茜屋(せんや)サナ
2016-11-20 00:10:47
1957文字
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桜に魅せられる

宗さにワンライ19回提出作品です。宗三が審神者を「捉える」お話です。

『桜に魅せられる』

 最初に顕現させた時は、良くも悪くも刀剣男士のひとりだとしか、思わなかった。どうしてこんなにも焦がれるようになったのか、と訊かれれば、時間がこの思いを育てた、としか私は言えない。

   ***

 顕現させた宗三左文字は、確かに美しかった。桜色のふわふわとした柔らかそうな長髪、整った容貌に、雰囲気のある立ち姿。中でもいっとう目を引くのは胸元にある魔王織田信長の刻印――ではなく、「瞳」だ。憂いと絶望を閉じ込めた甘ったるい蒼碧の双眸。私がこれまで見て来たどんな鉱物でも、今まで出会って来た如何な人物でも、形容し難い瞳だ。
 審神者の前職は学生、という社会経験に乏しい私だが、それでもこんな目をした人物には逢ったことがない。刀剣男士の経歴を考えれば、私が見て来た人物たちでは当てはまらない、というのは妥当だろうけど。
 左目の蒼色は瑠璃を、右目の碧色は緑の瑪瑙を思わせる。けれど、石は無機物だ。そこには原子配列による即物的な美しさと、色彩の鮮やかさはあっても、「憂い」も「絶望」も宿らない。もし、そう見えるとすれば、それは間違いなく観測者の主観によるものだろう。
……で?」
「はい?」
「何をお考えで、と言いました」
 縁側でのんびりと、春の庭に佇む自称かごの鳥を見ながらお茶を飲んでいると、宗三に声を掛けられた。
 綺麗だな、と思う。
 美しいな、とも思う。
 でも、私だけのものにしたい、とは思わない。
「そんな、ぼうっとした目で僕を見て。何を考えているのです?」
「いや、春と桜がよく似合う綺麗なやつだなあって思ってた」
……もしかして僕、口説かれてます?」
 くす、と微笑む薄い唇は、男性ものものとは思えないほどに艶やかだった。女の私だが、私にはまだ手の届かないものだろう。
 宗三は大して履物の音を立てることなく、こちらに歩いて来た。すとん、と自然に隣に座る。
今日は本丸の休みの日なので、多くの刀剣男士が出払っていた。江雪さんと小夜は兄弟で出掛けたというのに、宗三は何故か数少ない居残り組である方を選んだ。その居残り組も、ほとんとが寝るか自室に篭って趣味活動か、という手合いだ。
なんでわざわざ、私の居る縁側に来て庭を散歩してたんだろうか。
「いや、口説いたつもりはないや」
「つれない方ですねえ。顕現して最初の言葉が『侍らせてるヒマないんで前線行ってください』ですし」
「いや、だってそういう状況だったし。ウチの本丸は『血で錆びる剣より玉庫で錆びる剣を恥じろ』という方針ですし」
「言霊を使う術師のくせに、そんな飾り気のない、直接的な物言いで良いんですか?」
 なんか、やけにぐいぐい来るな。
「そんな毎日毎日やってたら疲れるわ」
 はあ、と溜め息。
「そうですか……。そうそう、今日はちょっとお伝えしたいことがあって来たのですけれど」
「はいはい。昇給、有給休暇の日取り、レクの要望、どれかな?」
「前に、貴方が僕に仰ってくれた言葉があるでしょう?」
「えーと…………
 たっぷり四呼吸。けれど、思い出せない。
「あの、ごめんね、宗三。どの言葉だっけ?」
「無自覚ですか。まあ、今に始まったことじゃありませんけど」
 憂いを帯びた美貌が、陰りを帯びて更に美しくなる。その艶麗な視線が、私を捉えた。ゾッと背筋を伝う寒気。悪寒か、恍惚か。身体が小さく震えたのを、上手く隠せただろうか?
「僕が初めて遠征に出るとき、『何ならこのままどっか行っても良いぞ』と言ったでしょう?」
「え、あ。ごめん、配慮のない言葉だった……
「そのあと」
 宗三が私の言葉を遮る。
「『好きに望んでいい』と貴方は言った。だから……
 スローモーションの映像を見ているようだ、と他人事のように思った。宗三の右手が私の腰を捕まえて、左手で、私の顎を上に向かせる。ふと香る、桜の匂い。宗三の神気を鼻が知覚する。
 あ、近い。え、どうしよう。
 抵抗するとか何とか考えるのを放棄して、思わず目を瞑る。
柔らかい感触が唇に触れた。
――っ!?」
 どくん、と心臓が跳ねる音が聞こえる。しっとりと濡れた舌が、唇を舐めた。
……っ、あ、そ、宗三……!?」
「だから、僕は貴方を望みます。貴方が欲しい、と望む。鳥かごの中にいるのは、飽きました。かごの中に居ては、手に入るものも入らないので」
 囁かれる、甘い声。かつてないほど近くで、宗三の体温を感じた。
 望まれることがこんなに甘美なことだなんて、知らなかった。嗚呼、あの寒気は、恍惚だったのか。

   ***

 この時ほど、宗三に魅せられたことはなかった。傾国の刀の恐ろしさを、身を以って思い知らされるのは、これからだったのだ。

〈了〉