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yasaka
2022-11-25 21:43:52
9754文字
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Star trek
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【JJST】音楽と宇宙論
AOSTimeLineで、任務合間のカークとスポックがチェスやったり歌ったり雑談してる日常話
…AOSカークの歌の腕前については中の人準拠
March 19, 2016
「ああ、畜生! スポック! だめだ! 頼む! 待ってくれっ!!」
「お断りします」
年下の上官が放つ必死の懇願を拒絶し、秩序と論理を尊ぶ彼は無表情で手にしたそれを前へと進める。
途端、
宇宙艦隊
スターフリート
の若き英雄にしてエンタープライズ号艦長であるジェイムス・T・カークの、悲鳴とも奇声とも似つかない断末魔の絶叫が、ヴァルカン人の私室中に響き渡っていた。
惑星連邦宇宙艦隊所属の最新鋭艦、U.S.S.エンタープライズ号は、深宇宙探査を行うべく今日も航海を続けていた。前人未踏の未開拓宙域を探る旅。とはいえ、今のように環境的にも政情的にも安定した航路を進むことも少なくはない。近頃、カークはこうした状況下での空き時間をもっぱら3Dチェスに費やす事が多かった。
アカデミーを僅か三年で卒業し、二五歳という若さで大佐に昇進。新造艦エンタープライズの艦長へと任ぜられただけでなく、地球を二度も危機から救った英雄。という史上他に類を見ない輝かしい功績を持つ彼だったが、多くの愛好家を持ち一流士官の嗜みともされるこの伝統的なボードゲームだけは、一時ひどく苦手としていた。カーク本人が以前零した言葉を引用するなら「周囲にまともな教師がいなかったんだ」とうことらしい。アイオワでの孤独な少年時代とそれに端を発する『やんちゃ』時代にこのような知的遊戯を勧める者は皆無であり、アカデミー入学後も問題児として名を馳せた彼とまともに付き合おうとする者など、あの年長の医者ぐらいで、人と対戦する機会も無かったのだ。天賦の才とも言うべき感性でゲーム全体の『戦略』を立てることができても、それに伴う適切な『戦術』を学ぶ機会が無ければ、それだけ対人戦では不利になる。実際、艦長就任直後はデタラメな手筋を打って自爆することも多かったカークだが、見かねた年少ナビゲーターからの丁寧なレクチャーや、それこそ毎晩のように繰り広げられたクルー達との対戦を繰り返すことでメキメキとその腕を上げていた。その進歩の具合は誰もが目を紛うほどであり、最近では艦内一、二を争う実力者である副長スポックとの対局でも善戦するほどだ。しかし、この負けず嫌いな英雄にとって『善戦』とは「未だ決定的な勝利を収めたことがない」という意味以外の何物でもないのだ。任務の合間が手指の数を超えた頃、カークがシフト外のスポックを捕まえてチェス勝負を挑むという光景は平和な艦内の日常となりつつあった。
「
……
くそっ
……
これも君の予想の範疇か?」
両手で頭を抱えたカークを無言で見下ろしつつ、スポックは改めて目前にある盤上を観察した。以前と比べマシになったとは言え、かなり癖のある手を打つ相手のお陰で定跡を完全に無視した展開になっている。が、先ほどの一手で大概の趨勢は決したようだ。今後相手が取りうるパターンについて数手先まで検証してみるが、この戦況を巻き返すのは流石に厳しいだろう。 しかしながら、目前の上司はその現実を受け入れるのに大分時間がかかっているようだった。基本的に即断即決を是とする彼だが、自分との勝負事に限ってはこのように非常に諦めの悪い一面を良く見せる。
……
ひょっとして彼にしか見えない一手があるというのだろうか?
