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yasaka
2022-11-25 22:30:27
9626文字
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【JJST】Straight as an arrow
バイクで二人乗りする話(STID直後)
TOSカークの乗馬がAOSでバイクになってるところに両者のキャラクターの違いがあると思ってます。
March 8, 2021
「排煙と燃焼由来の
一酸化炭素
CO
、
硫黄酸化物
SOx
、
窒素酸化物
NOx
などの排出ガス。炭化水素と窒素酸化物などが光化学反応を起こして生じるオゾンやペルオキシアシルナイトレートなどの光化学オキシダント。燃焼や石油製品からの揮発などが由来の揮発性有機化合物。いずれも、周辺環境だけでなく人体に対し無視することのできない有害な影響を及ぼします」
茂った木々の間を、心地よい風が吹き抜ける。
東の空から降り注ぐ初冬の日を浴びて、鳥たちが遥か高くへと舞い上がっていく。その先に待つのは、彼方に広がる蒼い大海原か、それとも周囲に連なる緑豊かな丘陵か。一面に広がる雄大な自然を背景に、ヴァルカン人の解説が退屈な講義のように無機質に響いていく。
「動力源として内燃機関が廃れた理由はそれだけではありません。燃焼時に発生するエネルギーの二割から三割程度しか仕事量を取り出せないこともこの機構が孕む致命的な欠点でした。 なお、前述の数値は機関内のみでの計算であり、実際には他の機構へ伝達する際にさらなる損失が
……
」
「オーケイ、ミスター・スポック。古式ゆかしい内燃機関が非常に非効率であり、かつ過去の地球環境や人々にもたらした功罪についても、ある程度は理解しているつもりだ。君ほどじゃないだろうけどな」
サイズの合っていないライダースジャケットをだぶつかせながら、カークがうんざりした顔を上げた。
「で? 内燃機関とそれを利用したコイツの有害性についてわざわざ出張講座に来たわけじゃないだろう?」
カークはそう言いながら手元のハンドルをぺちぺちと叩く。
そう、彼が今腰を掛けているのはエンタープライズ号のキャプテンチェアでも、司令部に用意された士官用のデスクでもなく、サンフランシスコからほど近い自然公園内に駐められた大型自動二輪車の座席だった。しかも座席下の形状を見るに、その二輪車はもはや骨董品とも呼べる代物だ。ガソリンを燃料とした内燃機関方式で駆動するものらしい。重力制御技術を利用して宙を走るエア・カーや、車輪駆動であってもより簡易な電動式が現代の主力だ。そんな中、このような古風な内燃機関式を利用し続けるのは、今やよほどの好事家か趣味人ぐらいなものだろう。
スポックは上官がまたがる巨大な年代ものをチラリと見やると、大真面目な顔でうなずいた。
「ええ。ドクター・マッコイの表現をそのまま借用するならば、『ビーコンを勝手に外して姿をくらませた不良患者を連れ戻してこい』と」
---
今を遡ること数ヶ月前。宇宙艦隊は無差別攻撃に見舞われた。
表向き「凶悪テロリストと組んだ艦隊内部過激派によるテロリズム」と報じられたその一件では、奇跡的に墜落をまぬがれたエンタープライズ号の英雄的な活躍により、艦隊は間一髪で壊滅を免れていた。
一方、奇跡の立役者として様々に喧伝されていたカークは、到底表沙汰にできないような過酷な経験をしていた。ワープコア内に飛び込み、文字通り致命傷となる高エネルギー線を浴びて一度は死亡。テロリストこと優性人類カーンの血清によって蘇生するという、奇跡という言葉ですら形容しがたい生還を果たしたのだ。二週間掛けて無事意識を取り戻したものの、細胞レベルで破壊された身体がそう簡単に元に戻るはずもない。痛めつけられた心身を回復させ、どうにか自力で歩き回れるようになるまでの半年もの間、病院内でのリハビリに徹していたのだ。
