黒竹
2022-05-30 21:46:41
5888文字
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トリガーワードが軽すぎる

【ルカミク】
現パロ。年下に振り回されるお姉さんていいよね、というお話。『恋はめんどくさい?』は名曲だと思います。

 退屈、とミクが呟いた。ルカの部屋に遊びに来ている彼女はベッドに体育座りをしながら二ヶ月前のファッション雑誌を読んでいた。ルカはそのベッドにもたれかかる形で膝に載せたノートパソコンをいじっていた。頭上から届いた声に手を止めて、少しだけ顔を彼女に向ける。
「退屈といえば、この前合コンに行ったんだけど」
「唐突に聞き捨てならないワードが出てきたよ」
「ただの人数合わせだってば。とにかくその合コンがね、相手が某お坊ちゃん大学の学生だったわけ。当然みんなお坊ちゃんなんだけど、こっち側の一人が最中にボソッと退屈、って洩らしたのよ」
 空気が変わる瞬間を見た、とルカは続けた。
 お坊ちゃんたちはみんなプライドが高かった。財布に入っている紙幣の額も高かった。女の子を、しかも合コンという場で退屈がらせてしまうのはプライドが許さなかったらしく、突如としてその店で一番高いワインやシャンパンを頼み始めた。
「わお」
「わおよね」
 プライドや所持金に対して、教養は少しばかり足りなかったらしく、ワインやシャンパンは数分で彼らの腹に消えていった。ルカはもったいないなあと思いながらそれを眺めていた。せっかくの高級品なのだから、もっと味わって飲めばいいのに。
「いや、その人たちにとっては『こんな高級品をガンガン空けちゃう俺かっこいい』ってアピールだったわけでしょ」
「そうね。確かにそれでちょっと盛り上がったところあったし。でも私ひとくちも飲んでない」
「逆恨みだ」
「正当な不服申し立てです」
 しかしその場ではちょっと盛り上がってしまったので、水を差すのも悪いと思い正当な不服申し立てはしなかった。
 せめてもの憂さ晴らしに「あ、あたしこの神戸牛ステーキ食べたーい」とか言って彼らに注文させたくらいで。
「で? ワイン一気飲みのおかげで誰かお持ち帰りされたの?」
「ううん一人も。男の子ってつらいわねえ」
「つらいねえ」
 パサリと雑誌が置かれる音がした。読む気を完全に失ったらしい。ノートパソコンはまだ開いた状態でルカの膝にある。
 両肩をすべるように腕が落ちてきて、ルカの首元で交差する。「で、合コン行ったの」「えー? 蒸し返すの?」「いや気になるでしょ普通」
 脳天をミクの顎が攻撃してくる。グリグリされるとわりと痛い。逃げるように前傾姿勢をとるとミクの身体がくっついてきた。
 逃げ切れないので姿勢を戻して後頭部をミクの腹部に押し付けてやる。反撃のつもりだったが彼女はくすぐったそうに小さく笑った。本気で怒っているわけではないようだ。良かった。
「もう行かない」
「ほんと?」
「つまらなかったもの」
 大学生として一度くらいは経験してみようかと思ったのだ。良い経験にはなったけれど二度はしなくていいなと思った。ゲームなら同じ敵を何度も倒して経験値をかせぐものだけれど、今時の若者はゲームと現実の区別くらいつくので自分に必要な経験は取捨選択できる。
 合コンを何度もやって経験が積み重なる人もいれば、ひたすら数字を分析して経験を積む人もいる。それで良い。ルカのノートパソコンにはここ数年の不動産業界の業績推移が数字として羅列されている。
 こっちのほうがゲームっぽいな、とやや自嘲気味にルカは思う。
 パソコンを閉じて上半身をひねる。まっすぐにこちらを見つめるミクと目が合う。
「かわいそうだなって思ったのよ」
「なにが?」
「あの男の子たちが」
 不意打ちで唇を重ねた。そのまま押し倒す。
「自分を好きでいてくれる人がいれば、何時間でも退屈させずにいられるのに」
 高級ワインなんてなくても、いくらでも酔わせられる。
 でしょう?と目を覗き込みながら言うと、ルカの恋人は恥じらいながら目を閉じた。
「キスとデート、どっちがいい?」
 頬を唇でくすぐりながら尋ねる。恋人は「どっちも」とわがままな返答。
 ミクがくたくたになるまでキスをして、「じゃ、出かけよっか」頼りない身体を抱き上げた。




 友達と遊んだときに可愛いアクセを見つけていたのだとミクが声高に言うので、その店がある街へ二人で赴いた。
「友達と」
「女の子だよ」
「それ安心材料にならなくない?」
 ピ、ピ、と人差し指で自分たちを指すルカ。ミクは一瞬キョトンとして、それから苦虫を噛んだような顔になった。「ル、ルカが女だから好きになったわけじゃないしっ」「え、私はミクが女の子だから好きになったんだけど」だからむしろ先日の合コンはなんの心配もいらないと真面目な顔で言うルカ。めんどくせーという顔になるミク。
「めんどくせー」
 口からも出た。
「恋なんてね、めんどくさいものよ」
「良いこと言ったふうに言わないで。すごい安っぽいし。なんか曲名とかにありそうだし」
 実際にあるがミクの年代だと知らないようだ。
