目を覚ました頃には太陽が真上までのぼっていた。それはいつものことでもある。遺書屋としての仕事は大概夜中であるし、診療所の方は毎日患者が来るわけでもない。当分こりごり、という気持ちではあるが。
幸い少しくらいなら何もしなくても食べていける程度には稼いでいるのでしばらくそちらの方は閉めてしまってもいいかもしれない。
二人用の寝台で、隣で眠るは見目よい相棒。瞼からは長い睫毛が伸びて時おり揺れている。これぞ泥中の蓮とでもいうのだろうか。こんな掃き溜めのような社会で長年生きている私からしたら、その輪郭の美しさですら眩しく見える。とは言ってもいつも返り血に濡れているのは私よりも彼の方だが。
青黛の長い髪が布団の中から覗く。陽光を反射して艶めくそれは癖っ毛ではあるものの細くて綺麗だ。
そんな彼の寝顔など、もう何年も見慣れているというのに、ただ一つ今までとは違うところがある。それは、私も彼も衣服と呼べるものを下着一枚しか纏っていないところだ。その状況からして昨晩此処で何があったかは明白だろう。もちろん、私達は恋人同士でもなければ所謂セフレという関係性でもない。ただのビジネスパートナーというだけの関係性でもないことも確かではあるが。
互いに既に汚れきった日陰者だ。それならば、こうして爛れて、堕落した生活もたまには悪くはないだろうと思ってしまう自分もいる。恋慕の情が無くとも身体を重ねて快を得ることは可能だが、私だって誰でもいいと言うほど持て余してもいないし若くもない。相手くらいは選ぶ。
恋情とはまた違うが、彼を愛しく思う気持ちは確かに存在している。彼の全てを知っているわけでもないし、自分の全ても教えていない。それでも、これほどまでに無防備な姿を晒せて身を委ねられる人間は私の人生において彼くらいなのだろう。──そう思える相手と巡り会えたのだから、人生捨てたものではないのかもしれない。
寝台に身を沈め、物思いに耽るこの緩やかに流れる時間も嫌いではない。穏やかな寝息をたてている彼を見ていると、到底昨夜の男と同じとは思えないが。
どちらから誘ったかなんてもうどうでもよかった。にこやかな表情とは裏腹に優しさを知らない自分本位で多少強引な口づけや行為の数々。それでも的確に弱いところを抉ってくるものだから、漏れ出るくぐもった声は自分のものと思いたくないほど甘ったるく、それを堪らえようとシーツを引っ掻くように掴んで、さらに吐息が漏れる。するりと指を絡められ、まるで逃さないと言われているようだった。終盤はもう思考力が低下して、そのやたら整った彼の顔に、低く甘い滑らかな声に脳髄が痺れてよく覚えていない。
私にも羞恥心がないわけではなく、昨夜のことを思い出せば頬に紅が差し目を逸らしたくなる。しかし、抱かれた欲目だろうか、身体の相性が良かったのか。そこまで悪い気はしないのだ。充分すぎるほど気持ち良かったことも確かだった。
そうしてしばらく彼を見つめていると、不意にゆっくりと瞼が持ち上がり、濃藍を湛えた瞳がこちらを見て、目が合った。
「……おはようございます、ナオミ」
そのあどけない寝ぼけ眼はまだ微妙に焦点が合っていないように思える。
「おはようございます、ジョージ。よく眠れました?」
「ええ、おかげさまで。……そういうナオミはどうですか、身体の方は」
「大丈夫ですよ。でも、もう少しこのまま惰眠を貪っていたいですねぇ」
ふっと目を細め、彼の髪を少しすくって指先で弄ぶ。
「……ナオミって意外とムードとか情緒とか大事にするタイプですよね」
もぞ、と動いた彼の脚が私の脚に触れる。そのまま足の指でツ、と軽くなぞられる。
「どうでしょうね。まぁ、少なくともあなたよりはあると思っていますが」
にこりと彼が思わせぶりに微笑む。しかし私は知っている、彼がこの顔をするときはわかったつもりでよくわかっていないときだ。
この五年間で彼──ジョージについて、癖だとか、仕草だとかそんなどうでもいいことばかり知ってゆく。素性も過去も年齢も、本名さえ知らない。しかし、そんなものは知らなくてもいいのだ。
今目の前に映るものだけが、その触れ合った体温だけが真実なのだから。
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