数日前にようやく退院許可が下りたことで、日頃と変わらぬ生活に戻りつつはあったが、まだ艦隊士官としての現場復帰は認められていない。あくまで自宅療養期間であり、地上でもカークの監督医を務めるマッコイの監視の下、復帰に向けたリハビリを続けている
——
それがカークの現状だった。
しかし、アカデミー入学以前から自堕落な環境で生きてきたカークにとって、医師の監視下による健康的な日常というのは、極めて馴染みの薄い、端的に言えば「窮屈」を感じさせる以外の何ものでもなかった。退院祝いに一杯やろうとすれば管理用ビーコンからけたたましい警告音が鳴り、酒場に繰り出して市井の女性と『親交』を深めようとすれば、どう察知したものかすかさずマッコイの怒号が響き渡る
……
。マッコイの介入の頻度は、もはや医師の管理範囲を超えているのではないかと疑い始めるほどだ。入院の間こそ模範囚の如き生活を大人しく享受してきたカークだったが、一回死んだ程度でそうそう人の性格が変わるはずもない。
そんな度重なるお節介に業を煮やした彼は、隙をついてビーコンをむしり取ると、目的地も定めず勝手気ままなツーリングへと飛び出した。
ようやく手に入れた自由な時間だった。まるでカークを祝福するかのような素晴らしい早朝の光の中、雨上がりの山道を気持ちよく駆け抜け、見晴らしのいい丘の上でのんびりと小休止を楽しんでいた。
……
というのに。突然、転送の光と共に艦隊制服姿のスポックが現れたのだ。心底興ざめと言うより他に言葉がない。
---
「脱走患者の追跡如きで多忙な『艦隊中佐』を駆り出すとは
……
職権乱用にもほどがある」
「前提として、医師の管理が必須とされる療養期間中にもかかわらず、行き先も告げずに外出された『艦隊大佐』に問題があるのでは?」
嫌みったらしく口をとがらせるカークに、スポックの容赦のない指摘が飛ぶ。
確かに、スポックの指摘通りマッコイに行き先や日程を提示した上で外出許可を求めれば良かったわけだが
……
そもそもそういった医者の干渉を嫌ったが故に飛び出てきてしまったのだから仕方がない。
この話題が続く限り、どうあがいても反論しようがないと悟り、カークはちらりと視線を動かした。
「
……
そんなことより、君はどうやってここにきたんだ?」
露骨な話題転換に、優秀なヴァルカン人は片眉を跳ね上げただけだった。
「ミスター・スコットに助力を乞いました」
「なるほど。多忙な『艦隊少佐』まで巻き込んだか。素晴らしく論理的だ」
艦長カークと同じく、一時は廃艦すら囁かれるほどの致命的ダメージを負ったエンタープライズの修復という途方もない大事業を現場で指揮しているスコットは、現状クルーの中でもトップクラスに多忙な人物だった。もっとも、正規の機関長として着任以降たった一年半程度で、艦船ドック整備士たちが匙を投げるほどの好き勝手な『おめかし』をエンタープライズに施していたというのだから、その多忙さは自業自得と言える。
とはいえ、そんな機関長だけでなく、副長のスポックまでが捜索にやってきたとなれば話は別だ。艦長不在という状況で艦の修復や地上業務を一手に引き受け、誰よりも膨大な業務と責任を背負っているはずのスポックが、それらを差し置いてここにいる。カークの軽率な行動は、よほど切迫した事態として捉えられてしまったらしい
……
無言のまま何やら思案げな表情を浮かべ始めたカークを眺め、今度はスポックが口を開いた。
「今度は私から質問をしてもかまいませんか?」
「もちろん」
「何のためにこのような場所へ?」
スポックからの問いかけに、カークは唸るような声を上げる。そして例の復活以降、ずいぶんと色味が濃くなってしまった前髪をいじりつつ、カークは考え込むように言った。
「この答えに、君が納得できるかはわからないが
……
」
カークの表情は、何かしらの抗弁を考えているというよりも、ただ苦心しているように見えた。文化も慣習も考え方すら全く異なる異文明の友人に、どう表現すれば伝わるのか
