ぶんどき
2023-03-24 19:36:05
2385文字
Public TRPG
 

蜂蜜色の夢

愛罠蜂 現行未通過❌ オーナーのはじまりとか

 昔から、合理主義で無駄なことは嫌いだったくせに要領が悪く物事を覚えるのが苦手だった。それでも、生まれ持った魔術的素養と恵まれた美貌のおかげで魔術師として組織の幹部にまで上り詰めることができた。──しかし、そろそろそんな生活にも飽き飽きしてきたのだ。度重なる命の危機、世界がどうとか自分には関係ないし。どうしてこんなことに巻き込まれなきゃいけないんだ、とはよく思う。
 楓はベッドから起き上がりシャツを羽織る。ぺたぺたと裸足でキッチンまで赴く。そしてキッチンに立っている男に肩を寄せ覗き込んだ。彼もまた、身につけているのはシャツ一枚と下着のみだった。
「ホーネット、君っていつもセックスの後何か作って食べてるよね」
「あれ、楓がセックスの後すぐ寝ないなんて珍しいね」
 ホーネットはこちらをちらりと見遣ると微笑んだ。その笑みに悪意はなく、純粋に疑問を口にしているのだろう。
「いつもそんなだとさすがに気になるでしょ。何作ってるの?」
「鶏肉のグリル焼き」
「えぇ、こんな夜中に重すぎる」
「僕は肉が好きなんだ」
 得意気に彼は笑う。
「それは知ってる」
 それからしばらく、キッチンに立つ彼の横顔や手捌きを特に意味もなくぼうっと眺めていた。彼は手先が器用なのだろう、あっという間に鶏肉を捌き下味をつけ、合間に野菜や香草を詰めていく。時に鼻歌をうたいながら彼は流れるように調理を行う。洗練されたその動きは見ていて飽きなかった。
……ねえ、それ、楽しい?」
「楽しいよ」
 即答する彼に楓は少し慄いた。絶対的な自信を持って肯定できるような趣味、自分にはあっただろうか。
……ふぅん、じゃあ今度俺にも教えてよ」
 何故か自然とその言葉は口から出ていた。ホーネットも意外そうに目を見開く。
「え、いいけど……君が料理?」
「最近つまんないんだよね、組織も派閥争いとかでなんだかぴりぴりしてるし。何か新しい趣味見つけたいっていうか」
「ま、確かにね。楓は……こういう肉料理よりお菓子作りの方が好きそうだね」
 グリルから香ばしい匂いが漂ってくる。そろそろ焼けたのだろうか。
「そう?」
「君、小さくて可愛いもの好きだろ?」
 グリルの中から肉を取り出しながら彼が笑う。
「うん」
 肯定すると彼は程よく焼けた肉を皿に盛りつけ振り返る。
「じゃあぴったりだ」
……あー、俺そんな器用じゃないけどできるかな」
「誰だって最初は初心者さ」
「そういうもんかぁ。……ちょっと味見させてよ」
「はい、どうぞ」
 口を開けて待てばホーネットは鶏肉の切れ端を放り込んでくれた。スパイスと香草で濃いめに味付けされた肉だ。
……ん、おいし。やっぱ君上手だね、料理」
「まあね」
「さすがに夜中にこれ全部食べる気にはならないけど」
「僕が食べるから大丈夫だよ」
「ならいいや」
 宣言通りホーネットは肉を切り分けて一人ですべてを平らげた。満足そうな顔をするとそのままベッドに戻り眠りについた。



 ハッと目を覚ませばそこは店のキッチンだった。いつの間にかテーブルに突っ伏して眠ってしまっていたようだ。開いたままのレシピノートと転がっている筆記用具からして恐らく新作のレシピを考えていたのだろう。それにしても、随分と昔の夢を見ていたような気がする。そういえば、自分の料理の始まりはあんなだったっけ。
 最初は卵も上手く割れず焼けば焦がし本当に上手くいかなくて、正直何度もやめたくなった。しかし、成功体験というものはそれ以上に快感で美味しいものが作れると嬉しくなった。次第に自分の思い通りのものが作れるようになってくると楽しかった。そうしていつしか、自分の店を持ちたいとホーネットに話したのを覚えている。
 組織から逃げ出して、この世界に来て、念願の自分の店『L'érable』を開いた。もう、彼にも会うことはないと思っていたのだが──半身が時の腐肉喰らいになってでも会いに来てくれたことを思い出す。元気にしているだろうか。もう今度こそ、会うこともないだろうけれど。

 そんなことを考えていると私室の方から小さな人影が見えた。
「楓さん、もう遅いしそろそろ寝ましょ」
 様子を見に来たのはアルバイトの花梨柚杏だ。色々あって今は一緒に住んでいる。──本当に色々あった。
「あ、ユウくん……そうだね」
 レシピノートを閉じ、立ち上がる。
 キッチンの明かりを消し私室に戻った。

「楓さんがあんなところで寝ちゃうなんて珍しいですね」
「あ〜、疲れてたのかも」
 ベッドに潜ると柚杏はもう隣で丸くなっていた。蜂蜜色の柔らかい髪が布団から覗いていてそっと撫でると彼は布団から顔を出した。
「へへ……
 にへらと花が咲くような笑みを浮かべる。本当に可愛らしい子だ。
 柚杏がアルバイトの面接に来た日のことを自分はきっと忘れないだろう。よく客として店に来てくれる小さくて愛らしい子だと覚えていたから。「このお店で働きたいんです」そう言って熱い視線を向けられたあの日。それほどまでに自分の店を好いていてくれたことが、自分の作った菓子が誰かの心を動かしている事実が、確かに嬉しかったのだ。彼は愛想も要領も良く、よく働いてくれる。客からの評判もいい。雇って正解だと思った。
 そんな彼からは今、実に大きすぎる愛を貰っている。驚いたし戸惑ったし、今ですらどうしていいかわからない。恋なんて、そんな下らないものしたことがなかったから。しかし、そうやって彼から愛を受け取ることに悪い気はしないのだ。

 いつか、愛とか恋とやらがわかる日が来るのだろうか。それには長い月日がかかるかもしれないけれど──彼なら、物分りの悪い自分にも根気強く教えてくれるのかもしれない。

……おやすみ、ユウくん」