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黒竹
2022-05-30 22:19:34
5943文字
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少女☆歌劇レヴュースタァライト
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花薄
【少女☆歌劇レヴュースタァライト】【ふたかお】
青嵐公演香子ゲスト回の時空。
「井の中の蛙大海を知らず」という故事に「されど空の青さを知る」と続ける向きがあるが、空が青いと知っているからどうだというのだろうと思う。空が青かろうと明るかろうと暗かろうと井戸は変わらず狭いし、蛙は井戸の水も生えている苔も囲っている石垣も落ちてきた虫も自分のためにあると思っているのだろう。まるで自分が世界の中心だと、その外にはなにもないと信じて。
己は優れているのだ救済者なのだと驕った蛙が、空を見上げてなにほどのことを思うというのか。
空はいつも青いわけではない。雨が降れば黒くなるし、夜になっても黒くなり、そうしたら星がまたたいて、井戸の水に反射してキラキラ輝くことだろう。
ただただ青いばかりの空に、蛙がつかみたくなるようなものがあるとしたら、それは星である。
自分星。
空の青さなどよりよほど、星のほうが蛙にとって価値があろう。
さて己は。この箱庭じみた学校を出て、その先で星を表す一字をもらう約束の己は、誰かの星になるものだろうか。
まあどっちにしても、目印にはならんわなあ、と口の中だけでつぶやく。
なにせこの手に構える長物と同様、己がいただく星は空をはらうほうき星だ。
──あ、けど。
そういえば星ではなくて道を進んでる子がいたな、と思い出した。
道か。ほうき星の流れた跡は、ふむ、道のように見えなくもない。
道ならぬ道。それも面白い。どうせ家柄も運命も大したものではない。
ようやく会えましたと目を輝かせる後輩と、背に置いてなお感じるキラめきを放つ後輩、二人に挟まれながら、花柳香子はたおやかに笑った。
さてこの子たちは、星と道、どちらを望んでいるのだろうか。
重たいトランクをどさりと床に落とす。「疲れた!」天井を見上げながら大口でぼやくと、放り出されたトランクを受け取ろうとして、あと一歩のところで間に合わなかった石動双葉が肩で息をした。床に傷がついていないかちらりと確認する。幸運なことに目立った傷は見つからなかった。
「ただいまが先だろ」
「だって疲れたんやもん。なんで双葉はん迎えに来てくれへんの」
「お前以外は普通に授業受けてんだよ。だいいち、研修は帰りも舞台創造科と団体行動だろ?」
寮まで一緒に帰ってきたんじゃないのか、と不思議そうにしている双葉から目をそらす。双葉はトランクを開けてお土産を仕分けたり私物をもとの場所に戻したりしながら首をかしげていたが、やがて「あ」とつぶやいて香子を振り返った。
「
……
お前さては、B組に馴染めなくて一人で帰ってきたな」
香子の喉の奥がぐうと鳴る。忙しく動き回る双葉がこちらをみていないのを幸いと、わずかに熱の上がった頬を扇子であおいで冷やしながら答えた。
「な、馴染めんかったんとちゃいます。うちは俳優育成科のエースやから、うちがおるとみんな気ぃ使ってしまうやろ? せやからみんなが気兼ねなくすごせるように
……
」
「分かった分かった。けど、そんなんじゃ研修中もつまんなかっただろ」
「そんなことないで。唄島の人らのパフォーマンスは大したもんやったし、そうそう、久しぶりにキリンのオーディションに呼ばれたわ」
「へっ?」
予想だにしていなかったのだろう、オーディションという一言に双葉が飛び上がる。
「な、なんでだよ。もうスタァライトのオーディションは決着ついてるだろ」
「なんやそういうのとは違うみたいやったわ。青嵐の人らの内輪もめに巻き込まれたんかなあ? 柳はんたち、ちょっと喧嘩しとったみたいやったけど、仲直りしてシークフェルトの雪代はんたちとレヴューしとって」
うちも飛び入りみたいなもんやったし、と続けると、双葉はさっぱりわけが分からないという顔でこめかみを手のひらで押さえた。香子の説明も飛び飛びなので余計理解しがたいのだろう。
「まあ、詳しいことは後で青嵐の人らに聞いたらええわ」
「ふぅん。ま、もう済んだならいいけどさ」
双葉が大した興味もなさそうに肩をすくめる。幼なじみのキラめきが奪われたりするような事態ではないと判明したせいか。
「あ、やっぱり聞かんでもええかな。よくよく思い出したら、大して面白い話でもないし」
「うん?」
そうだそうだった。この幼なじみ、一度はこちらを裏切って青嵐に移ろうとした前科があるのだった。下手に青嵐の面々と関わってまたあちらに興味を持たれては堪らない。内心で焦りつつ、なんでもないふうに首を振る。少しレヴューに参加しただけでもあの三人が腕を上げているのは分かった。南風涼あたりとやりあったら妙な友情でも生まれそうである。
