コーヒーミルに豆を入れ、一定のリズムでハンドルを回す。細かすぎると雑味が出て、粗すぎると酸味が強く出すぎる。「ちょうどいい」加減で豆を挽かなければならないのだ。もっとも、朝臣にとっての「ちょうどいい」は理論に基づいて計算し尽くされたものだが。
香の家で彼の道具を使ってコーヒーを淹れるのは最初こそ緊張していたが、今ではだいぶ慣れたものだ。なにせ、瀧野瀬香本人が「朝臣くんの淹れたコーヒーが飲みたい」と言うのだから、応えないわけにはいかなかった。
湯通しを終え、粉をフィルターにセットしタイマーをかけてお湯をかける。三十秒ほど蒸らせば後でお湯を注いだときに成分が出やすくなる。
次いでドリッパーをぐるぐる回し、粉とお湯を混ぜる。こうすることですべての粉にお湯が浸透し均一に蒸らせるのだ。
そしていよいよお湯を注ぐ。いつもの手順で時間とペースをきっかりに。ポタポタとコーヒーが硝子のサーバーに抽出されてゆく。光に透けて綺麗な色が見える。ふわりとこうばしい香りが鼻腔をくすぐった。
ぽたり。最後の一滴が落ちた。──うん、悪くはなさそうだ。
二人分のマグカップを戸棚から取り出しコーヒーを注ぐ。それを持ってリビングへ戻れば、香がソファでくつろいでいた。
「お待たせ、香さん」
テーブルに二人分のカップを置く。
「いい匂いがしたからそろそろ来ると思った」
香はやわらかく微笑んだ。彼がカップを持ち上げ口を付ける、その瞬間はいつだって緊張する。
「じゃあいただくね」
「ハイどうぞ」
「そんな緊張しなくていいのに」
彼はくすりと笑うがこちらからしたら大問題である。実力は悔しいがまだ彼のほうが上なのは確かだから。彼は口を付けひとくち飲むと、ほうっとため息を漏らした。
「……おいしいね」
そう呟くような一言が本心から出たものだとわかるからこそ、嬉しさが込み上げてくる。──この人を、自分の淹れたコーヒーで笑顔にできた。
緊張の糸が切れたかのように朝臣は大きく息を吐き、自分もまたカップに口を付けた。
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