陸奥守吉行は、この本丸の初期刀である。主である審神者が就任したその日から、今の今まで付き合ってきた打刀男士だ。刀剣男士が増えるにつれ、個々の男士との付き合い方や本丸の運営、作戦立案実行に至るまで、審神者のありとあらゆる悩みに付き合ってきた最古参の男士だ。
本丸では、吉行を超えて主から信頼される刀はいないだろう、とまで言われている。そう、例外はなく、審神者の伴侶である宗三左文字さえその信頼の壁を超えることは、未だ、出来ていないのだ。理由はただ一つ。
道を違えた主を斬れない、と宗三が思っているからだ。
宗三左文字は、永い歴史の中で主を変えてきた刀であり、二度焼かれ、再刃された過去がある。「刀は刀。どうあっても変えられないことがある。己で先を選ぶことは、刀には出来ない」という諦念や、ある種の悟りのようなものが彼の奥底にくすぶっている。それが、ただ主の命に従う、主が道を違えようと、受け入れる、彼女を斬ることはない、という答えに達した経緯だ。宗三左文字は、「刀」なのである。
対して吉行は、というと。五感を持ち、五体を持って顕現していることを存分に謳歌している。彼の行動範囲には著しく制限がついて回るものの、その制限すらも楽しみ、限られた範囲の中でこそどう自由に振る舞うかについて始終考えている。
審神者の意も汲むが、その上で自分の志しも通そうとするし、審神者の考えが正しくないのであれば、徹底的に意見を戦わせる。主が道を踏み外せば斬ることも厭わない、と公言してもいる。往年の実戦刀に言わせれば、審神者と吉行の仲は戦友そのもの、だそうだ。陸奥守吉行は「戦友」なのである。
「わしはのう、そこを危惧しちょる」
「んん?」
真っ赤に色づいた庭を美しく輝かせる夕暮れ時に、吉行は主にそう告げた。
「宗三左文字が、ただおんしの意のままっちゅうのは、えいこととは思えんのじゃ」
「それは、ない、と思いたいんだけど」
「ほんにか?」
真剣そのものの琥珀色の瞳が覗き込むと、いつもは毅然とした彼女の紅蓮色の双眸さえ、たじろぐ。
「なんだよぅ。宗三の私への心を疑う、ってこと?」
「そこを疑うとりやせん。わしが言いたいんは、おんしを止められるんか、っちゅうことじゃ」
「……『千人の諾々は一士の諤々に如かず』、かな? 吉行が言いたいのは」
短い沈黙を挟んで審神者が言った言葉に、彼は神妙に頷いた。
「そうじゃ。わしはその一士になる。そうならにゃあならんて。けんど……」
「宗三はその一士には、なれない?」
瞑目して首を縦に振る吉行に、審神者はそうかと言う。
彼女とて、分かってはいるのだ。宗三左文字は極楽とて、地獄とて、戦場とて、彼女が来いと命じれば付いて来るという確信が審神者にはある。だが、それが審神者本人にとって、その魂にとって正しいのか、間違っているのかと判じはしない。主が考え抜いて至った結論であれば、付いて行くだけだ。それがおぞましき外道の道であったとしても、主の熟考の末であれば、迷わず共に行く。
それは美しいのかもしれない。ある意味では尊いのかもしれない。
傍目には、共倒れにしか見えなくても。
「……なんていうか、な。今はさ、まだいいんじゃない? 『今』は、だよ。この先で、宗三がそこに至れればいいんじゃないかな、って思ってる。宗三の中にある、諦めみたいなものを、私がどうにか出来ればいいんだよ。だってさ、きっとそれが『愛』なんでしょ?」
純真な眼差しで、審神者は吉行を見る。彼から見ればまだ幼い、まだ人生の酸いも甘いも少ししか知らない、純真な目だった。
陸奥守吉行は、恐ろしく思うことがある。また、主を喪うことだ。自衛の手段である己が、最愛の主を守れないことを、何よりも恐れている。どの刀剣男士にも共通することではあるが、己を帯刀した主を失くしたことがある男士にはより顕著な傾向である。
どうか、今度こそは。この一度だけは、守り通したいと陸奥守吉行は、切実に思っている。この愛しい存在が戦争の最中で汚され、無用な血で穢れぬようにと、彼は願っている。
「大丈夫だよ、吉行。心配しすぎんなって。愛に溺れてちゃ、愛を通せないよ」
「信じさせとうせ」
「もちろん」
朗らかに笑む主の守護を、陸奥守吉行は深く己の心に刻んだ。
最愛の主の、最愛の刀ごと彼女を守護してみせる、と。
〈了〉
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.