そんなことを考えた矢先、黄金色の頭部から漏れ聞こえてきた呪詛のような唸り声にスポックはゆっくりと首を降った。一度こうなってしまえば五分、一〇分程度で自分の手番は回ってこない事は過去の経験から証明済みだ。『悪あがき』としか表現しようがないこの長考は、二人の対局場を娯楽室から互いの自室へと移動させた最大の原因でもある。次の対局では持ち時間制を提案しようかと席を立つと、彼は部屋の壁面に備え付けられたレプリケーターに向かった。相手が好むコーヒーと自分用のヴァルカンティーを併せて出力するこの動作もカークの長考の度に繰り返される一種の儀式のようであり、そして
……
。レプリケーターに反射した影が見せたいつも通りの怪しい動きに彼は小さく息を吐いた。
「相手の了承無く勝手に駒を動かすのはルール違反です。投了しますか?」
振り向く事なく釘を指せば、金属に映った山吹色がぎくりと跳ね上がる。ちょうどタイミングを合わせるかのように現れた二つのカップを取りだして向き直れば、カークはいたずらを指摘された子供のように室内を落ち着きなく見回していた。すっかり気が散っている様子だがそれでもまだ投了する気にはならないらしい。
しばし何の目的があるでもなく整然と並ぶ異星の品をちらちらと眺めていた蒼穹の瞳が、やがてある一点でその動きを止めた。
「なぁ、ミスタースポック」
差し出されたカップを受け取りつつ、カークは自らを見下ろす副長に問いかけた。
「あそこに置いてある黒いケースは何が入ってるんだ?」
そうして指さす先には、前回の来訪時には存在しなかった黒い荷物が置かれている。その形にカークは見覚えがあるのだが
……
しかしどう考えてもそれは異星出身の彼が持っているとは思えない物品なのだ。好奇心に僅かな困惑を重ねた上官からの質問に部屋の主は「あぁ」と頷いた。
「あれは地球の楽器です。一般的なクラシック・ギターが入っています」
「
……
ギターだって?」
「はい。六本の弦を持つ弦楽器に分類される楽器であり、このタイプの種類は特にアコースティック・ギターと呼ばれています。標準的な特徴として本体素材は木製で金属以外の弦を用い
……
」
「ミスタースポォーック!」
見当違いの解説を始めた副官の言葉を遮り、カークは声を張り上げた。
「さすがにギターが地球の楽器ってことぐらいは、知ってる! 私が聞きたいのは、なぜそんな地球の楽器が君の部屋にあるのかってことだ」
「誤配事故が起きたためです」
指摘を受けたスポックは自分のカップを両手に携えたまま、勤務中の業務報告を思わせる直立姿勢で淡々と答え始めた。
「先日の寄港の際、本来ならば保安部のスミス少尉に届くべき荷物が誤って私に届いてしまったのです。少尉には連絡済みですので明朝、彼の夜間シフトが終了し私のシフトが始まる前にこの部屋に受け取りに来る手筈になっています。なお、事故としての緊急性は低い案件と判断しましたのでキャプテンには明日全ての経緯をまとめた上で報告書を提出する予定でした」
「なるほど。しかし、また何だって君の所にそんな物が届いたんだ?」
「スミス少尉は自分と同姓同名の人物が多いことに悩んでおり、通称を使用していました。今回の誤配の原因はおそらくその通称のせいでしょう」
「通称?」
「はい。『Mr.
