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黒竹
2022-05-30 22:09:58
3363文字
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スタリラ
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テイタイ
【スタリラ】【晶栞】
何がいいだろうか、と聞かれて鶴姫やちよは小さく肩をすくめた。
「どうしたんです、いきなり」
「先日、栞に書類整理を手伝ってもらったんだ。遅くまで残らせてしまった詫びを兼ねて何か贈ろうと思ったのだが」
「我らが王は相変わらずあの子に甘いですね〜」
気の抜けた口調でからかわれたが、王こと雪代晶はその代名詞にふさわしい尊厳を塵ほども削らず、「単なる礼だ。特別扱いではない」生徒会室の椅子を小さく鳴らしながら背もたれに身体を預けた。
「生憎、私は各々の好物にうといのでな。栞も紅茶くらいなら知っているが、当人がコレクションしているようなものを付け焼き刃で贈っても仕方がないだろう」
「晶センパイからもらえるならなんでも喜ぶと思いますけど。っと、これは独り言」
「そうですね〜、あたしもそんな詳しくないですけど」唇に指先を当てながらやちよ。しばらく天井を見つめて、それから晶に向き直った。
「ま、かわいい飴ちゃんとかが妥当なところですかね〜。もらって喜ばない女の子、そうそういませんよ〜」
「飴、か。なるほど、助かった」
「いえいえ〜」
「確か、輸入物を多く扱っている店があったな。少し珍しいものがあるかもしれん、帰りに寄ってみるか
……
」
顎に手を当てながらブツブツと独り言をもらす晶を横目で盗み見しながら、やちよは聞こえないようにため息をついた。
──特別扱いじゃないって、あたしも先週、資料まとめるの手伝ったんですけどね〜。
もちろん何ももらっていない。
寮の共有スペースで、後輩と幼なじみが膝突き合わせて話し合っているのを見かけ、晶が足を止める。
気配を察したか、幼なじみの鳳ミチルが顔を上げて、晶を見つけると「おっ」というふうに口を開いた。
「おかえりー。今日はちょっと遅かったね。居残り?」
「いや、少し寄り道をしていた」
「ふぅん? 堅物の晶が珍しいなぁ。あ、もしかしてミチルにサプライズプレゼント?」
頬杖をついていたずらく笑うミチルに冷めた視線を投げて、「お前にではない」今度はやや淡いまなざしで、小さくなっている夢大路栞を捉える。
「あ、えっと
……
おかえりなさい、雪代先輩」
何を言うのが正解か分からないという表情。ほのかに耳のてっぺんが赤い。自覚があるのか手ぐしで髪を梳いて耳を隠した。ミチルがニヤニヤする。
「ミチルにではないけど誰かにプレゼントはあるんだ? 誰かなー? 誰にプレゼントするのかなー? ここには二人しかいないけどなー?」
「え、えっ」ミチルに肘でつつかれた栞が弾かれたように顔を上げ、オロオロと周囲を見回した。先輩の言うとおり、他には誰もいない。晶は後輩がなにを慌てているのか理解できず、軽く眉を上げて「お前しかいないだろう」平坦な声で栞に呼びかけた。
柔らかい生地のラッピングバッグとリボンで飾られた小さな箱を無表情で差し出す。
「大したものではないが、この前の書類整理の礼だ」
「え、でも、生徒会のみなさんもよく手伝ってますし
……
」
上目遣いに晶の顔と差し出された小箱を見比べ、まるで叱られる直前みたいな面持ちで言い添えると、晶が「む」と小さく唸った。
「まだ中等部の栞を遅くまで学校に留まらせてしまったしな」
「そうですけど、帰りは雪代先輩が一緒だったので特に危なくもなかったですし
……
」
「む」
それもそうだった。身体の弱い後輩に無理をさせてしまった気がしていたが、ただの書類整理だ。舞台前の稽古のほうがよっぽど体力的にきつい。
「ま、いいじゃん。素直に受け取っておきなよ。こういう時は断るほうが失礼ってものだよ、栞」
ミチルが面白がるような口調ではあるが助け舟を出してくれて、晶がうなずいて見せるとようやく栞は箱を受け取った。
「ありがとう、ございます」
「いや、こちらこそ助かった。礼を言う」
「栞、開けてみなよ」
「はい」
可愛らしい指先が、可愛らしいラッピングをほどく。中から出てきたのはポップな装飾のキャンディボックスだった。「うんうん、いいよいいよ」なぜか無関係なはずのミチルがしたり顔でうなずいている。晶は妙なものを感じつつ、彼女が腹に一物あるような言動を取るのはいつものことなので、訝しげに眉をひそめただけで何も言わない。
手のひらに乗るほどの小箱に、深い緑色の飴玉が詰められている。栞が感じ入った様子でそれをしげしげと眺めている。
「口に合うといいんだが」
「は、はい、ありがとうございます。いただきます」
ひとつつまみあげて、ひょいと口に入れた後輩の幸福そうな表情。喜んでくれてよかった、と晶が胸を撫で下ろす。
しかし次の瞬間、
「──!?