 ルカの手のひらがミクの頭をぽふぽふ叩く。「お互いの信頼が大事って意味」
 不満げに唇を尖らせたミクがそっぽを向いた。
「信頼してるけど不安にはなるんだよ。初カノだし」
「初物って縁起がいいのよ。良かったわねミク、将来安泰よ」
「意味わかんない」
 信号に引っかかったので二人は足を止めた。口も止まる。歩いている時なら好きに話せるけれど、立ち止まって周囲に会話を聞かれる状態になるとなんとなく口をつぐんでしまう、そういう微妙な関係の二人だった。
 だって本当は、共通の話題なんてない。
 年齢も違うし歩んできた人生も違うし趣味も違うし将来の夢も違う。だから、「語り合える」ものなんて、「君が好き」という想いくらいしか、ない。
 信号が青に変わって、人並みに揉まれながら歩き出した直後、ルカが独り言のように囁いた。
「初めての相手がこんな上物で、ずっとそばにおいておけるんだから」
 もうちょっと信じてもいいんじゃないの、と、ルカは先程のミクと同じように唇を尖らせていた。
 ルカの足元でヒールがコツコツと鳴る。対するミクはスニーカーだ。そういう違いのある二人だけれど、向いている方向は一緒だった。
「すねないでよ」
「すねてないけど。なんかミクすぐに疑うし」
「疑ってるわけじゃないもん」
「退屈とか言うし」
「ひまだったんだもん」
 それはたしかに、恋人がいるのにレポート作成を始めてしまった自分も悪いけれど。しかし提出期限が来週で、少し焦っていた部分もあり、そもそもミクがアポ無しで来たから予定が色々と狂ってしまったので、そこは鑑みてほしいという気持ちがなくもない。
 というようなことを口の中でぐちぐち言って、けれど言葉にはしないままルカは黙った。
 沈黙が気まずい。
 退屈より沈黙のほうがずっと難しい。
 部屋の中ならキスができたんだけれど。
「あ、こっち」
 歩いている道から一本外れた横道をミクが指差す。小さな商店が並んでいる裏路地に、目当ての店はあるらしい。手を引かれるままついていって、手作りっぽい看板のかかった雑貨屋の前で立ち止まる。
 薄暗い。看板が出ているから営業中ではあるのだろうが、ちょっと足を踏み入れるのに躊躇する感じの雰囲気だった。ルカはわりと洗練されたファッションが好きで、高級店とはいかなくともそれなりのところでしか買い物をしたことがなかったので(お坊ちゃん大学生と合コンができる程度の育ちだったので)、無意識に伺うような視線をミクに送ってしまった。
 視線に気づかず、年下の恋人(中流家庭の現役高校生)は物怖じせず入り口をくぐった。おお、と少々感嘆するルカである。
 店内には若い男性店員が一人だけいて、レジの向こうの椅子に座ってカタログを見ていた。ドレッドヘアを幾何学模様のバンダナでまとめている。あの髪はどうやって洗うんだろう、とルカは普遍的な疑問を抱く。
 積極的に接客するタイプではないらしく、店員は「いらっしゃいませ」と一声かけてきただけで、あとは放置だった。ミクも気にせずディスプレイされた雑貨を端から見ていく。ルカはなんとなく所在なくて、ミクの後ろをただついていった。
 どうやら楽器をモチーフにしたアクセサリーを手作りしている店のようだ。ギター型のピアスとかピアノ型のヘアピンとかが所狭しと並んでいる。金管楽器などは造形も細かくて手が込んでいる。あの店員が作っているのだろうか。
 「あった」目をつけていたというアクセサリーを見つけたミクが声をはずませる。
 金管楽器の一部をモチーフにハート型と組み合わせたブローチだった。長めにあつらえられたチェーンが大人っぽい。おや、とルカは軽く目を瞠る。ミクにしては珍しいチョイスだな、と思ったのだ、いつもはもっとカジュアルというか、ポップな印象のものを選ぶのに。
「可愛くない?」
「可愛いけど、ミクがこういうのつけるの珍しいね」
 大きな赤黒ストライプのリボンやニーハイソックスには少々そぐわない感じがしなくもないが、頭から否定しないのがルカである。
「いやーわたしもそろそろね、こんなのも身につけちゃう大人になってきたってことですよ」
「はあ
 どれどれ、と試しに胸元でブローチを合わせてみる。やっぱりかなり浮いていた。
「きょ、今日はコーディネートがね、ちょっと子供っぽいから」
 うちにある黒いワンピースとかに合わせればきっと似合うはずに違いないと思うんだ多分。早口に言い募るミクに思わず苦笑が出る。
 「笑ったっ」「笑ったけどバカにしたわけじゃないし」「してるーっ」仔犬の甘噛みみたいなじゃれ合い。「つけてみてもいいっすよ」店員の言葉に礼をして、合わせるだけでなくブローチとチェーンをピンで留めてみる。つけてもらう間、ミクは気をつけの姿勢でニコニコしていた。
「どう?」
「ちょっとチェーンが長いかな。これ、ほんとは背中にぐるっと回してこういうラインになるはずだと思うんだけど
 ルカが指で婉曲したラインを描く。三次元に空間ができた。つまり、ミクの胸元からZ軸にかけての空間だ。
「ミクだとね、ここがストンと落ちちゃうから」
「胸がないって言ってますね!?」
「ないとは言ってないわよ。小さいけど」
 ほら、洋服だって丈が合わないことってあるじゃない?
