Isa
2016-07-28 06:42:40
3342文字
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lemonade

爽やかな夏のイメージから、オリジナルで文章書かせていただきました。0728!
アルティオくんとシゼルちゃんの旅の一幕。




しゅわしゅわと弾ける炭酸水に、あいつがドロップを落としていた。
無色透明、後から後から泡ぶくばかりを生み出すグラスの中で、あいつの色をしたドロップが弾けて、無色に形を、色を奪われていく。
「アルー!こっち来て!」
仲間に呼ばれて少し目を離した隙に、グラスの中身はすっかり色が変わってしまっていた。夏の青空と言うには少し足りない水色は、あいつの透き通るような長い髪と、同じ色をしている。
「ちょっと!早く来てよ!」
「今行くっつっただろーが!」
あいつはまるで周りの音が何も聞こえていないかのように、ただそのグラスを眺めていた。



lemonade



「なあお前、この町に来てからその飲み物よく頼んでるよな」
旅の途中で立ち寄った町。物資豊かで商業が発展している。様々な店が所狭しと並ぶ中心街なんて、それだけ人も集まりやすい。この大国にあって、上から数えるのに片手の指で足りるくらいの大都市だった。ここ数日、とある理由で足止めを食らい、この町に滞在している。
角の喫茶で、買い出し途中に休憩を挟んでいた時、アルティオはそう切り出した。
「そうかもしれないな。他ではあまり流通していないから」
向かいに座る少女――シゼルは色の付いた炭酸水を楽しげに見つめていたが、アルティオの言葉にふと顔を上げた。
それは濃い紫の色をしている。
「飲んだことは?」
「あるよ。まっずいだろ?お前、よくそんなん飲めるな」
「それは味が付いていなかったからだろう。これを飲めば美味しさがわかる」
………
故郷で小さな飲食店を営んでいたアルティオにも、苦手なものの一つや二つ、無いわけではない。
小さい頃、まだ祖父が店を切り盛りしていた頃。子供用のコップに並々と注がれた苦い炭酸水を思い出す。祖父は随分悪戯好きで、うんと幼い孫にちょっかいを出しては泣かせて祖母に怒られていたような人だ。きっとあれもいつもの遊びだったのだろうと、今なら思えるけれど。
目の前のそれは、色が付いていようとも、あの時飲んだコップの中身と違いない。
昼にも間食にもそぐわぬ時間のせいで、店内は外に比べて随分と静かだ。カラン、とグラスと氷とがぶつかる、軽快で涼しげな音が響いた。まるで急かすように。
「料理人のくせに、味わいもしないうちから毛嫌いするのか?」
わかったよ、飲みゃいいんだろ」
無色透明はあくまでこの飲み物の前身だ。見た目の違いからも、ひどい味でないだろうことを頭では理解している。
それに、彼女がこんなに美味しそうに飲むのだから。
取っ手の付いていないガラス製の細長いグラスを恐る恐る――では格好が付かないからとぐいと一口。飲み込む寸前、紫の薄くなったグラスの底に、あいつの表情が映って見えた。
強がった罰を与えるかのように、冷たさを流し込んだ口の中で爆弾が弾ける。だが昔感じた、思わず吐き出したくなるような無味はそこにはない。何とかそれを舌の上で転がして、刺激を弱めつつ味わってみる(料理人の性だ)と、どうやら果汁と炭酸水を上手くブレンドさせた飲み物であるらしい。
グラスを相手の方へと戻しつつ飲み込んで、次いで自分が頼んでいた暖かなミルクコーヒーで口直し。一転、心配そうな表情が目に映った。そこには同じものを楽しめないことを、残念に思っている感情も見える。
「口に合わないか」
案の定の問いに、直球の言葉を飲み込んだせいで奇妙な間が空いた。目を逸らした沈黙が肯定の証と受け取られ、前髪が顔に影を落とす。
「いや、でもなんだ。前飲んだやつより美味いんだろうな、ってのはわかる。前のは果汁も甘味料も入ってなかったからな」
「そうか」
わずかに寄せていた眉が緩み、表情が綻ぶ。安堵した様子に、こちらも胸を撫で下ろした。