Stork
ストーク
』というのがスミス少尉が日常的に使用していた通称です」
その答えにだいたいの事情を把握したカークは空いた手の指をパチンと鳴らした。
「なるほど。エンタープライズの『Mr.Stork』宛の荷物が、エンタープライズの『Mr.Spock』に届いたわけだ」
「ええ、キャプテン。配送タグは旧式の物が使用されており、しかも通名と所属艦以外の情報がありませんでした。配送を請け負った業者が地球の言語に不慣れだったのか、そもそも入力の段階で何らかのミスが起きたのか。あるいはその両方かと思われますが、それら複合原因の結果として誤配が発生したと考えられます。今回は個人宛の同一艦内での配達ミスで済みましたが、一歩間違えば重大な事故に繋がりかねない事態です。誤配が判明した時点で、寄港した基地には再発防止策を講じるよう要請を行いました」
「そいつはご苦労」と労いの声をかけつつ、カークはカップを片手に立ち上がった。そして、今度こそ全身から溢れる好奇心を隠そうとすることなく、置かれた黒いケースへと近づいていく。チェス盤の置かれた接客用テーブルではなく、仕事用デスクの端に置かれたそのケースは室内の光を浴びて鈍く輝いていた。
「なぁ、スポック。せっかくだ、こいつに触ってみてもいいかな?」
言葉でそう許可を求めつつも、既にカークの腕はケースについた取っ手を持ち上げている。
「そんな顔するなよ! こう見えてギターの扱いには結構自信があるんだ。なんならここで一曲披露してもいいぞ」
そんな顔も何も、幼い頃から感情を抑制させる術を会得しているヴァルカン人の表情はそう安易に変化するはずがないのだが
……
カークとその友人でもあるこの艦の医療主任は時々この無表情の中に、感情の片鱗とやらを勝手に見いだしてしまうようだった。地球式の表現をするなら無言で呆れているスポックを今度はどう理解したのか、カークはケースから取り出したギターを片手にはたとその動きを止める。
「おや? もしかして、ヴァルカン人はギターの音色がどうしようもなく嫌いだったりするのか?」
「『好き・嫌い』と言った表現は論理的ではありません。もし、あなたがヴァルカン人の生理学的な意味での不快感として尋ねているのであれば。少なくとも私は、その楽器の音を含め地球上の多くの音楽に対して生理的な不快感を感じた事はないと断言できます」
「その言い方だと、過去に地球上のあらゆる音楽を聴いたことがあるって言ってるように聞こえるぞ?」
「はい。一通りは聴いたことがありますので」
躊躇なく返された答えにどこか違和感を感じたカークは、すぐさま己の副官に尋ね返した。
「一通りというと?」
「そうですね。種別で言うと、交響曲、管弦楽、吹奏楽、独奏曲、歌曲、オペラ、各地域の主要民族音楽、ジャズ、フォークソング、R&B、ロック、メタル、テクノポップ
……
」
「まて、まてまて! なんでそんな『とりあえずコンピューターの上から順に再生した』ような事になってるんだ?」
「キャプテンのおっしゃる通り『とりあえずコンピューターのリストの上から順に再生した』からです」
「だから何故だ!?」
「アカデミーの学生教官として配属されていた際、当時の上官から休暇中業務に繋がる一切の行動を禁じられました。その代わり、地球人的な趣味に従事するよう命じられたためです」
連邦内のヒューマノイドで最も先進的だというヴァルカン人の文化は、地球人から見ると複雑怪奇の一言だ。彼らにとって生きるすべての時は精神鍛錬であり、それはありとあらゆる時間、たとえ休暇中であっても例外ではないらしい。一応、瞑想といった一般的な意味での休息らしい事も行うには行うらしいが、平均的な地球人からすればヴァルカン人の休暇の過ごし方はひどく退屈で無味乾燥に思えるのは事実だ。
とはいえ、異なる文化を持つ青年にいきなりそんな命令を与えるとは。異星の文化を汲み取れない偏屈者か、この青年をもっと地球の文化に馴染ませてやろうと言う少々独善的な人物だったかはわからないが、とにかく彼の元上官は、なかなか酷な命令を出していたらしい。
「
……
それで、数ある地球人的な趣味の中から君が『音楽観賞』を選択した理由は?」
