生まれたときから、周りには信者しかいなかった。自分たちの崇める神を唯一とし、その招来のためならどんな犠牲も厭わない、狂ったカルト宗教。そのような環境で育った自分もまた、当然のように神を信仰していたし、異常であることにちっとも気づいていなかった。
大人になってからは表の顔は編集者、裏の顔は情報屋として生きてきた。情報は時に金銭よりも価値のある宝になる。情報収集のためならどんな汚い手でも使った。命を狙われることも多々あった。幾多の死線を潜り抜け、裏社会において"優秀な情報屋さん"としての地位を確立していった。しかしそれだって所詮仮の姿でしかない。そうやって得た情報の数々は結局すべて教団が有利に動けるようにするためだ。
その能力を買われて気づけば教団の幹部にまでのし上がっていた。陰気で神経質な教祖に対して軽口を叩けるのなんて教団内で自分くらいではないだろうか。
──6年前、神の招来計画がたった一人の殺し屋によって妨害された。
「クソッッ!! なんなんだよアイツ!! アイツのせいで儀式が行えないじゃないか! 永田、アイツについて調べろ!」
白く長い髪を振り乱しヒステリックな声をあげる若き次期教祖に肩をすくめる。
「はいはい坊っちゃん、そう言われると思って調べておいたぜ」
名前に経歴、調べ上げたことを報告すれば彼は不機嫌そうに脚を組んだ。
「結局、そいつの目的はなんだったんだ、僕たちの邪魔をするよう依頼でも受けていたのか?」
「さぁな、そこまではまだわかんねぇな。さすがに情報が少なすぎる。……ひょっとすると、いやなんでもねぇ」
この教団における最大の秘密。それは神との落し子だといわれている次期教祖がただの人間だということだ。生まれたばかりの時に取り違えられたらしい。そしてその取り違えられた本当の落し子がようやく見つかり、教団に迎え入れようとしていたのだが──この次期教祖はその話題が嫌いだ。何せ、幼い頃から大人たちに「偽物」のレッテルを貼られ人体実験を経て人工的に落し子もどきにされた劣等感の塊なのだ。「あの殺し屋、落し子の知り合いだったかもしれないな」という可能性を下手に話せば機嫌を損ねることは目に見えている。
「また何かわかったら教えるから、とりあえずホットミルクでも飲んで落ち着きな」
「ふん、さっさと用意しろ」
*
それからしばらくして、監視も兼ねてあの落とし子の肉親である作家と接触し"行方不明"になった弟の捜索も兼ねて担当編集についた。
そして、殺し屋と作家、運命的にも彼らは出会った。
彼らの動向を報告するたびに、自分が報告しろと言ったくせに次期教祖は不機嫌そうな顔をした。どうやら二人がそれなりに仲が良いのが気に食わないらしい。殺し屋と作家が馴れ合うなんて上手く行かないに決まってる、そう高を括っていたが──さすがに5年も続くとなればその信頼関係は確かなものだろう。
5年という年月は二人の絆を深めていっただけではない、自分の心境にも変化が訪れていることに薄々気づいていたのだ。
昔から本と言えば魔導書か教団の聖典か、そんなものにしか触れてこなかった。フィクションの世界に没頭することなど考えられなかった。
それがどうだ、はじめてあの作家の作品を読んだときの衝撃は忘れられない。こんなにも面白い世界があるのかと、感銘を受けた。殺し屋が大ファンになるのも頷ける。
月日を重ね親しくなればなるほど彼らを裏切っているという後ろめたさは常について回っていた。この平穏な日常はいつかは壊れる、儀式の準備が整うまでだ、とそう自分に言い聞かせ、彼らと笑い合いながらも一定のところで線引きをしていた、つもりだった。
ついにその日はやってきた。教祖に準備は整った、最後の生贄として彼らを教団に連れてこいと指示された。彼らには悪いとは思ったがそれが元々自分の使命だ、やるしかないだろうと腹を括った。依頼を装って二人を教団へと導いた。──俺の仕事はここまでのはずだった。あとは教祖が勝手にどうにかするだろう、と。いくら殺し屋の腕が立つといっても退廃が始まり人間を超越した教祖に勝つのは、無謀だ。
気づけば自分の足は教団に向いていた。今さらどの面さげて、と自嘲気味に笑いながら。彼らの最期を見届けたかったのだ──いや、ずっと彼らを騙してきた後ろめたさから早く解放されたかっただけかもしれない。結局自分のためだ。こうなりゃ全部タネ明かしだ。
「ご苦労だった、永田」
二人の横をすり抜け、二人に向き合うように教祖の前に立つ。
「悪いな、お二人さん」
懐から拳銃を取り出し、いつものようにへらりと笑った。
──せいぜい俺のことを嫌ってくれよ。
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