隣で眠る朝の寝顔を見ながら月美はほんのつかの間の安息を感じていた。「体調悪いならここで寝たら」そうぶっきらぼうに言い放った彼の言葉に甘えてベッドの中に潜り込んだ。彼なりに心配してくれているのだろう。怪しまれてもいい、頭のおかしい女だと思われてもいい、冷たい態度を取られてもいい。──朝さんが生きていてくれるのなら。
「……あと、一日」
明日ですべて決着がつく。何千回、何万回にも渡る時間遡行もこれで終わりだ。
彼の体温をこうして間近に感じるのはいつぶりだろう。もう、こんなことできないと思ったのに。彼の警戒心が強いのはわかっていたから。
あたたかい。生きている。彼の心臓が、動いている音がする。それだけで満足だった。私のことを知らなくてもいい、この時間が永遠に続けばいいと思った。
月美は目にかかっている朝の前髪をかき分ける。顔を覗き込むと長く伸びた睫毛がよく見えた。相変わらず綺麗な顔だ。その頬にそっと触れる。触れるだけだ。しかし、やはり。一度触れてしまえばもっと欲が出てしまう。
身体を起こし、彼の額にやさしくくちびるを落とす。──どうか、今は起きないで。ふいに、ぽつりと彼の額に水滴が落ちた。それはどうやら自分の目から零れているようだった。慌てて顔を上げ、目元を拭う。
「……ごめんなさい、わけわかんないですよね。急に知らない女に監禁されて、愛を囁かれて。私ももう、よくわからないんです。自分が何をしたいのか。あなたを生かしたい、ただそれだけのために動いているんです」
懺悔のように言葉を紡ぐ。
「叶わないわがままを、言ってもいいですか」
誰も聞いていない、独り言だ。
「あなたは生きて帰って、これからの人生を歩むことでしょう。この時間に生きる私と出会うか、はたまた別の誰かと幸せに……」
ぽろり。自分で言っていて再び涙が込み上げてきた。
「でも、私……本当は、本当は誰にもあなたを取られたくない。何も知らない過去の私にさえ。このままここに閉じ込めておきたい。それが無理なら私を、忘れないでほしい。どうか、覚えていてほしい」
震える声で呟いた。私は強くなんかないの。この一世一代の計画を遂行するために精神も正気も削って、本当はもうぼろぼろだ。涙が、ほろほろと頬を伝う。それを拭う。こんな顔、彼には見せられない。
「──すみません、忘れてください」
頭がくらくらする。体温の上昇を感じる。月美はもう、自分の身体の限界を感じていた。今にも意識が途切れそうだ。嗚呼、これは罰だろうか。世の理に反することをしようとしている自分への。しかし、神なんて今さら信じない。もし神なんて存在が本当にいるのならこんな悲劇にはなっていないはずだ。
どこまで保つだろうか、せめてあなたの行く末を最後まで見届けさせて。
*
轟々と燃える炎のなか、自分の頭にはヴェールが被さっていた。それはヴェールだなんてそんな大層なものではない、彼の白衣だ。彼が愛おしげな眼差しで自分を見つめている。左手を差し出せば、その薬指に煤で汚れた指輪が嵌められる。溢れそうな涙を必死に堪え、最大の笑みを浮かべる。
──私は幸せだった、間違いなく。あなたのおかげで。だからこれは嬉し涙だ。
ありがとう、朝さん。私を選んでくれて。
ありがとう、あなたの手で終わりにしてくれて。
この愛を、これ以上どうやってあなたに伝えようか。
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