ぶんどき
2022-05-24 15:55:25
2661文字
Public TRPG
 

生きる言の葉

ドロディス自陣、『遺書屋』結成の話(ネタバレなし)

 ジョージが家に転がり込んできてから幾月の時が経った。生活していて彼についてわかったことがいくつかある。その大抵は有益な情報とは言えないような気はするが。
 まず彼は、生活能力がない。驚くほど家事ができないのだ。今までよく生きてこれたものだと逆に感心してしまうほどである。そのため掃除洗濯料理大体のことは私が担当になっている。正直、同居人が一人増えたことで家事の負担は減るかと少し期待したがむしろその逆で、世話する人間が一人増えただけだった。とんだ拾い物をしてしまったようだ。それでも協力するつもりはあるようで、風呂掃除と買い物の荷物持ち程度ならやってくれる。また生活費、趣味の費用、自由に使える分等々、金銭の管理も専ら私が行なっている。彼はあまり金銭には執着がないようだ。
 次にジョージは寝起きが悪い。自分も人のことを言えた身ではないが仕事が夜に多いため昼過ぎに起きてきてしばらく寝ぼけている。なぜか台所や洗面所の前で寝ていたりする。寝起きの人間の顔なんて酷いのが当然だが、そんな寝起きの顔ですら文句なく整っていて、むしろその眠たげな表情には起きている時では見られない気だるげな色気すら感じるのだから相当素材が良いのだろう。
 また、彼は酒が好きなようでよく晩酌に誘ってくる。私も人並みに、嗜む程度には飲むものだから大体断ることもなく酒を共にする。しかし当の彼は酒に滅法弱く、毎回誘ってくるくせに真っ先に酔い潰れるのだ。楽しそうなのは何よりだが後始末は私の仕事である。
 ついこの間、ジョージが「ペンを貸してほしい」と言ってきた。何をするのかと尋ねると、はにかみながら「秘密です」と言われた。私は収集品の中から最も使いやすいものを選んで彼に渡した。翌日、彼が出かけているときに部屋を覗いてみると、机の上に紙が大量に置いてあった。それは先日私が捨てたはずの手書きの書類の数々と、それを写経したものだった。流石に首を捻ったが、少し思い当たる節がある。そういえば彼は、私の書く文字が好きだと言っていた。彼が写経したであろう文字は元の私の文字に比べるとバランスも悪くお世辞にも綺麗とは言えない。しかし、私の文字を手本にして書いたのであろうことは伝わってくる文字の癖だった。もしかすると、文字を綺麗に書く練習をしているのかもしれない。こういった一面を見ると家事ができなくとも憎めなくなってしまうのも私らしくない。
 そして何よりも、ジョージはれっきとした殺し屋である。仕事がある日は夜な夜な出かけて血を浴びて帰ってくる。微細な怪我の手当てなら何度かしたことがあるが、基本的に彼に付着している血液は返り血だ。それほど大きな傷の手当てをまだしたことがないことからやはり相当な実力の持ち主なのである。まだその実力を自分の目で確かめたことがなかった頃、その現場に一度ついて行ったことがある。
 そこで彼の仕事ぶりを見て、私は初めて彼に対し畏怖し感嘆のため息を漏らした。鳥肌が立つほど美しかったのだ。月のない夜に、暗闇に溶けるように彼の長い髪が揺れる。小さく地面を蹴る音がしたかと思うと彼が持つ小さなナイフは的確に人間の急所を切り裂く。鮮血が飛び散り、彼の白い肌に赤のコントラストがよく映えた。その手際の良さにターゲットは悲鳴ひとつ漏らす隙も与えられず絶命する。
 その遺体を今度はメスで解剖し始める。皮膚を裂き、臓物を取り出し、丁寧に綺麗に死体を始末するのだ。
 彼の深い海のような瞳は驚くほどに澄んでいた。それは殺しを快楽として楽しんでいるわけでもなく、誰かに強制されているわけでもなく、ただただ己の信条に従って善行を重ねているような、そんな一片の濁りもない瞳だった。

 それ以来、私は彼の仕事ぶりを忘れられずにいる。流石に毎回ついていくのも迷惑だろうと自重しているが、できればもっと近くで見たい、よく見たいという欲求に駆られているのも事実だった。
「死ぬ直前の人間って、一体何を考えているんでしょうか」
 ジョージが唐突にそんなことを言い出したのは彼が殺しの仕事を終えて帰って来てからのことだった。
「どうしたんですか、急に」
「いえ、わたしは依頼を受けてターゲットを殺害するのが仕事なのでいちいちそんなことを聞く必要もないんですけどね。基本的に会話はしませんし。もし、最期に言葉を残せるのなら何を残すのだろう、と少し気になったのです」
 彼は神妙な面持ちでそう呟いた。
「最期に残す言葉、ですか」
「これまでの人生を振り返った懺悔か、はたまた親愛なる誰かに向けたメッセージなのか、どのみち誰かに何かを伝えたくても叶わないまま死ぬんでしょうね。人生の終わりって唐突ですから」
……では、死ぬ前に遺書を書かせたらどうでしょう」
「遺書?」
「本人が死んでも、遺書として書き遺した言葉は永遠に生き続けるんです」
 師が何者かに殺害されたあの日、診療所のデスクの中から見つけた私宛の遺書を思い出した。死人に口無し。事切れた彼が言葉を紡ぐことはもうない。しかし、彼の言葉は遺書として私に伝えられた。口下手で、気難しいあの人の心のうちが全て綴られていた。死してもなお私の心は確かに揺り動かされたのだ。
「ターゲットに遺書を書かせる、ということですか?」
「はい、そしてその遺書を届けたい人の元へ届けるんです。その役目は私が担いましょう。特別に私の収集品も貸してあげます。人生最期の文字くらい、綺麗なペンとインクで書きたいでしょう?」
……すごい。ナオミ、いい考えだと思います。死ぬ前に遺書に懺悔を認めれば多少は神の赦しを得られることでしょう」
「あなたが殺して私が届ける。……そうですねぇ、『遺書屋』とでも呼びましょうか」
 少し安直すぎるだろうか。そう思い悩んでいるとジョージは柔らかく微笑んで言った。
「いいですね、『遺書屋』。わたしとナオミ、二人で『遺書屋』です。これから、どうぞよろしくお願いします」



 いつの間にか、『遺書屋』の存在は裏社会中に広まっていた。五年もこんな奇妙なことを続けているのだから当たり前かもしれない。未だに何をしているんだと笑われることだってある。
「ナオミ、その遺書は?」
「ああ、こちらは長年会っていない兄弟に届けてほしいそうです」
「へぇ」
 誰に理解されなくたっていい。我々には我々の美学がある。
 黒いコートを翻し、今日も闇夜へと消えてゆく『遺書屋』の二人の姿がそこにはあった。