出会ったばかりの頃は、いつも無表情か仏頂面で、分かりにくい奴だと思っていた。最近は細かい表情の違いとか、伴う感情の変化とか、そういうものを少しずつ読めてきたような気がする。
で、何でこれが好きなんだ。前にも来たことがあるからか?」
シゼルは今の皆と旅をする前の数年間も、一人で旅をしていたという。理由とか目的とか何処に行ったとか、細かなことはあまり話したがらない。が、妙に町に詳しかったり、知り合いがいたりするときは、大抵前にも来たことがあると言って様々なことを話してくれるのだ。
単に訪れた場所が多すぎて、一つ一つを思い出しながら話すのが面倒なだけかもしれない、とは幼馴染に指摘されて気付いたことだった。何かと怪しんではあらぬ疑いをかけていた頃の罪悪感といったら。
「これは違う。よく炭酸水を持って帰ってくれる親族がいたんだ。この国に住んでいた人でな」
「へえ、じゃあそいつもこれが好きだったのか?」
「ああ。それでお裾分けしてくれていたんだ。いろんな味があって、どれも好きだったが
グラスを傾け、内側に張り付いた泡が空気に触れて弾けていく。こくりと喉が鳴った。
「私は、無味の炭酸水の中にドロップを落として飲むのが特に好きだった」
「ん?昨日飲んでたやつか」
「なんだ、見ていたのか」
ぱちりと瞬いて恥ずかしそうに笑う。隠れていたわけでないが、確かにあのとき声をかけなかったのは自分の方だ。つられて浮かんだ気まずさに頬をかいた。
「あれはなんなんだ?」
「正確に言うとあれはドロップではないんだ。似ているが、普通の飴とは違ってそのままは食べられない。甘すぎてな」
「ふうん炭酸に溶けると、その飴みたいなやつの味がつくのか?」
「そうだ。完成品を飲むこの国では、あまり一般的ではないようだな。でも私は、好きな色の種を選んでグラスに入れると、泡を出して色を変えていくのを見るのが綺麗で、好きだった」
「何で一般的じゃないんだ。女子受けしそうなのに」
「どうしても味が劣るんだよ。こういう風に店で出される、味の付いた炭酸水は、本来ならもっと別の作り方をする。飴……種と呼ぼうか。種を入れるだけでは、店で出すようなレベルにならない」
アルティオは納得して頷いた。確かに、いくら見た目が綺麗でも、客を楽しませる要素であっても、店側としては美味しくなければ提供はできない。それに、客の方だって綺麗だからと頼むのは一回で、それを美味しく味わえなければ、別のものを頼むだろう。それでは意味がない。
「売っている店は多くないし、こういう喫茶店では種の話を聞いたことさえない。もっと美味しくなれば、あの綺麗な様子も広く知られるようになるんだろうが
だがここに飲みたいと思っている客がいるのに、それを提供できないでいるのは商売人魂――ともう一つの気持ちが黙ってはいられない。アルティオは我知らず呟いていた。
「何で味が出せねぇんだろうな」
アルティオ?」
「だったら砂糖だか果汁だかを詰め込んだ、その種を大きくすりゃいい話じゃねぇか?」
「あ、えっと何だったかな、その炭酸水の種を作っているのは個人だから、それ以上の技術か資金がないとかそういうことを言っていた気がする」
「それって何て奴だ?」
そ、そこまでは
よし、シゼル、さっさと買い物終わらせるぞ」
「まさか話を聞きにでも行くのか?」
「おう。売ってないわけじゃねーなら、話聞いて回りゃ見つかるだろ。オレも飲んでみたいし」
「でも嫌いなんじゃ、」
「いいから行くぞ!」
荷物を持って会計を済ませ、ついでとばかりに喫茶の店主に炭酸水の話をすれば首を横に振る。知らないわけではないようだが、美味しくもないものを作っている個人に興味はないと言ったところだろうか。
シゼルは自分の料理を好きでいてくれる。その彼女が綺麗だと褒めるものを、美味しく味わってほしいと思うのは、料理人だからだ。それ以上の考えなど。
深い意味はないからな」
「何か言ったか?」
「何でもない!急ぐぞ!」
なかなか素直になれない分を、行動で示すのは、正面から言葉を紡ぐ必要がなくともどこか気恥ずかしい。
何か自分にできる、彼女のためになることがあれば良い。そう願いながら澄んだ空の下に出た。
広くて涼やかな、あいつの髪の色だ。