茜屋(せんや)サナ
2016-10-02 18:13:14
2800文字
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ピアスとガーネット

 女審神者が長谷部の耳にピアスをつけるお話。
『――さて、本当に「所有された」のは、どちらだろうか? 』

「長谷部……ちょっと頼みがあるんだ。聞いてくれる?」
 夜半過ぎの本丸の、執務室。しっかりと普段着を着たままの審神者が、同じくしっかりと服を着たままの長谷部に訊いた。
「何を改まっていらっしゃるのです、主。この身は全て貴方のもの。貴方様の良き様に、御随意にお計り下さい」
 臣下の礼を崩さず、頭を下げる長谷部。藤色の双眸は、どこか陶酔しているかのように潤んでいる。
「あの、ね。あ、いややっぱ止めとこっかな……
 確認をしておきながら、躊躇する主に、長谷部は少し焦れた。
「主。どうか、お聞かせ頂きたく存じます。このままでは、気になって眠れなくなってしまいそうです」
「え、あ……。いやさ、とっても個人的でかつ我が儘な頼みでさ。それに、長谷部がちょっと痛い目に遭うし……
……単騎出陣でしょうか?」
 長谷部の言葉に、審神者は首を横に振る。
「いや、ここでできるよ……あ! 言っておくけど、変な意味じゃないからねっ!」
 真っ赤になって断りを入れる彼女に、長谷部は思わず忍び笑いを漏らした。
「ええ、心得ております。それでは、お聞かせ願えますか? あまり待てが上手い方ではありませんので」
「分かった。ええとね、その、あー。…………させて下さい」
 肝心の部分がよく聞こえなかった。
「すみません、主。不覚にも聞き逃してしまいました。もう一度……
「ぴ、ピアス! を、させて……下さ……ぃ」
 審神者は途切れ途切れにだが、まくし立てるように言った。幸いにも、長谷部はそれを聞き取る。
「ピアス、ですか」
 流石に予想外だった長谷部だが、すぐに頷く。
「ええ、分かりました。主の思うがままに、どうぞ」
 瞑目して、薄く微笑む長谷部。彼にどきりとした審神者は、身体をびくつかせた拍子に、後ろ手に持っていたものを取り落とした。カサッと小さな音が長谷部の耳に入る。
「主……?」
「あ、えっと、これ、付けて欲しくて」
 落とした小さい紙袋から、深紅の石がピアス金具に嵌まっただけの、シンプルな品が出てきた。
……柘榴石、ですか?」
「そう! この深い紅が絶対に似合うと思ったんだ! 綺麗でしょ?」
「しかし、主ではなく俺でいいのですか? 主はこういったものに目がありませんし……
「私はいいの! 長谷部に付けて欲しいの!」
 力説する審神者に、長谷部は満面の笑みで了承する。
「有り難く承りました。では、穴を開ける必要が……
「大丈夫。ちゃんと調べて用意した」
 ドヤ顔で消毒液と未開封のピアッサー、コットン、ペン、使い捨て手袋と道具を出す審神者。
「準備万端ですね……
「言い出しっぺですから。さっ、善は急げ。はーい、お兄さん、ちょっとお耳失礼するよー」
「は、はい」
 長谷部の左側に回った審神者は、素早く手袋を嵌めて、長谷部の耳を消毒する。
「んふふふ~、お兄さんのお耳、綺麗なカタチしてますねえ」
「あ、主……僭越ながら、耳元でお声を出すのは最小限にして頂けませんか?」
 くすぐったさを堪えているのだろう長谷部を見て、審神者の悪戯心がむくむくと沸いた。熱く湿った吐息を、ふぅぅと長谷部の耳に送り込む。
「んンっ……主!」
 ビクッと身体を震わせる長谷部は可愛いなあと思いながら、動くなよーとわざと呑気に言った。ペンで目印を書き、ピアッサーを当てる。
「行くぞー、一瞬だから我慢してねー」
「んんっ!」
 ばちんっとピアッサーが閉まるのと、長谷部が喘ぐのは、ほぼ同時だった。同じ要領で右耳にもピアスホールを開ける。
「お疲れさま。あともうちょっとだよ」
 ピアスキャッチを本体から外す。ガーネットのピアスをホールに通し、またキャッチをつけて完成だ。
両耳を終えた長谷部は、少々つらそうだった。
「ごめん、痛かったよね……でも、ありがとう」
「いえ、主からの賜り物ならば、痛みすら愛おしく思います」
「シュミが悪いぞ、止めておきなよ」
 確かめるようにピアスをなぞる長谷部の顔は、まだ痛みを感じているように見える。
 ーーこれは、マーキング行為とあんまり変わりがないな、と審神者は自嘲的に思う。贈り物をする体裁での、示威行為。「このへし切長谷部」は私のものだという独占欲をカタチにしたもの。長谷部のため、ではなくて、自分のため。おためごかし。
 自覚すると、自己嫌悪が沸き上がってきた。けれども、それと同じくらいに満足もしている自分がいる。なんてーー浅ましい。
……じ、主?」
「ふぇっ?」
 どうやら、呼ばれていたらしい。
「すみません、鏡があればお貸し願えますでしょうか?」
「あっ! ごめん、そうだよね」
 すぐに鏡を長谷部に渡した。鏡を見た彼は、嬉しそうにピアスを撫でる。
「主、ありがとうございます。ふふ……まるで、銘を入れられたようで、面映ゆいですね。ですが、とても嬉しいです。俺を、貴方のものにして下さったという証ですから」
「うん……
 自分でしておいて、罪悪感がするなど、お笑い草だ。針で耳を刺した時の高揚感と所有感は、堪らないものがあった。
「長谷部」
「はい……主?」
 どんな表情をすればいいのか分からなくなって、顔を見られたくなくて、長谷部の頭を抱き締める。こうすれば、顔は見られない。
「ごめんね……
「どうして謝るのです? 大した痛みではありません。主がお気に病むことではありませんよ」
「うん……
 長谷部の優しい言葉に、ますますどうしたらいいのか分からなくなる。
「主、失礼します」
「あ……
 きつく抱き締めていたはずなのに、いとも簡単に、するりと抜けられてしまった。
 長谷部は、視線を審神者と合わせる。両耳につけられた深紅のガーネットは、やはり長谷部によく似合うと審神者は思った。
「主、ありがとうございます」
 柔らかく笑う、このへし切長谷部は、自分だけのもの。
 長谷部はやんわりと主を抱き締める。
「これで、名実共に、貴方のもの」
 囁かれる、低く甘い声。この審神者が、居並ぶ刀剣男士たちの中でも、いっとう好いている声だ。
 この声すらも、自分だけのもの。
 小さく息を吐いて、審神者もまた、長谷部を抱き締め返した。

 長谷部は、気付いている。審神者がピアスを贈った理由を、わざわざ彼女手ずから穴を開けた理由を。
 彼女は、長谷部にピアスホールを開けているときの表情を見られたことに、気付いていないのだ。
 長谷部しか、あの恍惚とした表情を見たものはいない。

 ーーガーネットが象徴するのは「一途な愛」。ゆえに、執着を強めるので、取り扱いには注意が必要である。
 また、冥府の神が愛した妻を地上へ完全に返さずに済むよう、彼女に内緒で食べさせたものが、柘榴だった。
 ――さて、本当に「所有された」のは、どちらだろうか?