ぶんどき
2022-08-08 19:45:11
1213文字
Public TRPG
 

夏、頼りになるのは。

片鱗 未通過✕ その後の二人の夏の話。

 事実は小説より奇なり。事件の真相がファンタジー的な力によるものだったミステリー小説を否定した私はまさに、その当事者になってしまったのだ。私達は完全犯罪を成し遂げた。この世界では、私達の罪を知る者はいないらしい。今頃あちらの世界ではどんな騒ぎになっているのだろうか。『留置所から女子高生脱走!?』そんな記事が上がっているのかもしれない。どんな名探偵がいたとしても犯人が見つかることはないだろう。一家殺人事件はこれで幕引きだ。
 新しいこの世界は、元いた世界と非常によく似ていた。建物の配置や街の様子はほぼ同じだ。学校があって、コンビニがあって、ゲームセンターがあって。ただ、確認したのだが私の家があった場所には違う家が建っていたし表札も別の姓だった。元からそんな家族いなかったかのようにその痕跡はなかった。正直、安心した。もうあの煩わしい家族に会わなくていいのかと思うと呼吸が楽になった。なるほどこれが「別世界」。創作のネタにでもなりそうだな、と頭の片隅で考えていた。
 今の生活はといえば、安いアパートの一室を借りてファミレスでバイトをしながら蘇芳と暮らしている。家事はもちろん分担制である。料理は大体蘇芳が作ってくれる。彼は意外と料理が上手いのだ。この世界で私達は異端だ。学校に通うつもりは端からなかった。女子高生というブランドがなくなったことは少し惜しいが、セーラー服を脱いだ代わりに「石上藍里」個人という存在を強く手に入れたのだ。
 蘇芳も私にくっついて同じファミレスで働いているが彼は致命的に接客業が向いていなかった。結果、料理するほうが向いていたこともあって厨房に引きこもっている。
「ねぇ、蘇芳〜。暑い〜」
 アイスを頬張りながら床でだらけていると蘇芳が顔のあたりをウチワで扇いでくれる。その風が心地よくて目を閉じる。
……夏だからな」
 蘇芳が苦笑する。窓は全開。頼りになるのは扇風機の風とウチワの風だけ。冷房は──最後の最後の手段だ。まだいける。
 梅雨が明けて夏真っ盛り。窓を開けているからか蝉の鳴き声が余計に五月蝿い。外は青と白のコントラストに眩しい太陽。別世界に来たとて、日本の夏は日本の夏なのだ。
「蘇芳はなんでそんな涼しそうなの」
「俺だって暑い」
「嘘ぉ、全然そんなふうに見えない!」
「騒いだってどうしようもないだろ」
「そうだけどぉ」
 アイスを一口かじる。バニラアイスはこの室温に耐えきれないのかもう外側が溶け始めている。
「あ」
 言ったそばからバニラアイスがぽたりと床に垂れた。じわりとアイスの染みが広がってゆく。
……そろそろ冷房つけるか」
……そうだね」
 異論はなかった。初めて稼働する我が家の冷房。ポチ、とリモコンを操作すれば多少変な音がしたものの吹出口から冷たい風が出てくる。
 ああ、これで夏はまだ乗り切れる。

 蘇芳と過ごす初めての夏はまだまだ終わらない。