ぶんどき
2023-08-29 00:28:37
2836文字
Public 一次創作
 

とある観光都市での朝

十如SS

 
 
 とある観光都市での朝、十六夜は当然のように如月が泊まっている宿を訪れていた。既に朝食を済ませていた如月は十六夜が部屋にいるのもお構いなしに床に地図やパンフレットを広げてはそれらを眺めている。天体の研究が進んでいるこの都市ではあちこちに星をモチーフにした店や料理や土産物が見られる。夜になると星が綺麗に見える丘というものがあり、そこは有名な観光スポットのひとつだった。比較的治安も良く、素直に観光を楽しむために訪れていた二人は今夜星を見に行く約束をしていたのだが、夜になるまでの間何をするのかが問題だった。ずっと部屋に籠もっているのもなんだしどこかへ出掛けようかと考えていたところにやって来たのが十六夜だった。「会いたくなったから来ちゃった」などと茶目っ気たっぷりに言うがどうやってこの場所を突き止めたのかもわからない恋人は自分の部屋であるかのようにベッドに横になってくつろいでいる。観光雑誌をぱらぱらと捲っていた十六夜がその手をはたと止める。
……ねぇ、僕すっごく大事なことに気付いちゃったんだけど」
「どうしたの」
 その深刻そうな声色に観光パンフレットから顔をあげて十六夜を見た。
「僕、まだ如月に一度も『好き』って言われたことないんだよねぇ」
「なんだ、そんなこと」
 再びパンフレットに視線を落とした。
「”そんなこと”じゃないよ! 一応僕たち付き合ってるじゃん!? 如月ってばいつも『嫌いじゃない』とか『好きでもない奴とつるむ趣味はない』とか遠回しに好意を伝えてくれるのはわかるしそれでも嬉しいんだけどさ」
 ぼふぼふと枕に当たりながら不満をぶちまける。如月は十六夜の方を見もせずに淡々と言った。
「じゃあいいじゃないか」
「ぐっ、でもやっぱり言葉は欲しいよ」
「逆に君は言葉にしすぎて鬱陶しいし言葉に重みがない」
……ホントに僕のこと好き?」
「まあ」
「”まあ”って何?」
 頬を膨らませじろりと如月を睨む。
「だって別に言わなくてもわかるだろ」
「どうしたら好きって言ってくれる?」
「どうしたらって……
「いくら払えばいい?」
「買収するつもり?」
 如月は呆れたように肩をすくめる。
「如月、この前は全部僕が奢るって言ったら一日デートしてくれたじゃん~!」
「それはそれだよ」
「僕じゃなくてもお金さえもらえれば良いんでしょ! お金の為なら何でもしそうでちょっと心配!」
「人聞きの悪いこと言わないでよ。相手は選ぶ」
「僕だったらお金で如月が買えるんなら喜んで貢ぐけどなぁ」
「人の話聞いてる? 私はいつか君が誰かに貢いだあげく破産するんじゃないかと心配だよ」
「へへ、如月にしか貢がないから安心して~」
 それは安心できると言えるのだろうか。そう言い返そうと思ったが、なんだか馬鹿馬鹿しくなってきて言葉を飲み込んだ。
「例えば、今すぐ君を抱き寄せて、好きって言ってくれるまで離さない~って言ったらどうする?」
「そんなことしたらもう口きいてやらないって言ったらどうする?」
……意地悪」
 口を尖らせ恨めしそうに如月を見つめるが如月はその視線を気にも留めなかった。ああ言えば十六夜がこれ以上無理を言わないことはわかっていた。
「なんとでも言えば?」
「うっ、いいもんね、もう帰らな~い。僕もここに泊まる~」
 十六夜はうつぶせになると枕に顔を埋めながら両足をじたばたと動かした。駄々をこねる子どものように喚いているとやがて如月が口を開いた。
「いいよ」
「はいはいわかっ……て、いいの!?」
 枕がぼふんと音をたてる。十六夜は勢いよく顔をあげる。
「宿代全部払ってくれるなら。ベッドはシングルだから君は床で寝てね。守れなかったらすぐ追い出す」
 顔色ひとつ変えないでいると落胆の溜息が聞こえてきた。一瞬でも期待してしまった分がっかり度合いも大きいのだろう。勝手にぬか喜びした方が悪いと思うのだが。
「やだよそんな生殺し。それで僕に食事も作れって言うんでしょ?」
「ご名答。でも君、私に料理を振舞うの好きだろ?」
 全く疑いもせずに言う如月には十六夜が反論できないという自信があった。目論み通り、十六夜は言葉に詰まった。
……あーもう好き! そういうところ好き! 胃袋から掴んでやるんだからね!」
「ボクは好きだよ、君の手料理。もう胃袋は掴まれてるんじゃないかな」
 さらりと言うと十六夜はまた両足をばたつかせる。
「ああっ、惜しい! 料理じゃなくて僕のことを好きって言って欲しい! 嬉しいけど! ……言葉にしないならそれなりの態度で示して欲しいよねぇ」
「態度?」
「如月からキスしてくれる~とか? それくらいしてくれてもよくない?」
 そう言って十六夜は悪戯っぽく笑う。それを見た如月はちょいちょいと手招きをして彼をベッドから下ろすと自分の目の前に座らせた。まだ状況がよくわかってないのかきょとんとしている十六夜に対し如月の行動は早かった。身を乗り出して十六夜の頬に手を添える。そこまで来るとさすがに十六夜も理解したようでごくりと喉を鳴らした。あと少し近付こうとしたところでそれを遮るように目の前に人差し指を突きつけられた。彼はぱちんとウインクひとつするとその銀色の髪を揺らして、冗談だよ、とでも言いたげに笑った。
「なーんてね。いいよ無理しなくて」
 その余裕があるような笑みに少し腹が立ったのかもしれない。如月はそんな十六夜を無視して更にぐいっと詰め寄る。思わぬ行動に十六夜は戸惑い床に手をつきながら後ずさり、結果的に段々と体勢は傾いていく。藍色の瞳が真っ直ぐに十六夜をとらえる。
……なんで君はそうやってそこで一歩ひくかな。いつもは鬱陶しいくらい構ってって言い寄ってくるくせに」
「え、えっ?」
「私はちゃんと君のこと好きだよ、十六夜」
 十六夜の頬を両手で挟み込むように包むと目を閉じてその額に唇を落とした。彼はただ呆然とその大きな灰色の瞳を何度も瞬かせた。
……ずるーい」
 十六夜は見られたくないのか両手で顔を覆った。「照れてるの、なかなか新鮮でかわいいよ」とからかうように声を掛けると、ううっ、と唸った。「僕だって如月が照れてるの見たことないのに……」と悔しそうに歯ぎしりをする。十六夜の頬に添えた両手を離し、何事もなかったかのようにパンフレットに目を戻そうかとしたその時、腕を掴まれぐいっと十六夜の方に引き寄せられた。十六夜はバランスを崩しかけた如月を支えるように抱きとめる。如月の背中に腕を回し、逃げられないように閉じ込めた。
「怒らないでよ。これくらいいいよね?」
「ちょっと優しくするとすぐ調子に乗るから嫌なんだ、君は」
 咎めるように言いつつも拒む姿勢を見せない自分はやはり彼に甘い。これだから付け上がるというのに。そう自覚しながらもその身を十六夜に委ねた。幸い、一日はまだ始まったばかりだ。