茜屋(せんや)サナ
2016-12-04 00:08:52
1674文字
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あかし

宗さにワンライ21回提出作品です。手入れ部屋での宗三と審神者のお話。重傷表現があります、ご注意ください。

お題:鈍色の世界

『あかし』

 その日の本丸では、酷い雨が降っていた。数メートル先も見通せないほどの土砂降りで、屋根から滝のように雨が落ち、庭は泥沼状態だった。
……
 手入れ部屋の前で、白い着物を血の紅で染めた審神者が、仏頂面で座っている。彼女は、たった今、手入れを終えたばかりだ。
いつもは首元でゆるく束ねる髪を、ポニーテールにきっちりと結び直し、着物の裾が邪魔にならないようにたすき掛けにしている。手元は衛生状況を保つため手袋をしていたのできれいだが、着物に付いた血や、その顔にまで跳ねた血は、なかなかの苦境を表していた。
……はぁ」
 顔に跳ねた血を、手で拭う。文字通り鮮血色の、鉄臭いそれは宗三左文字のものである。
 池田屋にまつわる歴史改変への介入途中、京都市中にて、宗三の所属する第一部隊が重傷で途中帰城した。負傷なし二振り、軽傷三振、重傷一振。深手を負ったのは宗三だけだったが、万が一のことがあっては取り返しがつかない、と帰城させた。
『焼かれたときに比べれば、これでも軽いくらいですよ』
『ばかもの。そういうことは言うもんじゃないだろうが』
 手入れの最中、微笑する宗三にそう言い返して、黙然と事に当たった。今は、安らかな寝息を立てて眠っている。
 ぼろっと頬を落ちてくる雫を、審神者は腕で強引に拭う。
泣いたところで、どうにかなるわけじゃない。次の手立てを考えなければ。陣形が悪かったのか、刀装の組み合わせか、はたまた、練度が足りなかったのか。
とにかく、行動しなければ、と彼女がその場を立つと、呻き声が手入れ部屋から聞こえた。
「宗三っ!」
 勢いよく障子を開け放し、急いで彼の枕元に駆け寄った。一応、傷は全て癒えている。それでも柳眉をひそめて唸っているということは、夢見が悪いのか、痛みが残っているのか。
「宗三っ、起きろ!」
 肩を数度、揺さぶると宗三は目を覚ました。
……ここ、は」
「手入れ部屋だ。どこに出陣したのか、覚えているか?」
「池田屋、いえ市中ですね。運悪く大太刀のひと振りに当たって……刀装が、全部砕けてしまったものですから、僕の統率値では、ちょっときつかったですねぇ」
「それだけ、喋れれば大丈夫だな?」
 審神者はほっと一息を吐き、肩を撫で下ろした。
「心配してくれたんですか?」
 心なしか、宗三の声は嬉しそうに聞こえる。
「重傷のやつを心配しないやつがあるか、あほ」
「ふふふ、そうですよね。だって僕は、貴方の『愛刀』ですし」
 宗三は何事もなかったかのように平然と起き上がり、審神者に抱き着いた。
「ちょ、こら、待て、きた……
 汚い、と言いかけて審神者は口ごもる。審神者の着物に付いた血は宗三のものである上に、刀剣男士の血が人間の血のように菌を持つのかどうかは分からない。
「ふふ。僕の血にまみれてまで僕を治してくれるなんて。なんだかとても好い気分です。貴方を独占しているみたいで、嬉しくて」
……おい、こら」
 一抹の不安が沸き起こり、疑念が鎌首をもたげる。
「重傷になったのは、別段故意ではありませんよ。念のため」
「当たり前だ、このばか」
 くっくっくと笑う宗三の吐息が耳元をかすめて、とてもくすぐったい。いつもは束ねられている、宗三のふわふわした髪が、顔や腕の剥き出しの部分に掛かって、これもくすぐったい。
「血の色は、紅いでしょう? 貴方の瞳みたいに。裂かれた腹から溢れる僕自身の血を見てね、思い出したんです。ああ、これは貴方の紅だなあ、って。帰らなきゃ、って思ったんです」
「あ、そう」
 すげない言い方ではあるが、どこか鼻に掛かった声だと、宗三はすぐに気付いた。愛しい女を抱きしめながら、尚も続ける。
「貴方はね、僕にとって『あかし』なんですよ。また戻ってくるための、あかし。この鈍色の世界で、生きて戦い続けるためのあかし。よぅく、覚えておいてくださいね」
「ああ。よく、覚えておくよ」
 それは重畳、と言う代わりに、宗三は愛する審神者に口づけた。

〈了〉