を以って、貴方の審神者の任を解きます。そして、――――を、宗三左文字の妻として、僕の神域に『神嫁』として迎え入れます。異議はありますか?」
「ありません、私――――は宗三左文字の妻、『神嫁』として貴方さまの元に参ります」
 瞬間、審神者は審神者ではなくなった。神託を受け解釈する者ではなく、神の眷属となり、ひとの域から脱した。もはや、彼女は自分自身の支配者ではなく、神の従者となった。
 己の身体に走る、ぞくりとする甘い痺れに、彼女は呻いた。
……っあ、あっ」
「大丈夫ですか?」
「ん。だい、じょうぶ。多分」
「しばらくすれば、僕の神気に慣れますよ。では、失礼」
「わわっ」
 重さを感じさせない所作で、宗三は妻を抱き上げた。真っ赤になった彼女は、ひしっと宗三の首に抱き着く。
「それでは、参りましょうか? 僕のお嫁さん」
「よろしくお願い申し上げます、私のかみさま」
 書庫の外は本丸の庭ではなく、桜吹雪が舞い踊る異界こと、宗三左文字の神域であった。
 顔を綻ばせながら、二人は互いの唇を貪る。此より先は――無粋者の手の届かぬ、新天地であった。

〈了〉