——
そう模索しているかのような顔だ。
「気分転換かな」
「気分転換」
反響のように何の感情もなく返ってきた言葉に、カークは言葉を選ぶようにして続けた。
「何というか、ここに来ることは目的じゃないんだよ。目的はただ走ることだ。
……
アカデミーに入る前はよくやってたんだけどな。いろいろあってムシャクシャしたときは、こういう非効率な乗り物をぶっ飛ばすといいんだ」
「その理屈は理解できません」
「だろうなぁ」
あまりにもあっさりとしたスポックの反応に、カークは苦笑を浮かべる。
そんな上官の反応にしばし逡巡した後、今度はスポックが話題をずらすことにしたらしい。
「
……
ところで、この自動二輪車はどうされたのですか?」
「借りたんだよ。近所のダイナーの親父さんに『最近ちっとも走らせてやれず、可哀想だ』って泣きつかれてね。さっき話したように俺も久々に気分転換したいところだったし、ちょうど二人の利害が一致したんだ」
ヴァルカンの論理からはかけ離れているであろう答えを平然と返すカークに、スポックは先ほどのような即座の否定は示さなかった。相変わらず表情は生真面目なまま「意図は計りかねますが」と言葉を置いてから、スポックはわずかに柔らかさを感じられる口調でこう続けた。
「趣味的な事象に興味が戻るというのは、精神状態が安定してきた証拠であり、非常に好ましい傾向です」
思わぬ返答に目を見張るカークに、スポックは素早く首を振った。
「当然ながら、事前に私かドクターにご相談をいただければ、なお良かったのですが」
「
……
わかったよ。次出かけるときは必ず事前に連絡する。約束だ」
半年間の入院中どころか、その原因となったカーン事件、あるいはその前の惑星ニビルの一件からか。己の未熟さ故の暴走によって散々負担を掛けてしまっている彼に、そう安心したように言われては流石に反抗しようがない。
「では、ジム。さっそくですが戻りましょう」
見る間にしおらしくなったカークの前で、スポックは見慣れぬ装置を取り出した。カークが何かと首をかしげるうちに右手へ押しつけられたそれ
——
その正体に思い至った途端、カークの表情がさっと変わる。
「待ってくれ! これは人員転送用のマーカーだな? 君は俺をこのまま、怒り狂ったボーンズの前に転送する気か?」
「私もご一緒します」
目下最大の問題をまったく認識できていないらしいヴァルカン人に向かい、カークは大きくかぶりを振ると声を荒らげて反論した。
「そうじゃない! 二人とも転送したら二輪車はどうするんだ! 人様の愛車をこんな山中に置きざりにする気か? そんな無責任なことできるわけないだろ!」
「ですが
……
」
「わざわざ回収のために別のクルーをよこしますとか高慢なことを言うなよ? 俺個人が借り受けたんだからクルーは無関係だし、俺自身が責任持って持ち主に返すのが礼儀だろう。町まで戻って礼を言ったら必ず顔を出すからって、先に戻ってボーンズに伝えておいてくれ!」
青白い手の中にマーカーを押し戻しながらカークはそうまくし立てる。
おそらくカークが着ているサイズ違いのジャケットや革のグローブ、今まさに被ろうとしているフルフェイスヘルメットといった一式も、持ち主に返す必要があるらしい。何の論理矛盾もないカークの反論に、スポックは非常に不本意ながらも反駁の余地を見出せなかった。不満
——
と呼ぶには曖昧な何かが腹の底に沈み、スポックは憮然とした表情で立ち尽くす。
そうして沈黙したままの相手をどう思ったか、カークは出発準備を止め、ヘルメットのシールドを上げると
……
その碧い瞳を細めながらスポックに尋ねた。
「なんだ。
……
後ろに乗りたいのか?」
---
「ステップに土踏まずを載せるように、走行中はそこから足を外すなよ。足下のマフラーはかなり熱くなるからな。そうそう。次は両方の膝で俺の腰をしっかり挟んでくれ」