 あまりフォローになっていないフォローを入れるルカ。ミクは涙目だった。
「そんなに言うなら、じゃあルカがつけてみなよ!」
「え? いいけど」
「ちょう似合ってる!」
 両手で顔を覆って崩れ落ちるミク。シックな黒のジャケットにワンポイントとして映え、さらに理想的なラインを描くチェーンが優雅である。
「人によって似合う似合わないってあるし、そんなに気にしなくていいわよ。ほら、私がミクみたいなカッコしても全然似合わないでしょ?」
「うう……
「想像してみて、私がツインテールでミニスカ履いてるところ」
「ぶふぅっ」
 0.2秒で噴いた。
 なんとなく傷ついたルカだったが、落ち込んでいる場合ではないので傷を笑顔で塗り固めて、ゆっくりとミクの肩をさすってやる。肩はまだ震えていた。
「大人になれば似合う服も変わってくるし、今一番似合うカッコをしてたらいいんじゃないかな。私は今のミクが好きよ?」
 泣いていたのか笑いをこらえていたのか分からないが(いや確実に後者だろうが)、ずっと顔を覆っていたミクが、ようやく顔を上げてくれる。少し上目遣いの、子猫が物陰から様子をうかがうときに似た表情。内緒だけれど、ルカは彼女のこの表情が好きだ。愛おしくなるし、守ってあげたくなる。
 だから優しく頬をなでてあげて、店員に気づかれないようそこにキスをした。
 ミクは日向ぼっこから目覚めた子猫の顔になって軽く目を閉じる。へへ、と照れ隠しに小さく笑う。それも、ルカの好きな声。
 つけっぱなしだったブローチを外すとミクはそれを掲げて見せた。
「じゃあ、これはルカにプレゼントする」
「え? いいわよそんな」
「で、わたしが似合う年になったらルカからもらう。五年くらいあればどうにかなると思うんだよね」
 ご満悦で宣言するミクに一瞬あっけにとられて、しかしルカは朗らかに笑った。
「そうね。五年後にはきっと似合うと思う」
「ま、胸はこれ以上成長しないでしょうけども!」
「そこはほら、服だって裾上げとかするし」
 やはりあまりフォローにならなかった。
 


 丁寧にラッピングまでしてもらって他に何件かウィンドウショッピングをした帰り道。最寄り駅まで送るつもりでいたら忘れ物をしたと言い張るミクに折れる形でルカの家まで二人で戻って、ミクがバッグを漁ってあー入ってたーとかわざとらしく言う茶番に付き合ってから実物のお茶を淹れた。
「ミクー。そろそろ帰らないとお母さん心配するわよ」
「んー」
「んーってなに、んーって」
「お持ち帰りされたい」
「いやもうお持ち帰りはしてるけど、おもてなししたらおかえりいただくから」
 昼過ぎにミクがやってきて、もう夕飯時も過ぎている。あまり遅い時間まで未成年を歩き回らせるのは良くない。
 真面目に言っているのに、ミクは「ぶーぶー」と口にしながら上目遣いで見やってくる。この表情はそれほど好きではない。「わがまま言わないの」眉根を寄せて強めに言うと、彼女はベッドに大の字に寝転がって全身で抵抗し始めた。
「こらー」
 キッチン付きワンルームの部屋は狭い。しかし、高校生を追い出すには玄関まで遠すぎる。
 腕を掴んで引っ張り起こそうとしたら逆に引っ張られてベッドに引きずり込まれた。
 「わ、ちょっ」激突しないように必死で身体をひねり、ミクと斜めに交差するかたちで倒れ込む。「こら!」さすがにちょっとイラッとしたので声を荒げると、ミクが真剣な面差しをしていた。
「退屈なの」
「なに」
「ルカがいないと退屈でしょうがないの」
…………
 これは、ずるい。
 くらくらする。
 ワンルームはこういうときに不便だ。ベッドが近すぎる。
 あっという間に酔いしれてしまうのは、こちらも一緒なのだ。
 こめかみに唇を寄せると、ミクがくふんと笑った。
「わがまま」
「いじっぱり」
「おこちゃま」
「バカ真面目」
「好き」
「大好き」
「キスとその次と次の次、どれがいい?」
「全部」
 寸暇もなく届いた返答に苦笑する。
 恋人はいつだってわがままでお子様で振り回されてばかりで愛しくて。
 退屈を覚える暇もない。