茜屋(せんや)サナ
2016-11-13 00:14:27
2164文字
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リンゴと赤

宗さにワンライ18回目提出作品です。

宗三と女審神者がリンゴを剥いたり食べたりしながらお喋りするお話。少々、独自設定があります。
ちなみに、リンゴの花言葉は「誘惑」です。
*2017/01/25 本文のタイトル修正。

『リンゴと赤』

 恋人同士である、某本丸の女審神者と宗三左文字は、明確に互いが互いを好いた瞬間を覚えてはいない。
「仕方ないだろ、気がついたら好きだったんだし」と女審神者は照れ臭そうに言う。
「いつ、と訊かれましても。気が付いたら、彼女の紅い瞳の中にいましたし」と宗三左文字は不思議そうに言う。
 もちろん、想いは明確に伝え合っている。だが、いつ一体どこで恋に落ちたのか、ということは、どうしても思い出せないようだった。
 これはそんな二人が、恋に落ちている最中のお話。

***

 私は悪態を吐きながら、パソコンと向き合っていた。というのも、政府と審神者の仲介をする「担当」の役人が、書類の提出期限を間違えて遅く、私に伝えたせいだった。訂正をわずか三時間前に聞いた私は馬車馬の如く働き、締切まであと五分というところで、私は「送信」のボタンを押して書類を提出する。
「ああ~! 終わったー!」
「御苦労さまです」
 身体を後ろに倒して、畳へどっと体重を預けた。ふと見遣れば、作業台ことこたつの向こう側で、何故か近侍でもないのに宗三左文字がいて、リンゴを剥いている。しかも、自分のためではなく、私のために。そういう、普段から審神者へのサービス精神がある男士ではない、と記憶していたのだけれど、これはどういった風の吹き回しなんだか。
「リンゴ、食べないのですか? 塩水に浸けていませんから、すぐ黄色くなりますよ」
「ああ、いただくよ。ありがとう」
 皿の上に乗る、四つに切り分けられたリンゴを手に取って頬張る。シャク、という音とともに、口の中に甘く、少しだけ酸味のある味が広がった。先ほどまでの緊張で渇いた口の中に、爽やかな甘みを伴った果汁はじんわりと染みこんでいく。
「あー、美味しいわ。身がパサパサしてなくて好み。いいヤツだね、コレ。というか、宗三、今日はどうしたんだよ、わざわざリンゴなんて剥いてくれてさ。大事な非番、こんなことに使って良いのかな?」
 からかうように言うと、宗三はリンゴから視線を離して、私を見た。
 色違いの蒼碧の双眸。絶望と憂いを帯びた、甘い瞳。左文字の刀はいずれもとんだ方向に屈折しているが、宗三の屈折は「刀」としての己の在り方にコンプレックスがあるように私は思う。二度再刃される、という実戦刀としては致命的な状態が、実戦刀として名を馳せた「左文字」と相反することを、宗三は厭っている。
 ……というのが、私の分析なのだけれど。実際のところは、彼に訊かなければ分からない。
「貴方の瞳……
「うん?」
 薄く、形のいい唇からよく通る声が発せられる。
「紅い色をしていますけれど、先天的なものですか?」
「いや、後天的なものだよ。霊力制御の一環というか、まあ、修行のようなものでさ。霊力で目の色を染めてる」
「そうですか……
 そう言う宗三の目は、私の双眸から一切離れてはいない。けれど、指先に目を遣ることなく、リンゴの皮を剥いて切り分けている。流石は日本刀、刃物の付喪神。そのくらいは目を瞑っても出来るのか、と思わず感心した。
「そういえば、西洋ではリンゴを面白い例えに使うのですね。男性の喉仏、『アダムのリンゴ』と言うのでしょう?」
……ああ。そう言うらしいね。リンゴを取ったアダムが神に見つかって、口にほうりこんだら、のどにひっかかってふくれ出した、っていう話」
 最近、男士たちの間で、電子端末を使っての情報収集が流行っていたな、と私は思い出した。
「男性だけでなくて、女性器もリンゴに例えられるのだとか。ほんとうに面白いですねえ」
 くすくすと艶麗に笑みながら、宗三は切り分けたリンゴを咀嚼する。その唇が、細くなる目が、綺麗に美しく彼が笑うのが、私は少しだけ苦手だ。三日月宗近も綺麗で美しいけれど、宗三の美しさは彼とは違う。
 どこか退廃的な、悪女のような雰囲気があるから、だろうか。
 人間の身体の一部にリンゴを例えて微笑みながら咀嚼する、とか。なんか怖い。
「貴方の瞳」
 また同じ言葉を言って、宗三は私の目の縁を、指でなぞった。私は、宗三の唇から目が離せない。
「この紅い色の目は、何に例えられるのでしょうね? うさぎというには少し可愛げがありませんから、そうですねえ……ああ」
 思いついたときに特有の、「ああ」という感嘆詞を発する宗三。
「紅蓮、なんてどうでしょう。燃え盛る炎のようでいて、八寒地獄の寒さで破れた 皮膚から流れる、血のような色。それかもしくは、リンゴでもいいですね」
 くすくす、くすくす。
 その微笑みは、まるで誘惑しているかのようで。背中にゾッと走る寒気が悪寒なのか、恍惚なのか、私には判断し難かった。
……飲み物、厨から取って来る」
 急いでいると悟られないように、私はゆっくりと立って部屋から出て行く。視界の端に、まだ手付かずのリンゴの赤さが、ちらついた。
 宗三から見えなくなったところで、自分をきつく抱きしめる。身体の奥からじわっと湧き上がる、この火照りが何なのか理解するには、もう少し時間が必要だろう。

 ――もしかすれば、この時の話に出て来た全ての赤いもので、赤い色で、宗三に私を繋いで欲しい、など思ったのかもしれない。

〈了〉