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ぶんどき
2022-08-06 17:49:24
2660文字
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優等生と不良と海と
さよいい後、はろふれ前! 学校サボって海に行く栢山と松浦の話。
無人駅を降りると、潮の匂いがした。軽い足取りで進む松浦の後を早足でついてゆく。
靴の音が反響する。薄暗いトンネルのような通路を抜ければ、眼前には海が広がっていた。夏休み前の平日の昼間だというのに海水浴場には意外にも人がいた。浮き輪やパラソルのレンタルを行っている土産物屋の前を通り過ぎ、松浦は躊躇なく砂浜へと足を踏み入れる。
「おい。松浦、」
アスファルトの地面から呼びかけると彼がふりかえる。
「ん、何だよ?」
「その靴のまま砂浜に行くのか」
松浦の見慣れたスニーカーを見下ろす。自分にいたってはローファーだ。靴の中が砂だらけになるのは目に見えている。
「ビーサン買ってく?」
「そうじゃない。大体、午後の授業をサボってまでこんなところに連れてきて何のつもりだ?」
「たまにはいーだろ、こういうのも。ほらいいんちょーも来いよ」
「ぅわっ、おいっ?」
悪戯っぽく笑う松浦に手を引かれ、そのまま砂浜へと足を縺れさせる。勢い余って砂の上に踏み込むと靴が沈み隙間から砂が入ってくる。ザリザリとした感覚に今すぐ靴を脱ぎたくなった。
気を取り直し眼鏡を押し上げ、辺りを見回すとノボリが立っている建物がポツンと一軒。頻繁に水着姿の人が出入りしていることから海の家なのだろうとわかった。
「お、行ってみよーぜ」
松浦もちょうど同じ場所を見ていたのか、海の家を指さして言った。
二人で柔らかな砂浜の上を歩く。歩きにくいことこの上ない。日陰のないこの場所は太陽の光が何ものにも邪魔されず降り注いでくる。じわりと額や首もとに汗が滲む。斜め前を歩く松浦は長い髪をひとつに束ね、長袖のワイシャツを腕まくりしている。──俺よりも暑そうだ。そう思っていると彼は鞄から何か小さな扇風機のようなものを取り出し手に持った。スイッチを押すとふわりと風が舞い色素の薄い髪が揺れる。
「なんだ、それは」
「いいんちょー知らねぇの? 最近クラスの女子たちが持ってて涼しそうだなって思ってさ。小型扇風機、いいだろ」
松浦はそれをこちらに向けてくると風を当ててくる。威力は絶大とは言えないが確かに無いよりは涼しい。そんなものがクラスで流行っていたとは知らなかった。
海の家までやってくると、どうやら年配の夫婦が二人で切り盛りしているようだった。正直あまりこういう場所には来たことがなく、どうしたらいいのかわからない。ちらりと松浦を見遣れば、「おばちゃん、ラムネ二つちょーだい」と二本指を立てていた。財布から出した小銭を女性に渡し、代わりにラムネを二本受け取る。そのうちの一本をこちらに差し出してきた。
「はい。真面目ないいんちょーをこんなとこまで連れてきちまったし、俺の奢り」
「いいのか?」
「いいよ、ありがたく受け取っとけって。向こうで座って飲もうぜ」
海の家から少し離れた場所の石でできた階段に腰掛け一息つく。ラムネの瓶を手に持ったまましばらく眺め、隣りに座っている松浦に声をかける。
「これってどうやって開けるんだ?」
実はラムネというものを知識では知っていたが飲んだことがない。ビー玉が嵌まった水色のキャップを力づくで開けようとすると、「いいんちょストップストップ」と松浦が制した。
「そっかぁ、いいんちょーラムネ飲んだことないのか。これな、こうやって開けんだよ」
松浦は突起のついた透明な蓋のようなものを上から中に押し込める。すると、カランと音がしてビー玉が瓶の中に落ちた。炭酸の泡がシュワシュワと下からあがってくる。
「なるほど、勉強になった」
同じ手順で蓋を開けるとカランとビー玉が落ちる小気味良い音が響いた。
「そんじゃ、平日の昼間にカンパ~イ」
瓶と瓶をコツンと合わせる。一気に呷れば炭酸が勢いよく流れ込み、渇いた喉を潤してゆく。後に引く爽快感が心地よい。
「
……
美味い」
「だろー? お、いい飲みっぷりじゃん」
「炭酸は歯が溶けるから駄目だと親に言われてあまり飲んだことがなかった」
「ぽいな〜」
瓶の中で炭酸の泡が弾けては消える。そんな様子を栢山はただ繰り返し見ていた。今の状況、少し前の自分からしたら全く考えられなかった。皆が授業を受けている時間に友人と海でラムネを飲んでいるだなんて。そして、こんな状況に少しワクワクしている自分もいるのだ。いけないことだとはわかっていても、後で教師や親に怒られることになったとしても、今この時間を「楽しい」と感じていた。
ラムネを飲み干し瓶を片づければ、いよいよと言ったように松浦が靴と靴下を脱いだ。次いでスラックスの裾を捲りあげる。
「何する気だ
……
?」
「決まってんじゃん、せっかく海に来たんだぜ? 入らなくてどーするよ」
「正気か?」
「ちょっと足先つけるだけだって! いいんちょーも入ろうよ」
「いや、俺は別に
……
」
「せっかくここまで来たのにホントにいいのか〜? 後悔しても知らないからな〜?」
松浦のその目が楽しそうに輝いている。自由に生きている彼の言葉は自分にとっては甘い誘惑だ。それに安易に乗ることは得策とは言えない。
「
……
じゃあ、少しだけなら」
しかし、授業を放置してここまで来てしまった以上、もう何をしても同じだろうという気持ちはあった。それならば彼の言うとおり、せっかくここまで来たのだから我慢することはないのではないだろうか。
「そうこなくっちゃ!」
波打ち際へと駆け出す松浦を追うように、靴をその場に脱ぎ捨てる。裸足で砂を踏むと当然だが熱い。ジリジリと焦げるような熱さが足の裏から伝わってくる。
ぱちゃり。砂上の熱さを逃がすように躊躇なく海に足先をつける。思ったよりも温い波が足首までさらった。纏わりつく海水が気持ちいい。「いいんちょー!」と、自分を呼ぶ松浦が見せる無邪気であどけない笑顔は学校ではあまり見ないものだった。学校という箱は彼にとっては窮屈すぎるのだろう。
そんな彼を見ていると、自然と顔が綻んでくる。少しだけ、自分も自由に羽を伸ばせた気がした。
*
近くの売店で買ったアイスを食べながら、無人駅のホームで電車を待つ。自分たちの他に人はいない。劈くような蝉の大合唱が余計に暑さを増幅させる。松浦が溶けかけているアイスを舐めながら不意に漏らした。
「夏だな」
その何気ないひとことを放った横顔は、今日の午後の出来事は、一生忘れない思い出になるだろう。
「
……
あぁ、夏だな」
電車が来るまであと五分。
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