うだるような暑さの八月が過ぎ、九月に入った途端気温は一気に下がった。そんな世間が温度差でやられている中、栗平五月は一人でずっと頭を抱えていた。いくら暑さで頭がおかしくなっていたとはいえ、腐れ縁の幼馴染みとあんな──悲しいことにあのときの感覚はしっかり覚えている。思い出すだけで顔から火が出そうだ。死にたくなるほど恥ずかしいことしたし言った、記憶がある。今すぐ頭打って忘れたいレベルだ。今後どんな顔して弥生に会えばいいのかと思ったが、当の本人は最初からそんなことなかったかのようにけろっとしていて、意識しているのは自分だけみたいなのがまたなんだか悔しい。
まあ、こんなに気にしていても仕方ないか。そろそろ奴もあんな事件ごと忘れている頃だろう。あれはそう、一夏の蜃気楼のようなものだったのだ。
「うぅ……」
冷蔵庫に入っている麦茶に恐る恐る手を伸ばす。あれからしばらく麦茶を飲んでない。飲めるわけがないだろう。しかし、そろそろその呪縛から解放されるためにも、と敢えてスーパーで麦茶を買ってきたのだ。渇いた喉は水分を欲している。飲みたい。ごくりと唾液を飲み込んだ。秋に染まりつつあるとはいえまだ暑い日は続いている。
ペットボトルのキャップを開けて口をつける。冷たい麦茶が流れ込み、ゆっくり喉を潤してゆく。当然普通に美味しい麦茶だ。何も体調の変化もない。
──からん、と氷がとけてぶつかる音がして。そして、それから、火照った身体を、その熱を逃がすように、必死に弥生を求めて──
「だぁーーーーーー!!!」
「ち、ちがっ……や、」
ぐるぐると頭の中を巡る記憶を振り払いながら、ぶんぶんと勢いよく首を横に振る。勢い余ってこぼれた麦茶が足にかかる。
「つめてっ。……もぉ、バカ〜〜〜弥生のせいで…全部弥生のせ…………あ〜あ、俺から頼んだんだった」
すべて弥生のせいにしてしまえたらどれだけ楽だったろうか。そうできないのは、むしろ自分が弥生を付き合わせてしまった立場だからだ。当たり前だけどあいつ男抱いたことないって言ってたし。俺だって男に抱かれたことねーよ。申し訳ないことしたな、と少しは思っている。
しかし自分が暑さで狂っている間、あいつずっと扇風機の前で涼んでいなかったか? ということを思い出すとやはり弥生にも責任はあるのではないだろうか。
それにしてもあいつもよくもまあ、いくら頼まれたからとはいえ腐れ縁の幼馴染みの男を抱けたなぁ、などとぼんやり思う。あいつもやっぱあのとき暑さで頭やられてたのかな。きっとそうだろう。
今でも、あの熱を覚えている。──あのときの、快感も。あの大きな手のひらと長い指に触れられた箇所が時折、再び触れられるのを待っているかのように疼くのだ。涼し気な、それでいて僅かに熱の籠もった弥生の視線。流れる汗が雫となって畳へと──
「やだもう麦茶きらいっ!」
飲みかけのペットボトルを冷蔵庫の奥底にしまって、バタンッと扉を勢いよく閉めた。
やけに顔が熱いのは、この残暑のせいに違いない。だって、九月はまだ暑いから。
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.