持ち主の物であろうスペアヘルメットが、座席下の収納スペースから取り出されてスポックに押しつけられた。気がつけば、あれよという間にスポックは自動二輪車の後部座席に座らされていた。スポックが初めて間近にする複雑かつ緻密な機構に目を奪われているうちに、カークのタンデム講義もだいぶ終盤に近づいていた。
「そして両腕で俺の腰をホールドする。不安だったら完全に腕を回してもらってもいい」
「
……
何故そこまで接触する必要が?」
「接触というか。一緒に重心移動してもらわないと曲がれないんだよ」
君、タンデムどころか自律制御のない二輪車自体初めてだろ? と確認され、事実その通りであるスポックはそれ以上何も言えず。かといって無遠慮にしがみつくこともできず、やや迷ったようにカークの胴体脇にその手をついた。
「君が身体接触を苦手としているのは知ってるけど。ずっと密着しろってわけじゃないから多少の間我慢してくれ。というか、君のような大男に思い切りしがみつかれたら、それはそれでカーブで転倒する羽目になるけどな」
「
……
」
好奇心と身体接触への抵抗との間で完全に硬直したスポックをちらりとみやって、カークはシールドを下ろしつつ愉快そうに笑った。
「まぁ実際にやって慣れるのが一番だ
……
動かすぞ!」
大気を揺るがす地鳴りのごとき爆音に、あたりの木々から一斉に鳥が飛び立った。
カークが確かめるようにスロットルを捻れば、吸気された空気が圧縮され、噴出した燃料に着火、爆発とともに莫大なエネルギーが生み出され、そして巨大な生き物の唸り声のように周囲に轟き響く。エンジンが生み出す鼓動のような振動と、独特の匂いと、なにより圧倒的な熱量を排気とともにまき散らし、男二人の重さを難なく受けとめた鋼の機械は今か今かと出発を待ちかまえているようだ。
腰のあたりを彷徨っていた手が、驚いたように胴をしっかりとつかんできたのを確認し、カークはクラッチレバーに手をかけた。
『俺の動きに逆らおうとせず、自然に重心を預けるイメージで動いてくれ』
ヘルメット内部に備えつけのマイクスピーカーから穏やかなカークの声が聞こえてくる。戸惑いながらもスポックが頷いて承諾すれば、その轟音に反してゆっくりと、かつスムーズな動きで車体は前へと進み出した。
『下半身で体を支えてるから、全身に力を入れなくても大丈夫だ。視線はできるだけ前方、進行方向に向けておくといい』
言われるままに姿勢を調整すれば、小走り程度だった速度が徐々に上げられていく。そうしていくつかの緩いカーブを曲がったところで歓声のような声が響いた。
『上手いじゃないかスポック! その調子で頼むぞ!』
---
広大な丘陵を縦断するように作られた道路を、二人を乗せた二輪車が風を切るように駆け抜けていく。ヘルメット以外の風防が存在せず、迫る風をまともに浴びるためだろうか。車上で体感する速度は実際のそれよりかなり速く、周囲の風景はまるでワープ時の空間歪曲のように背後に飛び去っていくようだ。
今や使われること自体が珍しい旧時代の骨董品。不快な匂いと、暴れ馬の嘶きを思わせるような轟音。そしてなにより冒険好きな運転手。これだけの危険な要素が揃っているにもかかわらず、カークの運転は極めて大人しいものだった。初めて二輪車に乗車するというスポックを気遣ってのこともあるだろうが、そもそも乗車時の説明からして背後に不慣れな人を乗せて走ることに慣れているらしい。
無謀な運転に振り回されるのではないか、万が一の際にどうやって上官を救助すべきか
——
そうした懸念が取り越し苦労に終わった今、スポックの胸中では困惑よりも生来の好奇心が勝りつつあった。
カーブの際の重心移動にも慣れ始め、ヘルメット越しに周囲を見回す余裕も出てきた頃、スポックは右手に見下ろす自然保護区域の上空に見慣れぬ影が飛び回っていることに気が付いた。
『ジム』
『どうした、疲れたか?』
こちらを気遣うような声に、スポックは小さく『
否
ネガティブ
』と返した。