「周囲の地球人に『地球人が標準的に行う趣味の活動とは何か?』と尋ねたところ、音楽鑑賞という内容が最も実行に移しやすい内容でしたので。もっとも、地球人を研究し理解する一端として、当地の文化・芸術の一部に触れてみる事は非常に論理的なアプローチになり得ると考えた事も、音楽鑑賞を趣味の活動として選択した理由の一つと言えます」
淡々と返ってきた、おそらく彼の元上官が微塵も期待していなかったであろう状況に、カークは苦笑するしかない。
「ヴァルカンにおいても音楽は重要な文化の一つでした」
そこへ続いた、過去形で表現された言葉にカークはハッと顔を上げた。
彼の故郷が事象の地平面に消えた時、惑星と共に数多の物が失われていた。彼の母の犠牲と引き替えに『文化の神髄』とやらは保護されたらしいが、それでも彼らの文明は容易に修復する事など不可能なレベルまで破壊しつくされたのだ。種族としても絶滅の危機に瀕している彼らだが、鉄壁の理論と抑制の伝統によって平静が保たれているように見える。しかし、あくまでそれは表面上の話であり、実際何者よりも豊かな感情があることをカークは平行世界から現れたもう一人の友人によって知らされていた。
再び彼の古傷に触れてしまったかと動揺するカークに、スポックは小さく首を横に振ってから言葉を繋げる。
「地球の『音楽』についての文化・歴史は、我々が培った文化と共通する部分も多く、知的生命体の文化形成学といった視点からも非常に興味深いテーマでした。そういった見地を見いだせた点で、あの休暇中の音楽鑑賞は有用だったと言えるでしょう」
更に続いた言葉には、彼には珍しく物事を楽しんでいる様な響きが含まれている。古傷を庇うどころか、むしろ知的議論に発展させようする友人の様子に、カークは胸をなで下ろすと同時ににやりと笑って身を乗り出した。
「感情優先な地球の音楽に馴染みが深い身からすると、だ。論理優先な君の星の文化と共通する部分が多いと言われてもあまり実感が湧かないけどな」
「それは特定の視点によってのみ観察した場合の結論です。事実として音楽を神聖物とみなし、それに論理を見いだそうとした形跡は地球上の音楽史にも多数見られます」
スポックは手にしたカップをテーブルの端に置き、カークが抱えていたギターをデスク上に丁寧に横たえた。
「地球上の多くの原始文明において、音楽とは神の声であり、人の声の重なりによって生み出される音色は神聖な物とされていました。なかでも特定の音の重なり『和音』は完全な調和を表現するとされ、完全なる神と同一の存在であると考えられたのです」
青みがかった細く長い指が弦の長さを測り、そしてそのピンと張られた一点を機械の様な正確さでつま弾いた。木製の筐体が生まれた音を増幅させ、柔らかい音が無機質な室内に広がっていく。その音が広がりきらぬうちに、先ほどより近い距離に指を置くと彼は再び一点を弾く。新たに生まれた振動が先ほどの音に重なり、部屋中に心地よい和音が重なっていく
「
……
いい音だ」
「メイジャー・コード。周波数比四対五対六の整数比で構成された、音楽理論上最も重要なハーモニックサウンドです」
うっとりと音色に聞き惚れるカークの横で、スポックは次々と弦を押さえていく。奏でられる旋律はどこか遠い昔に聴いたような、懐かしみすら覚える柔らかい音楽だ。
「時代が下るごとに、完全なる神を表現するための物であった和音、それを用いた音楽理論はその意味を変え、やがて多くの聴衆の耳を楽しませるべく様々に変化していきました。ですが一部の民族音楽・宗教音楽と呼ばれるものの中には、現在でも音楽が完全なる調和や神を表現する極めて理論的なツールであるという考え方は残っています。そしてこれに類似した考え方はヴァルカンにも存在しているのです。言い方を変えれば、特定の周波数で振動する空気の波に過ぎない存在に対し、地球人もヴァルカン人も等しく多大なる労力をかたむけることでそれらを己の文化として形成していったと言うことです。これは非常に
……
」
「非常にロマンチックな話だな」
恍惚とした声が淡々とした解説を遮った。黙り込んだスポックが視線を隣に向ければ、いたずらっぽい笑みを浮かべたカークも彼に視線を向けている。