そんなことになっては困るので、なにか話題を変えようと思っていたが、双葉は「お、これうまそー」香子が買ってきたお土産のお菓子を物色しながら気楽に声をはずませていて、すでにオーディションの話は彼女の中で済んでいるようだった。
「それは天堂はんに頼まれたもんどす。ってゆーか双葉はんっ」
「なんだよ」
「うちに言うことありますやろ」
両手を腰だめに構えて仁王立ち。見上げてくる双葉の眼差しは訝しげだった。香子が「ん」と促す。双葉はしばらくはてと首をかしげていて、それから何かに気づいて拳を打った。
「おかえり」
「そんだけ?」
「他になにがあるんだよ」
「うちがおらんでさみしかったとか、会いたくて会いたくて震えたとか、うちが心配で夜も寝られんかったとか、なんかありますやろ」
「ねーよ」
呆れ果てた表情の双葉。ポケットからスマートフォンを取り出し、メッセージアプリを開いて画面を見せてくる。個人メッセージの画面は概ね香子からのメッセージで埋められていて、たまに双葉からの返信があった。
「さみしがってたのはお前のほうだろうが。こっちは授業もレッスンもあるってのにスパムみたいに送ってきやがって」
「そ、それは、唄島がどんだけいいとこか双葉はんに教えてあげようと」
「そのわりには帰ってからあたしにしてほしいことリストになってるけどな、後半」
スルスルと軽やかに指先で画面をスクロールさせていく双葉。香子は思わず黙り込む。
「風呂で背中流して、マッサージして、長旅をねぎらって、お茶とお菓子を用意して」
「あっ、ちょ、双葉はん!」
自分が送ったメッセージの内容を思い出して慌てて止めようとする。双葉のスマートフォンを奪おうとしたけれど華麗によけられた。だがまだ諦めない。身体能力ではわずかに負けているかもしれないが身長差で補えるはずだ。リーチを生かして目標に手を伸ばす。奪い取る寸前、双葉はわざとらしい無表情になり、画面を目で追った。
「おかえりの、ハグとちゅうも忘れたらあかんで」
「わあああ!!」
深夜テンションでうっかり送ってしまったそれ。セットの話で盛り上がっている舞台創造科の子たちに混じれず、一人で画面を見るしかなかった時間に思わず打ち込んでしまった甘ったるいおねだりは、我に返って削除する前に既読マークがついてしまって、だから仕方なく、その後にマシンガンのごとくメッセージを送ってごまかそうとしたのに。
もう間に合わないのでスマートフォンを奪うのは諦めて、腕組みをしながら顔をそらす。
双葉はなんの意図なのか、スマートフォンで口元を隠しながら瞳の色合いを深めた。
「
……
先にしとくか?」
「
…………
ふ、双葉はんがしたいなら、してあげてもええけど?」
「はいはい」
苦笑交じりの生返事と腰にまわされる腕。二人の間に距離がなくなって、頬に髪が触れて、彼女の耳の後ろで薫る花をほのかに吸い込む。
「おかえり」
「ただいま」
唇がやわらかく触れる。
お前がいなくてさみしかったよ、と、離れてからジョークのように言ってきたから、香子は双葉の頬を引っ張って、「いーっ」と怒った顔をした。
風呂上がりのほかほかした気分になっている香子の前に、湯呑みと菓子皿が置かれる。底の濁った緑茶と、薄皮に包まれたきんつば。律儀にリストをこなそうとしてくる双葉である。
菓子楊枝できんつばを割り、口に運んでほう、と息をつく。
「あー、疲れた身体に甘いものが沁みるわぁ」
「あたしは肉のほうがいいけどな」
動いた後はやっぱ肉だろ。元気に言いながら自分のお茶をすする双葉。風情がない、と香子が眉をひそめる。
「助っ人とはいえレヴューもあったし疲れたわ」
「柳
……
妹のほうな。あいつの助っ人してきたんだっけ?」
「そうそう、なんや呼ばれて劇場入ったら、さくらはんがピンチになっとったさかい。あ、そうや、羽成はんもおったで。元気そうやったなあ」
「羽成? ああ、中学の頃にお前の後ろずーっとついてきてたあいつか? なんだ、まだ香子のこと追いかけてんのか。飽きねえなあ」
「それ、双葉はんにだけは言われたないと思うわ
……
」
現在進行形で一番近くを走っている石動双葉を、花柳香子は褪めた半眼でねめつけた。
香子の的確な指摘を、双葉は聞こえないふりをしてごまかした。都合が悪くなると黙り込む癖はなんとかしたほうが良いと思う香子だ。
きんつばを飲み込んで、お茶を一口。
「双葉はん、このきんつばどこのお店の? このへんで売っとるのとはちょっと味が違うみたいやけど」
「お、よくぞ聞いてくれた」
なぜか双葉が得意げに胸をそらす。
「あたしが作ったんだ」
「へ?」
「ま、あたしなりのねぎらいってとこかな」
言われて、改めて残ったきんつばをまじまじと見る。見た目では市販のものと大した違いはない。そういえば皮の厚さが不均等かな、というくらいだ。
