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黒竹
2022-05-30 21:43:29
2493文字
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チョコレート・レイド
【ルカミク】
持てる愛情がひとつだけだったら良かったね、というお話。
チョコレートが食べたいとミクが言う。それ。細長い指につままれた粒を視線で示しながら。
導かれるようにルカは己の視線を落とした。いや、駄目でしょ。答える。未成年。ルカが食べているのはチョコレートの内側にブランデーが仕込まれている。
ミクの眉間にシワが寄って不愉快を現した。少し大人びた表情と、そこに内在している子供っぽさの矛盾に小さく肩をすくめて、自らの口にチョコレートを放る。
「それくらいいいじゃん。酔っ払ったりしないし、誰も見てないし」
彼女の言葉通り部屋の中には二人のほかに誰もいない。ミクが寝そべっているソファベッドが象徴している、一人暮らし用のワンルームマンションがルカの城で、しかし玉座はミクに奪われていた。とうの昔に。
「ああ、アイスあるよ。ラズベリーとレアチーズ。どっちがいい?」
「どっちもいらない」
どちらも彼女の好物のはずで、だからルカは買っておいたのに期待はずれの返答が来たので肩透かしだった。失望と言ってもいい。勝手に期待して勝手に裏切られた気分になって勝手に失望する。恋なんてそんなものだ。そんなものの連続だ。もうずっと続いているからルカは失望以上のなにも覚えず、だから怒りはしない。勝手な彼女に対する仕返しとして、勝手にアイスを食べることもない。
ひとつずつ包装されたチョコレートを取り上げる。丸い、空洞の作られたチョコレート。特にルカの好物というわけではない。ブランデーの肴としてチョコレートが選ばれることがあるのは知っているが、別に一緒くたにしなくても良いと思う。ルカは生ハムメロンについても同じように考えている。
ルカ、とミクが呼びかけた。ルゥカァァァ、と間延びした呼び方だった。恨み節がよく利いていた。呪いだったらトーストを取り落とした挙句ジャムを塗った側が床に落ちるくらいの効果はありそうだ。
「いっこくらいいいでしょー」
「なんでそんなに食べたいの? そこまでおいしいものじゃないよ」
どこぞの高級メーカが作ったものだとか、二十年もののブランデーが使われているだとか、そんなことはない。ただパッケージがちょっと可愛かっただけの量産品だ。アイスを買ったついでに気まぐれで購入しただけである。つまりおまけだ。メインはラズベリーとレアチーズのアイスだった。おまけがメインより価値を持つのは皮肉だが珍しい現象ではない。チョコレートウェハースがおまけのシールに敗北したように。
ミクはソファベッドからずるずる這い出すとルカの腰にすがりついた。
「ルカー」
「だーめ」
「ケチー」
「ガキー」
「なんでよっ」
「語彙が少ない」
にやにや笑いながら勝ち誇ってやったら眉間のシワが深くなった。
実のところ、ルカはひとつくらいあげてもいいかなという気になっていたが、ミクがあまりにもしつこいので意地悪をしたくなっていたのだ。思わず浮かんでしまった笑みはその現れだった。
「隙ありっ」
「あっ」
油断していた。勝って兜の緒を締めよ。最後の最後までルカは油断するべきではなかった。奇襲を受け、気づいた時にはすでにミクの手がチョコレートをいくつかまとめて鷲掴みにしていた。乱暴だった。初めてベッドに押し倒された時よりも乱暴な手つきだったかもしれない。そんな経験はないんだけれど。なんとなく想像で。想像したことはあったので。
見る間にチョコレートの包装が破られる。こうなっては止める気にならなかった。そこまで頑なに『未成年の飲酒は禁止されています』などとポスターのコピーみたいに主張する義理はない。彼女は本命だ。別に今日はバレンタイン・デイではないが。
ようやく手にした勝利の美酒に浸り恍惚の表情となるミク。
だが、それは一瞬で消え去った。
「にがーっ」
「黒人差別は良くないと思う」
「え?」
ルカのハイクオリティなジョークは通じなかった。「いやもう苦いっ、まずーっなにこれ!」アルコール臭に耐えられないのか口を大きく開けて舌を出すミク。ブランデーは彼女には少々早かったようである。口中では小さな穴が開いたボール型のチョコレートが所在無さげに転がっている。
だから言ったことではない、と呆れ顔になりつつミクの顎を持ち上げる。
「ほら」
手のかかる我が子に向けるような視線で、恋人にするように唇を奪う。「っ、
――――
!!」有無を言わせぬ急襲にミクは叫びたかったようだが当然叶わない。
まずチョコレートを。それから口内に広がっているブランデーを舌で残らずすくい取る。生ぬるいアルコールはチョコレートの甘さと混じってさらにくどい。むせそうになって堪える。
こくりと、ルカの喉が一度動いた。
それから唇を離す。ミクは硬直していた。
「だから言ったでしょ。子どもが興味本位で食べるもんじゃないの」
「いやいやいや今もうそれ問題じゃないよね!? もっとツッコミが必要なとこあったよね?」
「どこに?」
澄ました顔で首を傾げてみせるルカを、ミクは両肩を震わせながら睨んだ。
「
……
っ、きょ、きょうだいで普通べろちゅーはしません!」
うわああぁぁファーストキスなのにーしかもいきなりこんなのとかあんまりだ! ミクが床をゴロゴロ転がりながら身悶えた。
以前もっと色々なことを彼女が寝ている間にしたという事実は秘めておくことにした。
目をそらして、これみよがしなため息をつく。
「こんなのキスのうちに入るわけないでしょ。きょうだいなんだから」
「うっうっ、そうかもしれないけどでもやっぱりちょっと複雑だよ
……
。おねえが微妙にテクニシャンちっくだったのもショックだよ
……
」
ちょっとは良かったのかな、とか考えてしまう自分が嫌だった。
「『おねえ』なんて、久しぶりに呼ばれた」
大人の余裕を見せたくて、新しいチョコレートを口に含む。
ブランデーにばかり気を取られていたら、溶けたチョコレートが変なところに入ってむせた。
咳き込むと、チョコレートとブランデーが混ざってひどく苦しい。
一緒くたになどしなければいいのに、と思った。
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