ぶんどき
2021-11-22 07:57:44
2088文字
Public TRPG
 

君はポラリス

都市伝説課 未通過✕ その後の二人の話

 ──もし、あのとき鍵を使っていたら。たまに夢に見るのだ。人間として、人間らしい生活をする加藍を。そのとき自分がどこにいるのかはわからない。彼が人間になったことで自分は消えたかもしれないし相変わらず都市伝説課に勤めているかもしれない。加藍に接触することは叶わないかもしれない。
 しかし、彼はあんなに素直で愛嬌があって色んな人から好かれる人間だ。もう自分がいなくとも、一人の人間として歩むことだってできるだろう。子の成長は早い。ずっと子どもだと思っていたのにいつの間にか自立した大人になっているものなのだ。
 しかし、加藍がそれを望まない以上、彼を人間の道に戻すのは自分の自己満足でしかない。そうはわかっていても、それでも考えてしまう。自分の側に置いておくことこそ自己満足なのではないか、とか。自分の側にいることこそがあの子にとっての幸せだと思い込むのはさすがに自惚れすぎだろうか。
 彼にとっての本当の幸せって何だろうか。
 
「どうしたんすか、先パイ? ぼうっとしてましたけど」
 その声でふと我に返った。琥珀色の瞳が覗いている。そんな捨てられた子犬のような顔で見ないでほしい。
……何でもないよ、ごめん。ちょっと疲れてたみたいだ」
 そういえば事務仕事の途中だった。軽く伸びをして机上の書類を片付ける。
「えぇ、無理は禁物っすよ〜」
「はは。そうだね、うん。ちょうど今終わったところだからそろそろ帰ろっか。あまり残ってるときさらぎに怒られそうだし。あ、鍵よろしくね」
「はぁい!」
 気づけば外は随分と日が落ちている。橙色の太陽が西の空にほんの少しだけ頭を出しているのが窓から見えた。都市伝説課に残っているのはもう自分と加藍だけだ。夕方と夜の境目は世界そのものが曖昧で、怪異も姿を現しやすい。──悪さをするやつが出てこなきゃいいけど。この課に配属されてからついそんなことを考えてしまう機会が増えた。

 市役所から出れば、群青色の空に散りばめられた星々がよく見えた。特に北の空で一際煌めく星は存在感を放つ。それは正しい方向を指し示す目印となる星。臘梅にとってそれは、まさしく後輩の加藍だった。臘梅の世界は彼を中心に構築されている。比喩でもなんでもない、事実だ。自分は彼が願って生まれた怪異なのだから。自分の存在意義をそう自覚してからというものの、より一層彼を守りたい気持ちが強くなった。俺たちの平穏な日常は誰にも邪魔させない。
「あの星、めっちゃ明るいっすね!」
 夜道を歩いていると不意に加藍が空を指さして声をあげた。つい先刻まで自分が見ていた星だ。
「あぁ、北極星のこと? あれはね、常に北の空に輝いているんだよ。一年を通してほとんど動かないの。だから正しい方角を測るときの目印になるんだって」
「へぇ〜、ボクにとっての先パイみたいな感じっすかね?」
 にぱっと加藍が笑みを浮かべる。
……え。そう? 俺?」
「え、逆に他に誰がいるんですか?」
 あまりに自然に口から出てきた彼の言葉にどきりとした。自分は真逆のことを考えていたというのに。
 確かに、『都市伝説課』という職場の括りで考えれば確実に知識と経験を積んでいるのは自分の方だし先輩という立場に間違いはない。
 ──自分はこの子を正しい道へと導ける先輩になれているだろうか。
……あ〜コンビニで肉まんでも買っていかない? お腹すいたでしょ。もちろん俺の奢りで」
「え! いいんすか!? やったぁ!」
 そう言って明るいコンビニの中に入ってゆく。加藍は素直に喜んでくれているが、結局自分はこんなことでしか先輩らしさを発揮できないのである。後輩との付き合いは上手い方なつもりでいたが案外自分は下手かもしれない。
 北極星までの距離は約430光年らしい。そんな何百年という光年の前では自分たちの生涯など取るにならないだろう。いや、怪異である自分たちはもしかしたら互いが互いの存在を証明し続ければ半永久的に存在し得るのかもしれない。
 普段は人間の真似事をしているが自分たちはヒトならざるものだ。しかもヒトの噂や思い込みから成り立つ実態が曖昧な『都市伝説』だ。その事実をこうして受け入れて、誇りにすら思えるのは他ならない加藍のおかげだ。彼があのときくれた言葉の数々を片時も忘れたことはない。
 凍てついた夜空に吐く息が白い。赤くなった指先をあたためるように両手で肉まんを持つ。隣で加藍もはふはふと肉まんを頬張っている。
 ──こんな日常がずっと続けばいい。これは些細な願いだ。生死をかけた大層な願いなんかじゃない。やっと手に入れた自分と加藍の小さな幸せ。
「やっぱり君は俺にとっての……
 ポラリスだなって。小さな独り言は地面にぽつりと落ちて消える。
「ろーばい先パイ? 何か言いました?」
「ううん、何でもないよ。美味しい?」
「美味しいっす!」
 加藍は一等星にも劣らない眩しい笑顔を向けてくる。

 北極星は今も昔も変わらない場所で光を放ち続けていた。それはまるで自分たちの行く末を照らすように。