……
!!」
咄嗟に口をふさぐが、声にならない声が栞の喉から飛び出した。ほんのり赤らんでいた頬を打ち消すように、瞬時に顔じゅう真っ赤に染まり、大きな瞳に涙の膜が張る。
「ちょ、ちょっと栞、どうしたの?」
黙って見ていたらのたうち回りそうだったので、慌ててその両肩をつかんで抑えるミチル。晶は首を傾げながら「
……
口に合わなかったか?」とどこか呑気に尋ねた。
「晶、これって」
「ハラペーニョキャンディだが。綺麗だろう。ハバネロキャンディもあったが、やはり『
翡翠の君
フラウ・ヤーデ
』たる栞にはこちらのほうが似合う」
「似合う、じゃないよ!」
ミチルが前半は似ていない声真似をしつつ全力で突っ込む。
「プレゼントだよ!? なんで自分の好みで選んじゃうのさ! もっと栞が好きそうなのにしなよ!」
このバカアッキー! 内心で吠えつつ、栞の代わりに頭をかきむしる。
「そうか、こういったものは好きではなかったか
……
。すまない、栞。私はどうもこの手のことが不得手でな」
「い、いえ
……
」
「無理に食べなくていい。ほら、出すんだ」
辛いものが得意ではないらしい栞に、ハラペーニョエキスたっぷりの飴を食べさせるなんてお礼どころか罰ゲームだ。晶は珍しく肩を落としながら栞の顎に手を添えた。
「え?」
「あーん」
どれだけ言葉が間抜けでも、低く厳かな声で言われては、まるで王の命令だ。忠実な臣下である栞が思わず口を開けてしまっても責められはしない。
王の長くしなやかな指先が、優雅に臣下の口内へ這入る。舌の上に乗っていた飴玉を、宝玉かなにかのようにそっと抜き取っていくのを、栞はかすかに触れた唇で感じる。
そのまま、晶はなんてことない顔で奪い取った飴を自身の口に入れた。「
……
私には、美味いんだがな」べたつく指先を舐めながら、しゅんとひとりごちるのを、最後の理性で見届ける。
夢大路栞、中学三年生。
もう限界だった。
「しっ、失礼します
……
!!」
一目散にリビングから逃げ出していく後ろ姿を、晶は水でも飲みに行ったんだろうかと思いながらのんびり眺めた。
傍らではミチルがぐったりとテーブルに突っ伏している。
「
……
晶
……
」
「なんだ?」
「なにしてるの
……
」
「残念ながら、栞の口には合わなかったようだ。あのまま食べさせるのも悪い。ミチルもよくこうして私に飴を押しつけていただろう、ハッカが出たときとか」
色々な味のキャンディが入っているアソートを食べるとき、確かに鳳ミチルは好きな味のものばかりを食べ、うっかり嫌いな味のものを口にしてしまったらそれを晶の口に放り込んでいた。そうだ、それは確かにそうなのだが。
「そんなの、ミチルたちが七、八歳のころの話じゃないか
……
」
いくら年下でも、中学三年生はそこまで子どもではない。
テーブルに顎を乗せ、恨みがましい視線を晶に向けながら、ミチルが深々と嘆息した。
子どものじゃれ合いと同じことを、高校二年生と中学三年生でしてしまったら。
「そんなの、ほとんど激しいキスみたいなものだよ、アッキー
……
」
「なにか言ったか?」
「ううん、なんにも。ミチルが選んであげるから、栞には別のプレゼントをあげなよ」
「そうだな、頼む」
失敗したけど、自分で選ぼうとしたあたりは前進なのかなーと、心の中でつぶやく。
この手痛い失敗も糧にして成長してほしいものだよ。王の幸せを願い続けている側近は、そう思いながら前途多難だと頭を抱えた。
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