『前方、二時の方向。不審な小型艇が飛んでいます。あの付近は鳥獣保護域のため、あらゆる飛翔体は乗り入れが禁止されている地区のはずです』
『森林保護官の巡回じゃないのか?』
『だとすると、認識票が見当たらないのは不可解です』
『となると、密猟者か!』
即座にバイクを路肩に寄せると、カークはシールドを上げてスポックが指摘した方向を見上げた。確かに、一人乗りの小型艇が傍らの森の上を飛行している。カークの視力ではさすがに認識票などの詳細までは確認できないが、大きな網のようなものを担いでいるのが見える。どうやら空飛ぶ小鳥をかすめ取ろうとする狩人のようだ。
実際に目にするのは初めてだが、こうした自然保護区域に無断で立ち入り保護されている貴重な動物を異星の収集家に売りつける不届き者がいることはカーク自身認識している。
「地上からの追跡は無謀です、ジム。このまま公園の管理事務所へ」
「だめだ、その間に逃げられる」
今にも森へとハンドルを向けそうなカークにスポックの鋭い制止が飛ぶが、それでもカークは独自に密猟者を追跡するつもりのようだ。何とか思いとどまらせようと口を開いたスポックだが、現況では自分が単に道端に置いて行かれるだけだと判断したか、小さく息を吐くと何かを覚悟したように言った。
「ジム。このまま不審者を追うのであれば、その前にあちらへ寄ってください」
---
「君が弓の名手とは知らなかったよ」
密猟者を追うための武器を手に戻ってきたスポックに、カークは楽しげな声を上げた。
スポックが先に向かうよう指示したのは自然公園に併設されたスポーツエリアのアーチェリー場だ。施設は無人のようだが、矢と弓は自由にレンタルすることができたらしい。
「ヴァルカンの成人儀式の中では古典的な武具の扱いを求められます。弓もその一つです」
「それで? そんな古典的武器で最新鋭のエア・バイクにどう立ち向かう?」
見るからにわくわくとした表情を浮かべて尋ねるカークに、手にしたリカーブボウを調節しつつ、異星の射手はこともなげに言った。
「機体下部正面にある動力部の吸気口を狙います。この矢尻は鋼鉄製ですから、上手く正面から吸い込ませれば内部でショートを起こせるでしょう。ですので、機体前方に可能な限り接近し、揺れを抑え、安定した状態を保持してください」
その言葉に、カークは愕然とした。
「
……
地上の大型二輪で未舗装路を走りつつ、揺れを抑えて空飛ぶ飛行艇の真正面まで君を近づけろって言うのか? 無茶を言うな!! 君は正気か?!」
悲鳴のような声をよそに、スポックはすっかり慣れた手つきでヘルメットを被るとわずかに首をかしげ、こうのたまった。
『出来ませんか?』
『決まってるだろ
――
やってやるよ!!』
スピーカー越しにヤケクソ気味の大声が響き、全開のスロットルから吸気を受けたエンジンも勇ましい唸り声をあげる。
吹きあがる熱い排気と鼻を突く灼けた匂い。続く轟音とともに道なき悪路へ突っ込むように駆け出した車体の上で、スポックは必死にバランスを取りながら矢をつがえた。先ほどまでの紳士的な運転はどこへやら、不揃いに大木が立ち並ぶ森の中にあってもカークは全く速度を落とす様子がない。ヘルメットのすぐ脇を木々の枝や葉が危険な速度で掠め、一瞬のうちに背後へと吹き飛んでいく。時折不用意に跳ね上がる衝撃を両脚と持たれたカークの背で相殺しながらスポックはじっとその時を待った。
急に幕が引かれたかのように一気にひらけた空を見上げれば、不審な小型艇は彼らを乗せた二輪車のやや前方の低い位置を先行するように飛行している。
——
このまま下方から追い抜くので、
古代の騎馬兵
パルティアン
のように振り返りざまに撃て、ということらしい。
事前相談もなし。前後左右に荒れ狂う大型二輪の背の上で、下半身だけで体幹を固定し、上半身を背後に捻った状態で狭い的を狙撃しろというのだ。平然と無理難題を与えてくるのは一体どちらなのか
——