「だってそうだろ? 宇宙の遠く離れた惑星で、そこに住むそれぞれのヒューマノイドが、同じ現象に興味を持ち、同じ創作に情熱を傾け、同じ様に愛してきたんだ。コレは地球言語において『ロマンチック』と表現すべき事象に他ならないじゃないか」
そう断言しつつ、カークの両手は目にもとまらぬ早さで机上のギターを抱え上げた。
「やっぱり、ここは盛大に一曲披露したくなってきたな。せっかくなら叙情的な、殊更ロマンチックな一曲がいい」
「今までの話とスミス少尉の楽器を使用し、歌い出す事とは関係が無いように思えますが?」
「そう言ってくれるなよ。素人のそれだからって馬鹿にしたもんじゃない。酒場とかで歌うと結構評判良かったんだぞ? もしもあの日パイクに会ってなかったら、今頃歌手として大成功してたであろうぐらいにはね」
いつものように噛み合わなくなった会話に困惑しつつも、スポックは改めてカークの言葉を反芻した。
「確かに。あなたは地球人の平均から比較しても秀麗な容姿とされていますし、そういった外観評価が過剰に重要視される地球人の興行活動においては熱狂的な支持者を見込めるでしょう」
「あのなぁ。だからそう言うのじゃ無く、ちゃんと歌で
……
まぁいい。聞けばわかるだろう」
手慣れた様子で音程を調整しつつ、カークは口を尖らせる。ギターの機嫌を確かめるかのようにいくつかのコードが弾かれてから、次いで部屋に響き渡ったのは見事な歌声だった。
人前で歌い慣れているというのは紛れもない事実なのだろう。日頃の声とは異なるやや低めの旋律も、ギターの上を流れるように動く指裁きにも一切の迷いはみられない。それどころか朗々と己の声を響かせるその様は、スポックが過去に耳にした地球の代表的な歌手達に引けを取らぬ技量と表現して差し支えないレベルだ。その内容が彼の語った『ロマンチック』に該当するかは判断つきかねたが、一フレーズを歌い終え満足げなカークに、スポックは賞賛の拍手を送っていた。
「大変失礼しました。先ほどの私の言葉は撤回します。確かにあなたは卓越した技能を持った歌手です。あなたの歌声は私が以前聞き続けたあらゆる地球出身の歌手のそれに劣りません」
カークは、その素直な評価に驚いたように蒼い瞳を見開いた。
「
……
あぁ、ありがとうスポック。君にそう評価して貰えるのなら
……
今後、馬鹿やって航宙艦の艦長を辞めさせられたとしても、なんとかこの道で食っていけそうだ」
とっさの感謝と共にこぼれ落ちた卑屈な言葉は、航宙艦艦長として立派に成長した彼の影に未だに潜む子供時代の片鱗なのだろう。その事をよく知る医療主任ならばため息の一つでもついた所だったろうが、スポックが返したのは強い否定の言葉だった。
「あなたは今や
宇宙艦隊
スターフリート
の英雄だ。『艦長を辞めさせられる』ようなことは絶対にあり得ない」
「物の例えだよ、例え。もしも俺がキャプテンにふさわしく言動で
……
」
「そのような前提はあり得ないのだから、議論するには値しないはずだ」
「おいおい
……
ただの言葉の綾じゃないか。どうしてそんな些細なところに突っかかるんだ?」
滅多に聞くことの出来ない、常に冷静な彼の強い語調。そう、本人に言えば即座に否定されるだろうが、まるで怒っているかのようなその様子にカークは狼狽する。すると、相手の様子に常と異なる自分の様子を自覚したのか、スポックは何かを考えるかのように黙り込んだ。再び彼が口を開いたのは、たっぷり数秒の間を開けてからだった。
「強い力で弾かれた弦は大きくたわみますが、同時に、元の姿に戻ろうとする力が働くことで弦は振動を始めます。この動きが周囲の空気に伝わることで特有の音色が発生するのです。音色は、弾く場所や、弾き方、弦の張り方によって様々に変動しますが、音色を奏でている弦には『常に』本来の姿に戻ろうとする力が働いている事に変わりありません」
唐突にそんな解説の言葉を口にしながら、スポックはカークが持っているギターの弦を正面から強く弾いてみせた。不自然な体勢で弾かれた弦はやや濁った音を立てながらも大きく振動を始める。
「未来の私とあのロミュラン船が、彼らの時間から見て過去へと飛ばされたことで、本来彼らにとっての過去であったはずの私たちの宇宙は大きく変動しました。あたかも、強い力ではじかれ振動している、この弦のようにです」