「ななに教わって、ちゃんと小豆を炊くところからやったんだからな」
「はー
……
。道理で、なんや味がぼけてると思いましたわ。甘さ控えめにも程があるやろ」
「えっ、なんだよ、お前いつも『京都のお菓子は繊細で上品なんどす〜』って言ってるだろ」
「甘み減らしたらええもんとちゃいます。お砂糖は素材の味を活かす最小限、けどしっかりと舌に伝わるように。
……
まあ、四十点、いうところやね」
「五十点満点か?」
「百点に決まっとります」
ちぇ、と双葉が口を尖らせる。しかし香子はしっかり完食した。
双葉が空いた食器をキッチンへ持っていくのを斜めに見る。双葉はんはがさつやから、京菓子の繊細さがわからんのやなあ、とため息をついて、ベッドへごろりと横になった。双葉が戻ってきたらマッサージをしてもらうつもりである。
「羽成はん、つよなってたなあ」
うちの憧れです、目標ですと無邪気に慕ってくれていた後輩。もちろん、慕われて悪い気はしなかった。それでも踊りの大会では勝負にならなかったし、ミーハーなファン心理みたいなものなのかと思っていた。
演劇部を自分で作ったのだと聞いた。
それは、努力だ。なにもないところから最初のひとつを作り出す努力。並大抵のことではない。
花柳香子は、なにもないところから這い上がってくる子が嫌いではない。
クラッシュと、口癖のように言っていたのは宣戦布告だったのだろう。よその学校に閉じこもって狭い世界で生きているこちらに、その世界を壊して引きずり出してやると啖呵を切ってきた。
あの子はほうき星のしっぽをつかめるだろうか。
「突っ走ったり壊したり、なんや、うちの周りは野蛮な子が多いわ」
そしてそういう子を気に入っているのだから己も大概だ。
「誰が野蛮だって?」
独り言の最後だけを聞き止めたか、帰ってきた双葉が苦笑いに口元を引きつらせながら言ってきた。ベッドに寝転がって双葉を見上げ、香子は「双葉はんや」と平静な声で答える。
面倒見の良い幼なじみが大きなため息をついた。幼少期から何度目になるか分からないその仕草。これからあと何度この仕草を見られるだろうと思うと楽しみになる香子だ。
「お前な、それが風呂で背中流してやって、荷物片付けてやって、お菓子手作りしてやった相手にいうことか?」
「褒めとるんどす」
「説得力がなさすぎる」
言いながらうつ伏せになった香子のふくらはぎを揉み始める。ふたりともそれについては何も思っていない。
「うう〜
……
」
心地良さに小さく呻く香子を見下ろして、双葉はやや眉をしかめた。
「うわーガチガチじゃん。レヴュー、けっこうやりあったのか?」
「大変やったんやで。入れ替わり立ち替わり、青嵐の人らやら雪代はんやらと殺陣しながらさくらはんフォローしたり。ま、うちやったからできた芸当やなあ」
「へえ
……
大変そうだな。あたし行かなくて良かったー」
「そんなこと言うて、双葉はんやってあの場におったら助太刀に入ったやろ」
「はは、そうかもな。大変だろうけど面白そうだし」
俳優育成科の誰の顔を思い浮かべても、あそこにいたら柳さくらを助けに行っただろうと思えた。
みんなお人好しや、とため息をつく。
「双葉はん」
「んー?」
その中でも頭一つ抜けたお人好しの石動双葉。
仰向けに体勢を変えて双葉の瞳をまっすぐに見上げる。
そこに星の輝きはないけれど。
「甘いもんが足りひん」
「ななになんか作ってもらうか?」
「そうやなくて」
さっきまでマッサージしてくれていた手を取って指先に噛みつく。双葉の喉が引っ掻いたような音を立てた。
かふ、かふ、と人差し指から順に甘噛みして、親指と人差し指の間を唇で挟んで、手首に浮いた血管を舐める。
双葉は唾液で光る自身の手を、まるで初めてみたもののように目を落とし、何かを確かめるみたいに軽く指を曲げた。
「
……
甘いのかよ」
「甘い。胸焼けしそうやわ。きなこボーン食べ過ぎとちゃいます?」
「そんなわけあるか」
京菓子の繊細な甘さも好きだけれど、花柳香子は、野蛮なほど暴力的な、甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い駄菓子のほうを、実は好む。
引き寄せてシーツに沈ませると、視界が一度はしばみ色に染まった。
舌を伸ばしてちろりと双葉の鼻先を舐める。それはすべてを薙ぎ払うほど手荒い甘え方だった。
石動双葉はそれすら許す。
「ちゃんと寝る前に歯磨きしろよ」
甘いもん食べると虫歯になるからな。
くすくすと悪戯に笑いながら、双葉はその瞳を夜に隠した。
真っ暗な夜空に一本道を見つけた彼女は、その道がなにであるのか分かっているのだろうか。
分かっていなくても迷いはしないのだろうけれど。
薙ぎ払い道を作る花柳香子を、追いかけたいと願う彼女。
そういえばそのキラめきは、星のしっぽを引っ掛けるのにずいぶん都合の良い形である。
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