スポックは片眉を上げる。が、当のカークはお構いなしに草地に出たとみるや再度スロットルを全開にした。
背後から迫る轟音に気づいた密猟者が驚いたように視線をこちらに向ける。高度か速度を上げて振り切るか、手にした狩猟用ハンドフェイザーで攻撃するか
……
もしもそのどれかが即座に実行されていたならば、密猟者は無事に逃げおおせたかもしれない。だが、迷いが生まれたその隙をついて地上を猛進してきた二輪車が空駆ける艇を豪快に抜き去った。
上を飛ぶ影が自らの背後に回っても、二輪車は全く速度を緩めない。それどころか、無謀ともいえる速度のまま、前輪が乗り上げたわずかな段差を使って車体を一気に跳ね上げる。
次の瞬間、驚愕する密猟者が見たのは、宙で荒れ狂う鉄馬を見事に御す騎手と、その背後で器用に上半身だけを反転させた射手。そして、限界まで引き絞られた弦から放たれた矢が、吸い込まれるように飛空艇の吸気口へと消えていく
——
その鋼色の軌跡だった。
---
「思ったより時間がかかったな」
「備品の矢を一本破壊してしまいましたので」
詰めかけた森林保護官や警察によって騒然となる草原を背に、悠然と戻ってきたスポックへカークは草地から起き上がりつつ声を掛けた。
優秀な副長の狙い通り、密猟者の乗った小型艇は鉄矢の一撃によってたちまち動力を失い、そのまま草原に落下した。落下の際に打ち所が悪かったのか、密猟者はしばらく気を失っていたらしい。幸い大事には至らず、そのまま駆けつけた警官に拘束された。また、不用意に傷つけられ、籠に捕らえられていた動物たちは同じく駆けつけた森林保護官達に保護され、しばしの療養の後すべて野生に返されるらしい。
一方、無茶な跳躍からはなんとか無事に着地してみせたものの、一連の無謀運転は病み上がりの身体にはかなりの負荷となったようで、カークはふらふらと草原上に横たわるとそのまま動けなくなっていた。どうにか呼吸が落ち着いた頃にはスポックが表だって全てを進めていたので、心地よい草の上で大の字になったまま、しばしの休息を取っていたのだ。
「密猟者を捕まえたんだ。それ以上に感謝されただろ?」
「地上二輪車で公園内トレッキングルート外を許可なく走行した件について厳重な注意を受けました」
「まぁ、受け取り方の差だな」
上から睨みつけてくるチョコレートブラウンの視線にわざとらしく肩をすくめ、カークは傍らに駐めた二輪車の前輪に視線を移した。無茶な着地でかなりの衝撃を受けたであろうに、確認する限りサスペンションなどは無事のようだ。自らを守るために酷使に耐えた前輪をカークはねぎらうように撫でる。
「あちこち泥だらけだ。さすがに洗って返さないとまずいなこれは」
まるで愛娘をデートに送り出す父親のような顔で見送ってくれたダイナーの主人
——
その顔を思い浮かべて笑いをこぼすカークの耳に、再び思いもかけない言葉が届いた。
「ならば、私も手伝いましょう」
南中に昇った太陽を背にするスポックに、カークは小さく目を見開いた。そして素早く立ち上がると、満面の笑みでこう答えた。
「じゃぁ、さっさと帰ろう。バイクを洗って、着替えて、昼飯を食って、ああ、ボーンズの小言も聞かないとな。早くしないと日が沈むぞ!」
身体についた草葉を素早く払い落とし、カークはみたび鉄馬の背にまたがった。グローブをはめ直し、早速出発の準備を整え始めるも
……
何故かスポックはシートに戻ろうとしなかった。それどころか、何か重大な事実に思い至ったかのように動きを止め、ヘルメットを両手に持ったまましげしげとこちらを見つめてくる。
突然の態度の変化に声を掛けるべきかカークが迷っていると、ひどく深刻な、念をおすような声が聞こえてきた。
「早く戻るべきという意見には賛成しますが
――
くれぐれも『安全運転』でお願いします」
途端、カークの一際高らかな笑い声が青空に響きわたった。
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