促されるがまま、カークは己の抱えるギターに視線を下げた。そこでは、大きく振れた弦の動きがその音とともに徐々に小さくなっていくのが観察できる。その様子をさらに上から見つめながらスポックは更に言葉を続けた。
「かつて、もう一人の私が居た時間軸において、あなたはエンタープライズの艦長であり私はその副長でした。その後、もう一人の私とあのロミュラン人達がこの宇宙に介入し各所に破局的な変化をもたらしましたが、結局あなたがエンタープライズの艦長となり、私はその副長となった。もしそれが、強い力を受けた『宇宙』が本来の姿に戻ろうとした何らかの力によるものならば
……
たとえいかなる音色を奏でる宇宙であろうとも、あなたがエンタープライズの艦長であり、私がその副長であると言う事実は変わらないのでは。と、考えられるのではないでしょうか?」
彼の言葉を吟味するかのように真剣な表情で考え込んでいたカークは、しばしの沈黙の後ゆっくりと頷いて見せた。
「なるほど、そいつはおもしろい考え方だ。我々には認識できない『本来の宇宙に戻ろうとする力』か
……
」
「ええ。一言で表現するのであれば『運命』という言葉が適切でしょうか」
「
……
ウンメイだって!?」
カークは視線を跳ね上げると、ひっくり返ったような声を上げた。
「よりにもよって! 君が!! 『運命』なんていう不確かな言葉を使うのか!?」
「他に適切な表現が見つかりませんでしたので」
愕然とする地球人を尻目に、理論優先のハーフ・ヴァルカンはしれっと答えてみせた。
「とは言え、あなたが現在艦長としてこちらに居るのは、間違いなくあなた自身の実力によるものです」
「当然だ! 君が副長としてここに居るのだって君自身の実力による物だぞ!」
「ありがとうございます」
あのブリッジで、初めて彼に科学主任兼副長職を任せたときと同じように返ってきた言葉は素っ気がない。が、それが運命に裏付けられたにせよ、実力で勝ち取ったにせよ、そうなって『当然』だと彼が強く信じているような力強さがある。カークはそんな自分の副長を見上げながら、ふと何かを思いついたかの様にその蒼の瞳を瞬かせた。
「なるほど。『運命』が我々を選んだと思うと悪い気はしないな。君もよくよくご存じの地球の文明において、運命を司る存在というのはたいてい美しい女神が多いんだ」
「キャプテン?」
「どうやら、『彼女』が早速応援してくれる気分になったみたいだ」
言うが早いか、カークは手にしたギターをスポックに預け、部屋の中央ですっかり放置されていたチェス盤へと飛びついた。大切な預かり物を投げるように渡され、憮然とする副長の視線を背に感じながら、カークは自軍の駒のひとつをつまみ上げる。
「さぁミスタースポック、待ったは無しだぞ!」
渡されたギターを丁寧にケースへと詰め直し、改めて盤をのぞき込んだスポックはその片眉を跳ね上げさせた。
「
……
この手は、予想していませんでした」
カークが放った一手は先程スポックが予測したいずれのパターンにも当てはまらなかった。一般的なセオリーから言えば暴挙と言ってもいい手だろう。だが、この盤上では少々様子が異なっていた。無防備に飛び込んできた一兵だが、排除しようとうかつに動けば通常ならあり得ない場所にいる騎兵達に狙い打たれる。かと言ってこのまま放置をすれば組み上げた陣形が内側からズタズタにされてしまう。想定していたあらゆる状況を否定され、スポックは改めて陣形を汲み直さざるを得なくなっていた。
自分に代わって長考に入ったスポックを横目に、カークは先ほどの続きとばかりに上機嫌な歌声を響かせ始めた。遠くに聞こえる愛船のエンジンが奏でるハム音に合わせるように、ゆったりと重ねたその響きは、無機質な船室内に止めどなく流れていく。
「
I resign.
負けました
」
情緒的な音色が響く中、それを断ち切るかのように、いつもの平坦な、だが、微かに何かが奥底で滲んだ声が響く。
先ほどの逆転の一手から僅か十数手。チェス盤では劣勢を覆した女王の前に敵王の駒が倒されていた。まるで己の歌声に跪いたかのような駒を見ながら、カークは満足げに微笑んだ。
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